友情を運ぶ電車

今朝中央線の運転見合わせで激萎えしたわけですが、数ヶ月前までの通勤に使っていた京葉線のことをなぜか思い出しました。

朝の京葉線、いかにもディズニー‼️‼️な女の子たちが多いのですよね。服がお揃いだったり、相当な気合いが入っていてとても可愛いなと思います。(制服の下にスウェットをキメていた集団はちょっと謎でしたが…)

どうしたら、お揃いの服でディズニーなんて行けるんだろう。

京葉線ユーザーだった日々は、私が切望する『普通の女の子』を観察し放題でした(有害な男が女の子を物色しているのとは全然違いますよ当然ながら)。

毎朝学習のチャンスを享受できる生活ができていたのに、私の同性への理解度はさっぱり。。。

京葉線の日々は、「羨ましい」という気持ちでいっぱいでした。
私がどう頑張っても身につけられない雰囲気、知能、体臭、常識、視覚、聴覚、食の嗜好の全てを兼ね備えた女の子たちが向かう夢の国…

豊かな人間関係に憧れても遠くから眺めているだけで実践できることはほんのわずかです。昔からそうでした。

今朝の電車が動き出すまでの間、ちょっと心臓がドキドキしていました。
私は自分のコンプレックスに圧倒されると鼓動が加速するという癖(?)があります。

嫌われることから生じる独特な体験、それに関連した強迫観念の数々が、いつまでも憑りついて離れません。

修学旅行のグループ分けで自分のことでクラスが大喧嘩したこと(忘れられな過ぎて小説のネタにした)、
自分1人が外れてしまうから「奇数」が怖いこと、
自分が好きで食べるものが恥ずかしいこと。
もっと恥ずかしいのは、社会的な欲求が抑えられないこと。

私の「友達欲しい」の熱量は、男子高校生の性欲くらい強いです。恥ずかしいけど…

いつか京葉線に、仕事じゃなくてディズニーへのデスティネーションで行きたいです。もう、笑っちゃうよね、年甲斐もなくお揃いの服とかカチューシャに憧れるなんて…

でも、どんなに遅くなっても、なんとしてでもこれは経験しないと納得いかないのかなと思ったりしてるんですよね。


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