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東山魁夷の北欧

“人間は本来孤独なものであって、時々、善意によるかけ橋が、心と心を結びつけるたけでよいではないか”
東山魁夷「復刻普及版 北欧紀行 古き町にて」p.130
“幻想が去っても、私は伐り株に腰をおろしたままでいた。あれは幻想だろうか。いや、この国の人々の、一面の真実ではある。私は明るい面を見ているだけかもしれない。季節的にも、一年のうちの一番良い季節だけ滞在しているのだから、印象も違うわけだろう。ほんの、ゆきずりの旅行者に、全ての真実がわかるわけがない。しかし、たとえば、月を描くのに、裏側の暗黒の面まで描かなければならないということもないと思われるのである。月は私達が見ている面だけで、美しく、充分である。ことに、画家である私にとっては。
同 p.131

図書館で偶然、この本を手に取った。
見つけたときの感動といったらすごかった。
開いただけで、あの空気を感じられるようだった。

私の記憶はもうほとんど幻想のようで、現実味はなくなっているのかもしれないと、ふと思うことがある。

帰ってきてからしばらくして振り返る風景や出会いは、どこか美化されていて、そのままの姿を留めてはいないのかもしれないと。

ページと共にその土地を巡りながら、全く同じとは言えないまでも、東山魁夷と同じ空気を味わっていると感じられ、彼が見た風景と私の記憶がつながって、より鮮明で美しい何かに塗り替えられたようだった。

一旅行者、一寄留者としての見方が映す真実があるのだと、いま一度私の中の記憶が息づいているのを感じる。

あの土地が、あの人々が醸し出す、広々とした空気に、私は自分が肯定されていると感じていたし、今こうして思い出す度に、その心地よい、さわやかな風を感じることができる。

本を通して過去の人とつながり、
私の記憶とつながり、
世界とつながるという感覚。

静かで、想像的で、何か内側を輝かせてくれる時間。

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