詩(はじめの)

洪積

おれたち人間は 生きることにたえられない
背に張りつめるしじま 翻り 愛するものよ
おまえは 錆びついた絵筆で
むき出しの層理面をなぞった

《くすくす、と彼女は笑った。》

かつて水が ささくれた地平を覆い 細く青く
とけだす瞳をこらすと ことばもマタ黒い波に
浮かんでは沈み ふるえる 瞼をぬらした
ああ汀にひそむ死者よ 歌うとき 暗い胸底に
ねじくれた法螺貝吹きどよもし 歌え

かつて 匈奴は果ての大陸へと渡り 文字のない
ちいさな墓標を立てた 篝火にあわくうつる
丸焼けの地球 失せてゆく銀河 しかし最後の人間は
星の光のなかで死ぬ 世界の瘡蓋は剝がれ落ち
極小の粒(ことばヲ──) おまえの口へ 降り注ぐ

カツテ 神話ハ 記憶ノナイ波ノヨウニシテ閉ジ
ササクレタ歴史ヲ ウスイアカイロニ ソメアゲタ
総毛立チ 曝ケ出シ 焼キタダレ 仮骨啜リ上ゲルモノヲ
蹌踉メキ 崩レ落チ ヲチカヘルナカ ヒトキワ喚キ上ゲルモノヲ

皮膚の裏側の海の 誰ひとりとしていない岸辺
白濁した大気立ち込めるなかを 国境線に沿って進み
礁湖にうちなびく闇へと深く降りてゆくたび
先細り いずれ 闇が闇に対して起こるように
アシオトは孤独な絶叫となって
現在のはるかな放物線の果てに
目には見えない 世界ヲ そうして
おれたちは そっと瞳を閉じた




《災禍としての祝祭》

おれの口のおくから くらい海峡を抜け
ことばがどんどん歩いてきて
不毛の大陸へと渡る 灰でできた世界は
秋の陽光にくずれる 水のように 一瞬

遠く 閃く おまえたち(書物)
泣きながらまたうねりをあげる存在
黒い舌頭なめやかにもたげては
靡く おまえたち 愛をとむらう存在

──やあね。そんなの、こどもっぽくて、いやだわ!

廃墟は満たされているか 時に
痩せぎすの男が こちらを見つめている
薔薇色の瞳孔を おおうだろう
いずれ曲った楡の木は ただし

ただし 半過去形で語れ 泣きながら
ことばを殺戮していく おれとおまえは
肩を組んで 松明を連ねる 岸辺の淵上を歩いていた
そして黒い波が そっとその手を攫った

──うそ、そんなのって、ないわ……!

〈作品〉は絶句した(書くことの不在──)

静物 オトガイ 推移的存在者 黄色い十字路
濡れた 耳 翼竜の羽音 孤児 洪水の
記憶 おまえは忘れるだろう そうして
満たされる 終戦まもなく廃墟の片隅で
おれたちは繁殖した おおいに繁殖した
泣きながら

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