背景を持ち合わせない

背景は邪魔かもしれない。あくびのでる話というのはたいていその人の背景が絡む。有体に言えば、その人の歩んできたどうでもいい歴史の共有を雑談と呼ぶのだからあまりいい気持ちにはならない。ただ、うんうんと頷くことで損をして得をとれということにもなる。そんな話をべらべらと話されるよりも、興味深い知識を披露してくれる人間に好意を抱く。そういう人間は日常生活のつまらない話を延々と喋ったりはしない。背景を持ち合わせないで、意図して知識を使って雑談を着火させる人間が、聞き手の疑問を解決とさらなる疑問に発展させてくれるのだから僕の定義する雑談だと思う。背景がわからない以上、どこから話を始めればいいのか分からなくなるのだから困るのだけれど、ふとした瞬間の発見で爆風の速さで途切れない話が続く。日常生活の延長線上のような形として詩はあるが、きらきらした言葉というのはうんと捻りだして紡ぐのだから、即時性を帯びた製造機にはなりえない。ラップの世界にはパンチラインという劇的な短いフレーズを指す言葉があるが、これはメラメラとしている。あまりにも爆発的で悪趣味で人間らしいが、美学になりえない。宝はそこら中に埋まっていて、採掘すれば当たる夢のような話があるが、それは今も体感できている。知識の宝庫がここにはある。背景には権威性やドロドロとした嘘、不幸な比較を生み出す。この人はとてつもないことを成して自分よりも崇高なる人間様だと幻覚させる。オーラやカリスマ性は嘘だ。上下の異常な判断基準を持ち合わせる人間の観察眼は信じられない。金持ちやアーティストだからなんてどうでもいい。人間の成したことにしがみつくよりも知識と知識の共有が素敵な会話になるのだから、先進しているような演出家には時間を浪費しない。


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