仏教の普及につとめた人々の活動

問題

魏晋南北朝時代になると,鳩摩羅什が華北で国家の保護を受けて布教するなど,仏教が本格的に広まった。陸路や海路で西域やインドとの間を行き来して,仏教の普及につとめた人々の活動について,60字以内で説明しなさい。

配点: 4点 東京大学(2013)

採点基準

① 条件にあった仏僧について説明(最大で4点)

・(陸路・海路)法顕について史実に沿った説明をしていれば+2点
・(陸路)仏図澄について史実に沿った説明をしていれば+2点
・(海路)達磨について史実に沿った説明をしていれば+2点

② その他

・上記以外の説明は加点対象外とします
・史実と異なった事項を記述している場合は、都度 -1点

解説

誘導があるので、大学共通試験(センター試験)程度の知識があれば満点も容易な問題だったかと思います。留意する点としては、陸路を使った仏僧・海路を使った仏僧それぞれの活動を記すことと、魏晋南北時代の時期を中心に活動した人に限ること。知識がまだ不十分だった受験生は、これを機に改めて復習をしてみてください。では、復習を兼ねて解説を進めます。

魏晋南北時代に中国・インド間を行き来して仏教伝搬に務めた人は誰か?

法顕・義浄・玄奘・鳩摩羅什・仏図澄・達磨と、いろんな人がいるのですが、魏晋南北時代に活動していた人に絞ると、法顕・仏図澄・達磨が当てはまる。なので義浄・玄奘について記述していると減点あるいは点数がもらえないことになる。ここでは頻出人物の法顕と仏図澄についてみていくとする。

法顕の活動

東晋の出である彼はグプタ朝時代にインドに訪れ、チャンドラグプタ2世のもとで仏教を学んだ。帰路の途中、セイロン島にも滞在していたことが知られている。行きは陸路、帰りは海路で旅をしているので、この問題の条件にも当てはまる。彼の活動の中で特に重要なのが帰国後、中国で「仏国記」を書き残したこと、大乗仏教を中国に広めたことです。仏国記は、当時のグプタ朝インドの情景を、中国側の視点で眺めた貴重な資料となって、今でも翻訳が数多くでているものになります。

仏図澄の活動

彼はクチャ出身の僧侶です。華北(特に洛陽)で仏教を広め、数多くの寺院を建立し、華北の仏教布教に多大な貢献をした一人です。「朝には、孔の中から五臓六腑を引き出して水で洗った。敦煌を通って洛陽に来たがその時すでに79歳だった」と言われていて、非常にパンチの効いた人物ですね(意味がわからない...)

解答例

仏図澄は洛陽を中心に仏教寺院を建立・仏教の布教に務め、法顕はグプタ朝インドに趣き、帰国後、「仏国記」を著した。(55)

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