テスト_1-回答 過去・現在・未来は「今ここに」


2020年5月16日

おはようございます。5月16日土曜日、今日もradio sufi始めます。

昨日は朝から、中富良野町の北星山というところがあるんですけども、ラベンダー畑になっていたり、冬はその上に雪が被ってスキー場になるんです。結構急な坂で、初心者には厳しいんじゃないのかなっていうぐらい、急で短いスキー場になるんですね。今年は雪が少なくて、オープンしたんだったかなっていう感じで、おまけにコロナ騒ぎということで、ほとんどスキー場は動いてなかったんじゃないかなと思うんですけども。

そこに“なかふらの”って大きく石、なんとかピースっていうので作ったでっかい文字があって、その中にお花を植えて花文字っていうんですかね。それらの周りを白く塗るっていうボランティア作業に行ってきたんですけども。

結構急でした。しゃがんでペンキ持ってやってると、なんか前の方にポロポロって転がってしまいそうなぐらい、結構急なんだなぁと思いながらやりまして、そのあとはちょっと作業ついでだということで、まぁ、ついでってことはないんですけど、早くやっちゃいたいと思って改装作業もやってたんです。

壁の下地を作って断熱材入れて、壁を作っていく作業なんですけども。

神様は、私たちにいつも古い建物を目の前にポンっと用意してくれる

ものですから、昔の建物って本当に断熱材が入っていない。よく、過ごしているな昔の人はって思います。

昔の方が、今より本当に北海道は寒かったですから、マイナス30度とか結構頻繁にいくような感じの気温だったんですよね。私が44歳なので、44年前とかもっともっと前の話だと相当寒かったと言いますよね。それで、古いお家だと窓に隙間があるから、朝起きたら布団の。。家の中に雪が積もっているのは当然のこと。

ちょっとずつ風でファーって入ってくるんです。家の中が寒いから溶けないので積もったまんまっていう。それで、自分の息で布団が湿気になるじゃないですか、朝起きるとそれが凍ってるっていう、そういうお話をよく聞きます。

私の小さい時に住んでた家も、なんかそんなんだったような氣がするんです。違ったかなぁ、なんかちょっと思い出さないといけないですけども、古い家に住んでいたので、そんな別に私の中では珍しい話ではないなっていうのが正直なところですね。

「えー、そんな家に!?」って、そういう家には断熱材が入っていないですよね。窓も、木枠の窓ですから家がちょっと歪めば、窓がちゃんと開かないとか。ということは隙間ができるということですから、そこから吹き込んだ雪が入ってくるというのはありますね。

うちも築60年、ピースガーデン築60年、まぁmusuhi.535も築60年ぐらいなんですけども、ピースガーデンの方は建具関係がちょっと手作り感満載すぎで。。これ私が作ったんじゃないですけど雪降ってますよ、家の中にね。勘弁して欲しいなと思いますけどね。

musuhi.535は、雪が入り込むっていうことはないかな、窓に関しては一応、今の樹脂サッシを入れたので、なんとか窓からは雪は入っていないと思いますね。ドアは古いドアを使ってますので、可愛さ、アンティーク好きの人は、古さとやれ感、機能感っていうのはセットにあまりならないので、工夫とか、どこか我慢しなきゃいけないところがあるのかなと思います。


さて、テスト1ということで前回、一昨日の投稿で急にテストをしました。

今というこの瞬間、現在というこの瞬間に、

過去と未来は一緒にありますよ、それはなぜか。


ということが説明できますか?という質問をしました。どうでしょうか、考えてみた方はいらっしゃいますか。一昨日のラジオで、氣が向いたら答えますみたいな、ひどいことを私は言ったような氣がするんですけど、ちゃんと覚えております。ついつい、楽しくというか半分ふざけたりすることもあります。でも中身はめちゃくちゃ真面目ですよ。

今という現在は、私たちが過去に思ったり言葉にしたり行動したことの結果が今、表現されています。


与えたものが返ってくるとか、自分が発したものが必ず自分に返ってくるとかです。そういうふうに宇宙の法則、波動の法則で、この地球上の現実は回っています。なので、

過去に「あれ嫌だな」、「あれいいな」とか思ったことが

未来に現実になっていくんですね。

それを言葉にした時に、さらに未来に現実化していきます。それで、行動していけばさらにエネルギーが身を持ちますので、さらに強く現実化していきます。だから、今この瞬間、聞いている瞬間の思いだったり、言葉だったり行動というのが過去に自分が思ったり、言葉にしたり、行動したことの結果ということです。

ということは、

この瞬間は過去の表現であり、

今ここに過去がちゃんと存在してるんですね。


だから、例えば目の前に起きている現実、この瞬間とか今この時というのが嫌だなって思っている人がいたとします。「もう、なんでこんなんなのかなぁ」とか、ブーブーブーと言ってる人がいたとします。

そういう方たちは必ずといっていいほど、人のせいにしますよね。

だって目の前で起きてる、誰かが何かをするから嫌な思いをしてるんでしょとか、環境とか、コロナとかそういったものがあるから、嫌な思いをしてるんでしょ、と思うはずなんです。

だけど、例えばコロナじゃなくたって嫌な思いをその人はするんです。なぜかというと、過去にその人が思ったり、言葉にしたり行動したことが、結果として今、表現されているだけだからなんです。

もう、それだけなんです。

人のせいにすることなんか微塵もできないっていうぐらい、

自分の生き方に責任があるんです


といってもみんな信じないんです。「えー、だって、あの人がこういうことしたからじゃん」とか、「嫌なことされた」って。

だとしたら、過去に自分も似たようなことをやってるはずです。やったことは必ず自分に返ってきます。同じことじゃなかったとしても、同じ思いをさせたことは間違いないと思います。氣付かないところで人を傷つけているかもしれない、それもちゃんと自分に返ってくるんです。そうやって「あなたの行いどうですか?」って、言われるわけですね。

それは自分の魂に言われるんです。

突きつけられるわけです。

「あなたの生き方ってこんなんですよ、いいの?」みたいな。

よく、“人のふり見て我ふり直せ”っていう言葉がありますけれども、波動の法則でいってもそういうことは説明できるというか、そういう感じなんです。

今こうやって喋っていた1秒2秒前も、すでに過去になっています。私が喋ったことはすべて過去になりました。今、8分喋ったんですけども、全部過去になりました。その私の8分の過去は、未来の私づくりになっていくはずですよね。過去に思ったり、考えたりしたことが現実に繋がっている、ということはこの瞬間もすぐ過去になっていくわけです。はい、もうすでに過去です、1秒前は。

ということは、1秒たりとも見逃せないんです。


自分の思い、言葉、言動、すべてです。今この現在に、未来づくりが詰まっているということです。ということは、未来も今ここに瞬間的に存在している。今、私が思ったり、言葉にしたり、行動したことが、次の未来の私に繋がっているわけですよね。

こういう説明でどうでしょうかね。

今、私たちは過去に思ったり、言葉にしたり、行動したことの表現を今生きていて、そして、今ここで思ったり考えたり言葉にしたり、行動したりしたことが次の未来に繋がっている。
だから、“今ここ”というところは、過去と現在が集約されていて、とても今ここが大事なんだよっていうことです。

“今ここ”をサボると、未来をサボることになるということですね。

いい未来を構築したければ、自分でできるんだよ、

今この瞬間から


っていうことですね。そういう感じで、今ここの大事さっていうのは、本当に無駄にできないですよね。未来は待ってくれない、どんどん1秒ごとに過去になっていくわけですよ。瞬間瞬間、今ここというのは瞬間瞬間のことです。

瞬間を本当に良い、調和。。良いっていうのも、誰かが決めた良いとか、社会的な良いとかは私好きじゃないんですけども。調和的なもの、愛と感謝と豊さ、そういったものの秤にかけてみて、調和の秤にかけて「この思いは良い思いなの?悪い思いなの?」って調和で測るといいと思います。

それで、そういった調和的な思い、言葉、行動を瞬間瞬間、繋げていくんです。その瞬間瞬間の繰り返しが人生そのものと、私はいつも生徒さんにお伝えしているんですね。ということで、答えになったでしょうか。今ここの大事さ、いいですね。


「現実を変えたい」、「嫌な思いばっかりするの嫌だ」ってもし思っていたら、

それはまず自分が過去に発したものだよ

っていうことを、一度認めなきゃいけないです。

認めたくない人も、もしかしたらいるかもしれないけども、紛れもない事実だとしたら認めないわけにはいかないですよね。それで、次の今この瞬間から未来を新しく調和的に発することで、良き未来を自分で構築していきましょうという生き方、それの繰り返しやっていきませんかというお話ですね。


そんな感じです、どうでしょうか。皆さんの答えと合っていたでしょうか。これがね、100%の答えとはわかりません。言い方が違う人もいれば、いろんな表現の仕方があると思います。基本と思いながら、お勉強に役立てて欲しいなと思います。

そんなこんなで私の過去はもう12分経ちました。過去、早いですね。あっという間に過ぎていくんです、今この瞬間というのが。

そんな時に、今の心の色を見るっていうこともすごく大事です。重いかな、軽いかな、暗いかな、明るいかな。そんな感じで、心をそんなふうに表現してみて、常に心の状態を見るということも、すごく自分の未来づくりに役立っていきますので、できれば重いか軽いかだったら、軽い方が絶対いいイメージ湧きますよね。明るいか暗いかっていったら明るい方がいいですよね。


例えば誰かが亡くなったら、お葬式とか行ったら、心の色は何色になりますか?

はい、一応シンキングタイムだったんですけども、きっと重く暗く黒い色、黒っぽい色じゃないかな、大事な人を亡くしたらきっとそういう色になりますよね。心の状態としてはあまりいい状態ではないです。ただ、悲しみを感じないようにさせるというのは別にいいことじゃないので、感じなきゃいけないこともあると思いますので、黒い色を否定するわけではないです。

でも、悲しいことも何も起きていないのに、一日中、一年中真っ黒というのは良くないですよね。そういう意味で良くないですねと言っています。じゃあ、なんか天氣も良くて人に優しくされたとかっていう時、心の色は何色になりますか。たぶん、パステルみたいなピンクとか、オレンジとか黄色とか、なんか暖色系になると思います。それは、心の状態としては良い状態です。

例えば、何か言いたいことがあって、呑み込んでしまった。

そうすると呑み込んだものというのは、

内臓だったり、皮膚だったりそういったところに溜まってしまいます。

だから、心にも滞りができるので、心の色が曇るはずです、魂の色を曇らせてしまう。自分の生き方を魂の通りに、心に正直に生きるということをしないと心の色は曇り、そのうち魂も曇り、真っ黒になっちゃいます。

真っ黒になっちゃったら、誰も手助けできないです。一度、病氣になって、自分でガツンと氣付くっていうところまで行く人がほとんどかなと思います。

そうなる前に、病氣とかになる前に、日々自分の心の状態をよく見て、良い方向に行くように、

思考癖を直してみたり、行動癖、言葉癖などの良くない癖を、

良い癖に直していく。

だって、自分生きやすいんですから、その方がいいじゃないですか。自分の思いや言葉や行動で、大体自分で悩むんです。「なんで、こんなんなっちゃったんだろうなぁ」とか、「なんであんなこと言えなかったんだろうなぁ」とか。そんな時たぶん心の色は、茶色とかグレーとか、なんかそんな色になっちゃってるはずです。

それを、ちょっとの努力で、発信する、発する、表現するっていうことに変えてみると、急に暖色系になると思います。

表現できれば黄色になると思うし、これは第3チャクラの色になります。第1は赤い色です、そして第2チャクラはオレンジ色になります。そういったところのその3つ、1、2、3のチャクラっていうのはすごく現実界で大事なことになってくるんですけれども、その辺りが苦手だなっていう人は、そういう色のものを身につけてみたり、服を着てみたり、そういうのもいいと思いますね。

第1チャクラ→赤色、第2チャクラ→オレンジ色、第3チャクラ→黄色

黒は、嫌な色と思っている人もいるかもしれないんですけども、黒は自分を守ってくれる色になります。氣にすごく敏感で、お葬式とか行くと黒い服を着るじゃないですか、大体亡くなった人がいるってことは自分が弱ってますから、エネルギーにとても敏感になっていて、入り込まれてしまったりとか、自分を守る必要がある状態になりますので、あえて黒い服を着てた方が防御になりますね。

気功師さんとかでも、黒い服ばっかり着る人いるんです。私も結構黒い服着てますね。でも、セミナーの時は白なんです、白は全てを内包する色。All welcome、そういう感じです。そんなふうに色を使い分けてみるのもいいかもしれませんね。

あと、色には温度もありますので、寒色系はやっぱり温度が冷たくなりますので、身体を冷やしたりすることもやっぱりあります。暖色系、特に赤は温度が高いですので、赤色着ると燃えてきますね。そういう使い方もあるかもしれません。

なんか、氣付くと話が脱線していってるね。でも、脱線していると思っているけれども、きっと一番最初から自分で聞き直したら、もしかしたら繋がってるのかなと思いながら、「あれ、なんのテーマで喋ってたかな」って、わからなくなると一旦止めたりします。

話は全然、変わっちゃうんですけども、私、ラジオのDJっていうのを中学校、高校の時もやってたなっていうのを思い出すんですよね。放送局を乗っ取ってですね、放送部でもなんでもないのに、放送部の人たちに「ちょっとそこ貸して」とか言って、毎週何曜日、私のラジオの日とか言って、学校、校内放送流させてもらっていましたね。

中学校の時はちょっとAMラジオっぽいような雰囲気で、音楽、自分が選曲した音楽と喋りを入れる感じですね。それで、高校生の時は本当に勝手に、放送部の人たちに「ちょっとその席、よけてよ」とか言って。悪いね、本当にね。勝手なことばっかやってましたね。それでちょっとFMラジオっぽいような感じの雰囲気でやってましたね。

懐かしいですね。そんなことをやってましたが、先生が聞いていると思ってなくて、「ちょっと私、マドンナが来たので学校サボって東京行ってきます」って。マドンナが日本に来日するってことで、「なので来週お休みです」とか言って放送したら、先生がしっかり聞いてて。笑

でもあれ怒られなかったんですよね。見逃してくれたんでしょうか。担任ではなかったですけど、聞いてたっていうのを教えてくれました。そんなことやってましたね。


そういえば、昨日は国からの10万円給付が早速振り込まれた人がいると、昨日隣の方に教えてもらいました。musuhiの隣のお母さんに、「バイクを車庫に入れるためのスロープが、危ないから欲しいんだよね」って言われて。「でもお父さんに、ボスに作ってもらえって言われたんだぁ」って言われまして。「えっ私?」と思って。「あ、もう喜んで。いつもお世話になってますから、それぐらいやらせてください」って言ってね。

バイク用のスロープを作ってあげたんです。なかなか自分のところをやる時は失敗も許されるけど、人んちのものは失敗許されないので、いつもよりとても丁寧にやるもんだな自分はと思いながら、ちょっと苦笑してたんですけども。

そんなお隣さんから「10万円給付もう入ったか」って言われて。「えっ、もう入るんですか」って。聞くと、うちのメンバーも封書が届いてすぐ送ったって言ってたんですよね。私、「えー、そんな早くやっていいものなの」と思いながら、すごいみんなに言われて、「ああぁ、はい」って言って送って、まだなんじゃないですかね。なんの葉書も来てないです。

混んでるとかいう話を聞いたので、急いでない人は後にしてくださいって誰かが何かで書いてるのを見たような氣がしたので。と、遅れた言い訳をしてますけども。

昔から、自分だけのために何かをするっていうのが、なんか氣持ちが入らなくて。そういうことに関して、本当に10代の頃親に怒られたりとか、怒られたというか呆れられたっていうのがあって。こう言われたんですよね。「あんたは本当に、ハングリー精神というものはないのか」と言われたことをなんか覚えているんですけどもね。「ハングリー精神って何?」みたいな。

自分のためだけの事に関して、欲とか、欲望に関してのハングリーとかっていうのはどうしても出ないですね。どうでもいいじゃんって思っちゃうところがあって。


例えば、バーゲン会場とかもう死ぬほど苦手です、ああいうの。あの我先にっていう、ウワーーってバーゲン会場に行く人たちを、めちゃくちゃ冷ややかな目で見てしまう。「そこまでして欲しいかそんな物?」みたいな。すみませんちょっと、ああいうのを見るとびっくりするんです。

動物じゃないんだからって思うんですよ、犬たちの餌の取り合いみたいなの、こう頭に浮かぶんですよ。ウォォ、グワァァって言って、肉食獣たちのあの取り合いを想像してしまって、そしてそんなに欲しいかなっていう。

バーゲンで売ってる物なんて大した物ないじゃないですか、だってね。バーゲンで売れるぐらいの物なんですからって、すごく冷ややかな目で見てしまうところがあって。なんか物質的な物とか、自分だけのための物とかに、どうも夢中になれない自分が昔からいます。

ハングリーになれるとしたら、人のことに関してはめちゃくちゃハングリーになりますね。今回の10万円給付とかそういうのに関しても、困ってる人がたくさんいる中で、国は何してるんだよっていうのをすごい思うから、そういうのが決まるまではすごく情報発信したりとか、エネルギーをそこに、給付になって欲しいなんていう思いを発信していくんですけども、いざ決まったら自分のことは忘れちゃうっていうね。

あぁ、いつものパターンだなと思いながら、感じていたんですけども。なんか志事にしてもそうですね。一人勝ちとかもなんかすごく嫌です。イメージは、自分だけ良くなったってどこかで歪みが起きるんですよ、そういうことをやってるとね。だから、やっぱり地域全体が良くならないと、お金に関してだって回っていかないし、なんか物より事に興味がありますね。

例えば私、自分がいじめられたりとかしたことはないですね。だけど小学校の時とか、友達がいじめられてたら必ず助けに行って、そして自分もいじめられるっていう。わけわかんない。こういうの結構大人になってからもあるんですね。人を庇ったりすることが結構多くて、いじめっ子とか、そういうの大嫌いなんですよね。

メンバーの誰かが嫌なことをされたとか、家族がとかね。自分だったら我慢できるんだけど、「あぁ、そんなこともあるよね」って別に怒りもあんまり湧かないんだけども、自分が大事としている人たち、家族、ファミリー、メンバーとか、自分が大事と思っている人たちが、何かされたとか嫌なこと言われたとかいったら、めちゃくちゃ牙をむきますね。私、おっかないぐらい。

そういう事に関しては、すごく氣持ちが入ってしまう。「自分の時はそんなに怒んないのになぁ」っていうのが、ハングリー精神とかないよねっていうのと繋がっているのかなと思ってみたり。

大きく大きく見ていくと、私の生きる未来ミッション的なものが、“人を楽にさせるためにはどうしたらいいか”っていうことが未来ミッションになってくるので、まぁ仕方がないのかなぁと思うんですけども。人間として大切な事とか、心の事とか、そういう事にはすごく真剣になりますね。社会のあり方とか、そういうのにはすごく興味を持つなぁというお話に、10万円給付から繋がっていくんですね。


今日も作業をしたいなと思っていまして、暑くもなく、寒くもなく、虫も少なく、この時期はすごく身体が動きやすいですね。緊急事態宣言も一応解けたんですよね、ある部分では。まだのところもあると思うんですけれども、どうでしょうかね。一旦落ち着くとは思いますけども、夏ぐらいまでには。

ただ、どうでしょうか。これまでの昔からのウィルス関係が出てきた時って、第2波、第3波とかあるから、まったくコロナ前と同じような生き方をしていては、ウィルスたちはまた動き出すとは思いますよね。

人間の心のあり方っていうのが、

地球の動き、地球に生きている生物、ウィルスも含めて、それらの動きと必ず関連していますので、


一人一人が本当に、心穏やかに愛と感謝と調和的に生きるっていうことを実践していけるようになったら、

仕事の面でもそうだし、ビジネス、社会、家族関係全部同じです。そういったところ、ひとりひとりが氣を付けて生きれるようになったら、第2波というのも少なくなると私は感じています。

そんなための第1波だったのかなというふうにも思えば、これから毎日毎日、瞬間瞬間を大事に生きるという、今ここを生きることを大事にやっていきましょう。

今日も良い一日をお過ごしください。

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