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日記(9/5-6)、合宿とか

 保坂和志の『プレーンソング』を読んでいたんだけど、ちょうど海水浴の場面が出てきた。偶然、というか。ああ、鉤括弧にくくられた四人の会話がつづいて、だれが話してるのかわからなくなる、やつだっけ。みたいな話を帰りの電車から降りたあとに話した。
 『プレーンソング』はフィクションなんだけど、もっと僕たちに近いところにある出来事を描いてるような気がする。会話とかもそう。保坂は作中で映画を撮る青年に語らせていて、「ぼくは物語っていうのが覚えられないんですよ。粗筋とか──」。あんまり事件らしい事件も起きない。物語らしい物語もない。人とセリフと生活と風景があるだけの小説だった。
 でも、すごいノスタルジック。ちょっと話はそれるけど、三浦雅士に『メランコリーの水脈』っていう評論集があって、これは三島とか大岡とか大江とかの戦後文学に伏流する「メランコリー」を論じてる。同時期の蓮實重彦が「表層」を追求したのと対照的に、戦後文学の「深層」意識や病理みたいなものをとことん考えてるのがおもしろい。たとえば大江の『洪水はわが魂に及び』の主人公はこんなふうに語っている。

 オレハ核避難所ニ息子ト閉ジコモッテ、ツイニハ最後ノ日ヲ、コノ世界カラ人間ニヨッテ滅亡サセラレヨウトシテイル善キモノノ代理人トシテムカエヨウトシテイタ。樹木ト鯨ノ代理人トシテ、人類ガ滅ビル最後ノ光景ヲ見ル計画ダッタ。

大江健三郎『洪水はわが魂に及び』

 この小説は、人類の終末の側から世界を眺めるという時間構造(=メランコリーの意識, cf.ベンヤミン)によって成立してる。死、とか終末みたいな観念は、いま生きている現在を振り返って「とりかえしのつかないもの」として感じさせる。いまは一回しかないから。大江は自死を選ばなかったが、この自死というのはすべてがとりかえしのつかないものだという圧倒的な喪失感の究極に位置付けられる。それでもこうした自己のうちにある絶望に抗い続けながら、大江は「とりかえしがつくかもしれない」可能性への希望を失わずに最後まで書き続けた。
 だけど、保坂の場合は未来を先取りして現在を振り返るメランコリーをやってるんじゃなくて、現在がそれだけで郷愁に満ちているような書き方をしてる。舞台は1967年なんだけど、大江や春樹の小説みたいにそのことが明示されることはないし、だから物語内の現在を遠い過去として(読者が)対象化する説話的構造が成立しない。
 出来事って、ぜったいに出来事のまま言葉に起こすことはできない。時が経つごとに忘却されていってしまう。今朝、海で日の出を見て、後輩たちとたくさん話して、すごいたのしかったんだけど、たぶんすこしずつ忘れていってしまう。でも今日が昨日になっていく瞬間が目の前に現れることって、いま言ったようなメランコリーの意識に近いと思う。もちろん10年後とかには「2023年の20歳のときに見た日の出」として美しく回想されるんだろうけど、いまの僕の実感としては、一日が終わり、会話が終わり、夏が終わっていってしまうことがただ悲しかった。このことは覚えていたい。
 水平線の端がぼんやりと赤く溶けていくにつれて、波の音はむしろ静寂を運んでくるように感じられた。僕は砂浜で白い波を眺めていた。波は大きな黒い動きのなかにあって、その先で細かく分裂する、無数の手のような白い飛沫も、この目が捉えようとした瞬間に消え果ててしまう。それで、前に読んだこの詩を思い出していた。

沙漠は丹の色にして、波漫々たるわだつみの
音しづまりて、日にけて、熟睡うまいの床に伏す如く、
不動のうねり、おほらかに、ゆくらゆくらに伝はらむ、
人住むあたりあかがねの雲、たち籠むる眼路めぢのすゑ。

上田敏『海潮音』よりルコント・ド・リール「象」

 話はちょっと変わる。今日の深夜にかなり酔った状態で話してたことだけど(聞いてくれた人、めんどくさく感じてたらごめん。ありがとう)、どうせ死ぬのにこうして日記を書くっていうのは自分について整理するのと同時に、未来の自分が思い返すためでもある。
 最近ポール・オースターの自伝、『内面からの報告書』を読んでた。このなかに入っている「タイムカプセル」という文章は彼が元パートナーであるリディア・デイヴィスへ送ったラブレターを引用しながら青春時代を回想していくという形をとっている。ここに、大学時代のオースターが二日で日記をやめてしまったというエピソードが入っているんだけど、それというのも詩とか小説とかはだれに向けて書くかわかる一方で、日記は送り手がわからないからだという。自伝を書いている時点のオースターは、このことをかぎりない郷愁を持って回想している。

 日記をつけておけばよかった、といまになって君は思う。自分がどんなことを考え、世界の中をどう動き、人とどんなことを話したか、本や映画や絵画にどう反応したか、会った人や見た場所についてどう思ったかを逐一記録しておけばよかったと思うが、君は自分について書く習慣を育まなかった。 十八歳のときに日誌を始めてみたが、どうも落着かず、照れくさく、何のためにやるのかいまひとつピンと来なくて二日でやめてしまった。それまで君は、書くというのは内から外へ動く営みだと、他者に届こうとする行為だと考えていた。君が書いた言葉は君自身ではない誰かに読まれるべきものであり、たとえば手紙は友人に読まれ、学校のレポートは課題を出した先生に読まれたし、詩や小説に関しては、誰か未知の人物、誰でもありうる架空の存在に読まれるはずのものだった。日誌でわからないのは、いったい誰に向けて語ればいいのかだった。自分に向けて語るのか、それとも誰か他人に向けてか。自分にだとすれば、何とも奇妙でややこしい話に思える。なぜわざわざ自分がもう知っていることを自分に語るのか、ついさっき経験した出来事をなぜわざわざ再訪するのか。逆に誰か他人に語るのだとしたら、その他人とは誰なのか、他人に向けて語る営みがどうして日誌をつけることになるのか? あのころ君はまだ若く、やがて自分がどれだけ多くを忘れることになるかがわかっていなかった。現在に没頭するあまり、実は未来の自分に宛てて書いているのだということが見えていなかったのだ。かくして君は日誌を放棄し、以後四十七年間、少しずつ、ほとんどすべてが失われていった。

ポール・オースター『内面からの報告書』

 だけど日記を書いたとして、後悔しなくなるわけでもない。あのときああしていれば、人生はより良い方向に好転したかもしれない、と読み返すごとに思うことになる。そして、日記にはすべてを書くことはできない。なにかを、諦めながら書く。思うに、それは未来の喪失に対する準備でもあるかもしれないし、抵抗であるかもしれない。つまり、喪失はつねに無自覚のうちに進行している。日記を読み返すことで、喪失をふたたび喪失として所有することができる。
 僕は折に触れて思い返すのだが、朝吹真理子と金井美恵子の対談で、金井は朝吹の『きことわ』が現代の日本文学において唯一と言っていいほど「時間」というテーマに向き合っていた、と評価していた。というのも、朝吹の二作目のこの小説の主人公は、彼女自身の年齢よりも10歳以上、歳上だった。つまり、いまの自分よりも10年の年月が必要だという自覚をもとに、小説が書き始められているということだ。
 よく、小説を書くには「人生経験」が必要だとか、若いうちにデビューすると苦労するだとか、いろいろ言われているが、そういったことの本質は、上述の時間意識にあるのだと思う。歳を重ねるということは経験を積み重ねると同時に、喪失を繰り返すことでもある。須賀敦子が文章を書き始めるまでにあれだけの歳月が必要だったことに、思いを馳せる。
 願わくば、うまく準備したい、あらゆる喪失を受け入れたいと思いながら書いてきたが、そううまくいくはずもない。そう考えながら、人とセリフと生活と風景だけがある人生を生きている。それでいいと思う。

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