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引用2:【受験小説】併願早稲田2020(2021年版

【受験小説】併願早稲田2020(2021年版) 神谷英邦 https://www.amazon.co.jp/dp/B09NM9V1PF/ref=cm_sw_r_tw_dp_VVM7FAX7FNFZE2ZAS4RA

第2章より引用。引用者は、著者本人。


【引用2】は、中先代の乱・井出ノ澤の碑のある、菅原神社(東京都町田市本町田)での場面。前提とあらすじは、「梗概」をご参照ください。なお、歴史的経過や歴史用語の用例については、問題があります。
たとえば、普通の人であれば「建武政権」という言葉ではなく、「後醍醐天皇」という言葉を使うでしょう。大学受験の難易度によって用語がゆれていますので、他にも、ツッコミどころはありますので、本作品での用語の不正確さについては筆者(神谷)が責任をおいますので、Twitter等で自由に議論していただいてもOKです。
「『間違い』を言わない」という日本史の授業は、そこそこの教育環境を与えられながらも本作の大学受験生・北条陽介の「教えてもらえない」という事態の設定をうみます。

===【引用2】でのあらすじ================
大学受験浪人生の北条陽介は、「受験校全滅」で2019年実施の大学入試を終えた。3月入試は予定していなかった。周囲に流されるままに「早稲田か慶應義塾の『どこか』に行きたい」と漠然と過ごしていたが、なぜか自分だけが「全滅」した。家庭教師・武藤頼尚は「併願早稲田」の作戦のもと、第1回模試でのスタートダッシュにかけた。これは功を奏したが、なんとなく気分がのらない。家庭教師契約解約の気配を感じ取った武藤は、地元の史跡・菅原神社(東京都町田市本町田、中先代の乱)で「授業参観」を実施する。

以下、拙著よりの引用です。引用者は著者本人。これだけの大規模なコピペをすると「盗用」「剽窃」として大学課程では「全科目の単位認定を取り消す」「退学を含む処分の対象となる」というおそろしい事態になりますので、マネしないように!「引用1」「引用2」が許されるのは、著者本人によるものであること、宣伝目的だということで正当化できます。買ってください(笑)。


「元気がないですね。集中を切らしていますよ」

 武藤は、北条陽介に、叱責口調でなく、やわらかく語りかけた。

「毎日が、同じことの繰り返し。『人生』って何なのでしょうか」

「では、『人生』について考えてきた先人たちの哲学にふれるべく、岩波文庫へと飛び立ちましょうか」

「マジメに聞いていないでしょう、先生」

「そらそうですよ。私なんか、高校3年生というエンドレスの『夏休み』を15,498回繰り返してきた長門有希のような『人生』なのです。朝倉涼子は俺の嫁だからそこの点はよろしく」

 『涼宮ハルヒの憂鬱』ネタが、高校生の共通の話題から忘れられそうになっている2019年初夏の頃である。笹の葉ラプソディを連想して私有地から笹をとらないように。犯罪抑止の観点から、軽犯罪には「二度と犯罪には手を染めない」という制裁を科されることになる。ストーカーを端緒とした性犯罪や特殊詐欺では警察署が相談先になるように警察は親しみやすい広報を展開しているが、若年層の軽犯罪には法律で定められた範囲内で厳正に対処するのが警察である。

「ネタ元が不明なのでよくわからないのですが、毎日毎日同じことを繰り返していて、先生はよく飽きないですよね」

「それが、仕事ですから」

「イヤになりませんか」

イヤだ。もっとカネをくれ。小田急町田から南町田界隈までの通勤時間は手間がかかるし、通勤途中にまとまった時間をつくれるわけではない。グーグル先生で尋ねたらタクシーならば14分らしいじゃないか。タクシー通勤をさせてくれとは言わないが、交通費は前払いにしてほしい。
月末に交通費の精算をする時には、ご家庭に直接請求することになる。

「果たして払ってくれるだろうか」

という不安をかかえながら「通勤」する不安は、ボディーブローのように心身の体力を奪う。

「中山に、バッティングセンターがあります」

「え、知りませんでした」

「JR横浜線に乗っていたら、窓から緑色のネットが見えますよ」

 野球部に所属した経験者には、意外とよくある話ではないだろうか。
 野球をしたかったのに、バッティング練習をさせてもらえなかった。
 バッティングマシーンで打撃練習をさせてもらえるのは、レギュラーメンバーだけだった。
 投球練習を「許可」されるのは、ごく数名。

 信賞必罰。実力主義。
 こういえば誰にも文句を言われなさそうな「正義」なのだが、実態はといえば、些細なことで上下関係・権力関係をつくる組織は少なくない。
 営業成績の目標達成者のみが、上司との会食を許される、その他はファミレスでダメ出しをされて、「身分」「階級」をつくる。

 野球に限らず、どのスポーツ、どの「営業」にも、階級はある。
 政治を取材した人間であれば誰でも知っている話なのでここにも書いてしまうが、政治家(わかりやすいように、国会議員としよう)のパーティーでは、安いお酒が振る舞われる。パーティー開催の目的が「政治資金調達」だし、集まる人といえば「永田町の住人とその関係者」なので、参加者の誰も文句を言わない。しかし、政治資金パーティーを開催する回数や頻度、来賓メンバーなど、序列がある。

明文化されてはいないが、掟を破ると陰に陽に批判されて、党内での地位が低下する。党内での地位や人脈にかげりがあれば、次の選挙で党の公認を得られなかったり、選挙戦で苦戦していても党幹部などの有名人が応援演説に駆けつけてくれなかったりして、当選できるかどうかが危うくなる。

「ここからだと、自転車で行くと便利かもしれません。ただし、硬式はダメですよ。ケガをすると致命的ですから、リスクの低い軟式にしてください」

「高額で、俺には手が出ないのではないですか」

 高校生の時に、あれだけ遠かったバッティングマシーン。それが自分の目の前でボールを投げてくるシーンを、思い描くことができない。1万円相当の球を一心不乱に打ち込んで心を無にするのも良い息抜きだ。

「1万円。お父様とお母様にお願いしてみましょう。1万円をバッティングセンターで払っても、一度で使い切らないでくださいね。筋肉痛になりますから」

 バッティングセンターの話は簡単だ。武藤がバッティング指導するわけではないので、北条陽介の両親に事情を話せば了解されるだろう。高校3年生の時に学年順でベンチ入りを果たしたものの、敗色濃厚になった頃に選手交代で「出場」したのが北条陽介にとっての野球人生の最後の「公式記録」なのかもしれない。武藤に「公式記録」を与えることは不可能だが、「ボールを打つ」ということならば、手軽に提案できる。

 後日。武藤頼尚が、北条一家と待ち合わせたのは、梅雨明けした季節の、菅原神社(東京都町田市本町田)だった。人気(ひとけ)のない賽銭箱に千円札をいれる武藤。神道の礼法にのっとって、戦勝祈願をする。形から入ることも重要だ。

 武藤にとって、菅原神社は自宅から徒歩圏内にある。境内には、知る人ぞ知る、井出の澤古戦場の碑(中先代の乱)がある。鎌倉幕府を滅亡に追い込んだ建武政権は京を拠点に政治を行うが、鎌倉時代末期からの矛盾があらゆる場所で噴出した。東国支配の一大拠点となった鎌倉を、足利尊氏の弟・足利直義(ただよし)が預かっていた。

しかし、北条時行を擁する反乱軍が一気呵成に関東に押し寄せた。足利直義が一大決戦を挑んだのが、ここ(?:古戦場跡との伝承は数カ所ある。菅原神社はその一つ)、菅原神社である。北条時行軍に撃破された足利直義軍は総崩れ。連戦連敗を重ねて「ここで負けたら終わり」という必死の思いもむなしく撃破された。鎌倉で幽閉していた護良親王は、殺害される。

 北条一家に、一連の流れを解説してそれっぽい「日本史」の話をしたのは、武藤が、ネヴァルス社からこれを理由に契約解除の大義を与えないためだ。北条陽介の両親がいかように楽しんでおられようとも、ネヴァルス社からうとんじられている個人事業主・武藤は、一方的に契約を解除されても文句を言えない。

 契約書の文面通りでは、ご家庭と教員との連絡先の交換は、禁止事項である。電話連絡なしに出欠連絡はできないのだが(狼煙で出欠連絡をしようものならば、消防車が出動するだろうが)、そのような条項があるのは、ネヴァルス社が、個人事業主である教員を容易に斬るためにある。

「ご家庭からのお申し出により、○○先生は別の教員に交代となりました。弊社との契約の条文にありますように、ご家庭の連絡先を○○先生はご存知ではないのですから、以後の連絡は法的手段の対象になります」

 菅原神社での無給の「授業参観」を北条陽介の両親に黙認してもらうために、いわば、武藤が自分の契約を守るために必要な手続きなのである。それ以上に、高卒生であれば多くが

「毎日が『毎日』の繰り返し」

というループを脱出するための方便をもっておくのは、個人事業主である武藤にとっては、避けては通れない課題である。小中学生ならば「授業参観」も容認されるだろうが、高卒生への「授業参観」は、ネヴァルス社には黙っておいてもらわないといけない。

北条陽介がどのような受験勉強をして、どのようなことで苦しんでいるのかということを、授業料負担者である両親に知ってもらうことは、有益なことである。模擬試験の成績は、これから母集団である受験生が受験勉強をしていく中で、偏差値が低くなっていくであろう(「成績」は下がっていくだろう)。

それを想定した上で、高卒生である北条陽介には、第1回目の全国模試というスタートダッシュを決戦の場面だと想定を組んだ。3月入試に参戦しないという「地の利」をいかして一気呵成に4月に大学受験を受験しても合格してもおかしくないレベルへと引き上げた。結果は、良い方向に出た。

良い方向に出ていないシナリオを希望する読者がおられるならば、拙著『【受験小説】併願早稲田2020(2021年版)』のアマゾンレビューに5つ星をつけた上で、「第1回目の全国模試で惨敗したシナリオを【受験小説】併願早稲田(2022年版)で書いて欲しい」という記述が100件もあれば、筆者はその気になって上梓するだろう。世の中、カネである。

「鎌倉幕府滅亡から観応の擾乱にかけての戦乱は、大学日本史では頻出事項です。一連の流れを理解できましたか」

「はい」

「では、境内の説明文の英文に目を通してみましょう」

 北条陽介をはじめとして、北条一家が武藤の話術の術中におさまるように演技をとりまぜながら、武藤は「芝居」をしていた。中先代の乱の混乱のさなかに殺害された護良親王のエピソードは、サラっと話すのみで、これから芝居もどきをみられるのか・・・・・・という間(ま)をとった後、

「詳しくは、本書をご覧ください」

武藤、お前が話すと思っていたら、そこは本に丸投げかよ。

 亀田俊和(としたか)『シリーズ・実像に迫る007 征夷大将軍・護良親王』(戎光祥出版)を、武藤は北条陽介に手渡した。

「今のあなたの実力なら、知的好奇心を刺激されて、退屈を忘れるでしょう」

 鎌倉幕府との対決と逃避行、北畠親房・北畠顕家の陸奥将軍府、建武政権での足利尊氏への嫉妬、護良親王を「もりよし」と読むか「もりなが」と読むか・・・・・・日本史の授業では触れることができない(けれども早稲田大学・慶應義塾大学の日本史では出題されても不思議ではない)。

受験生自身が興味をもって自力でたどりつかなければならない知識が、この1冊に凝縮されている。巻末の参考文献を読破するなら、図書館へ。

「私の説明の中で質問はありますか」

「ありません。面白かったです」

「では、私が説明した話の中で、あなたが、『面白い』と感じたことを英語で説明してください」

「・・・・・・」

「どうしましたか?『英語』ならば、看板に書かれていますよ」

 北条陽介は、目の前の看板の下部の英文に目を通す。
 やばい。何から話せばいいのか、わからない。

「これは、ムチャブリです。『ムチャブリ』をあえてしたのは、受験生が回答不能という事態を前にして、制限時間内でどのように対応するだろうかということを、出題者が入試問題を通して試しているからです。でも、大学受験には出題範囲というものがありますから、その範囲の中で答えられる限りのことを答案用紙に書けばよいのです。たとえばこの英文」

 武藤は、”Naoyoshi” (なおよし)と記された部分に手をあてた。

「『この看板は「足利なおよし」と書いているが、正しくは、「足利ただよし」である』。こう書けば、白紙答案を避けられます。『鎌倉幕府』に”Shogunate”、つまり、『将軍』という名称を使っていますが、鎌倉幕府最後の征夷大将軍が守邦親王だということを大学受験日本史で出題されたら、現時点では、満点をとらせないための難問・奇問だといってよいでしょう。

 ちなみに、私が受験勉強をしていた1997,1998年頃に、慶應義塾大学日本史で九条道家が出題された年がありました。当時は難問・奇問の扱いでしたが、今や必修事項です。『日本史用語集』にも掲載されています」

 作品内世界の2019年初夏には知るよしもないが、2022年大河ドラマ『鎌倉殿の13人』の中では、九条道家はどうなるだろうか。もっとも、2012年大河ドラマ『平清盛』では藤原基房や九条兼実も登場していたものの、歴史事象を知っていなければそれとは気付かない役どころであった。

「教科書に載っていない」
「授業では教わらない」

 当たり前である。日本史の授業がそんなにたくさんあったら、始発から終電までに「学校」が終わらない。予備校の授業が理解できる。高卒生になれば、それは、当たり前である(実態はそうではないが)。日本史に限らず、どの教科・科目であっても、授業時間以外の自習時間でどれだけ、「教わらなかった事柄」を習得することができるのかが大学受験で問われている。

「『中先代の乱について自由に書きなさい』。このような英語の出題がされる可能性は、ゼロです。では、出題可能性の高い『予想問題』が有効なのかというと、そうでもないのです。出題者、ここでは英語ですが―――受験生にテーマを与えて、英語で表現する実力に点数を与えるのです。回答に必要な情報があれば、課題文や註釈が用意されます。

 外国語―――ここでは英語ですが、英語で制限時間内に『何か』を表現するには、日本語を経由していては時間切れになる可能性があります。東大受験をしなければ、たとえば早稲田大学・慶應義塾大学の中でもマーク式(選択式)の出題を明記している学部に一発勝負を挑むことで、外国語の能力を問われるのですから、2020年2月の受験で自由英作文を回避することは可能です。

しかし、大学受験を終えれば、外国語で表現をするという人生の選択肢は無数にあります。私は、あなたの人生の選択肢を狭めたくはない。『頻出英文法・語法問題1000』『解体英熟語』で、あなたは、日々の受験勉強で取り組んでいるのですから、少なくとも、英語で表現する素地はもっているのです。自分に自信をもってください」

 武藤がこのセリフで言及している教材とは、
瓜生豊・篠田重晃 編著『頻出英文法・語法問題1000』(桐原書店)
 風早寛『解体英熟語』(Z会出版)カード型

である。
 前者の英文法・語法についてはレベル別に類書が販売されているし、後者については、移動時間の活用を狙ってリング付きのカード型を推奨する。

「私の授業は、緊張感を緩めています。たえず『雑音』を流していますからね。最初に『BBC News』のストリーミング配信を受信した時、あなたがスマホを取り出そうとしましたね。私はそれを止めました。エンドレスに受信していては、通信料がどれほどになるのか、わかったものではありません。

 時には、日本人の英語が流れてきた時に耳を傾けたかもしれません。同じニュースが30分おきに配信されていて『またこの話か』と思ったことがあるかもしれません。英語を日常生活に入り込むようにすることで、『リスニング対策』という身構えた学習時間を設けませんでした。そこに『カベ』があると感じれば、そこに『カベ』ができてしまうのです。

英語が自然と入り込んでくるような環境をつくりました。お父様・お母様。ご理解に御礼申し上げます。2015年頃に高校での『英語』が、『コミュニケーション英語』という看板に変わったのですが、入試問題ではどのように反映されるのかは不透明でした。だから、わからないならわからないでひとまず置いておき、いつでも通用する環境づくりをしたのです。

北条君。今のあなたなら、東京大学のリスニング英語のテキストを、CDにあわせて同じ速度で英文を読み上げるだけの基礎的な力が備わっています。自信がないなら、私が手取り足取り訓練します。

自由英作文についても、先に話した通り、『中先代の乱』を題材にした例題を出しました。きっと、本番では、奇想天外なテーマが出題されますよ。そこで、『解体英熟語』で使った英文と日々の学習で蓄積している英単語を組み合わせて英文にし、『頻出英文法・語法問題1000』でミスがないかを点検すれば、合格にあたいする答案を書くことができるでしょう」

 後日譚。武藤の「奇想天外」は、2020年東大入試でははずれた。「新しい祝日を設定する」というお題なのだが、類題は1993年に大阪大学が出題している。

「古文は順調ですか」

「・・・・・・予備校の授業での文法説明がハードです」

「やはり、そうですか。では、これを読んでください」

 武藤は、鞄の中から『太平記』(全6巻、岩波文庫)を取り出した。

「1日1巻として40日。夏休みには東大模試など、二日間つぶれる日もありますから、二学期にずれこんでもかまいません。

最初のページに、その巻(かん)のまとめ―――梗概といいますが、ストーリーを頭にいれた上で、まとまった『古文』を完読してください。ページ下に註釈がついていますし、読みやすい文体です。自信がつきますよ。それから、『太平記』には漢文の有名な逸話がいくつも登場します。『読了』を目指してください」

「あの、代金をお支払いしないと・・・・・・」

 北条陽介の両親のどちらが言うともなく、至極まっとうなことを口にした。
 武藤の話術の中ですっかり忘れているが、1冊あたり1,000円程度とはいえ、総額で1万円はいくのではないか。武藤の「私生活」はどうなっているのだろうか。だが、武藤は、ありがたい申し出を断る。

「お代金は、結構です。こうなることは想定の範囲内でしたから、弊社ネヴァルスに本日の『授業参観』の口止め料としておおさめください」

「でも、これって、『業務』ですよね、武藤先生にとっては」

 その通り。
 だが、武藤は1万円をはたいてでも、「口止め」をお願いするだけの、そのもとは十分にとれるのである。・・・・・・おかしなことを書いているようだが、北条陽介に元気がない、原因がわからない、というのは、家庭教師・武藤にかえて新しい教員を派遣するというタイミングでもある。衣替えをするように、個人事業主のクビはとれる。それが実態である。

 ネヴァルス社は、その意味では、「普通の会社」だ。
 個人事業主・武藤にとっては、ネヴァルス社との雇用関係は否定されている。
 実態としてはどうであれ、指示・命令とは、「授業のために行ってください」「授業をやめてください」というだけである。月末の最終授業日にご家庭に訪問できなければ、その月の交通費も回収できない。

 どのような出題傾向にあわせてどのような作業工程(受験勉強)を行い、どれだけの進捗状況なのか、ということを、高卒生の北条陽介が、両親に適宜プレゼンテーションしているなどとは、武藤は思っていない。

 「授業参観」というのは、武藤にとってのお客様へのプレゼンの場ではなく、北条陽介が大学浪人の出資者である両親に向けてのプレゼンの場なのだ。武藤は、このプレゼンに自らのクビがかかっていることを承知している。

 今さらといえば今さらもいいところなのだが、本作品は「【受験小説】」と題している以上、北条一家と家庭教師・武藤との交流を描いたり、北条陽介の(コロナ禍前の)予備校生活を青春タッチに描いたりする路線を期待していた・・・・・・という読者は、このページのこのくだりにたどりつくまでに読むのを諦めているだろう。「つまらない『小説』だ」と。

 話を詰め込みすぎた。
 北条陽介は、菅原神社の境内ヨコの広場から、下に向かって雄叫びをあげた。
 交番があるのだが、「授業参観」の実施者である武藤は、大阪府警の外事警察の元民間協力者なので、事情を話せば町田警察署でもひるまない自信がある。

 警察官が今の雄叫びについて「事情」を尋ねれば、堂々と答えればよい。雄叫びをあげても、菅原神社の下を通る幹線道路を走る自動車の音にかき消されるであろうし、境内の中でも、住宅街が近接していない場所を武藤は選んでいる。

 クレームがあるとすれば、「『井出の澤古戦場』は、菅原神社の専売特許ではない」という、町田市・相模原市でのローカルな話題だろう。


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