月村冷

小説を書きます。映画、漫画、アニメ、読書が好きです。

月村冷

小説を書きます。映画、漫画、アニメ、読書が好きです。

マガジン

  • 小説

    主に短編の小説を載っけていきます。

最近の記事

恋愛短編 心はゼラニウムと眠る

 人間の生の根幹を形成する三大欲求のうち、一番強いものは「睡眠欲」だと言う。人間は眠らねば生きてはいけない。誰もが知る自明の理だろう。だが、それは必ずしも肉体に限ったことではないと僕は思う。心にだって微睡の時間は必要だ。大切な人と過ごしたほっとするような時間や楽しい思い出、それがないと人間は過去を遡ることができない。微睡の時間というものは人間を少しの間だけ癒してくれるものだ。  僕にとってその微睡んだ過去の時間は、思い返すたびに癒しと共にちくりと痛みを与えてくるものなのだけれ

    • 短編小説 幻想輪舞曲

       夜闇の中で、烏が鳴く。それはとても異質で人々の雑踏の中にいた僕にも聞こえたほどだ。烏が夜に飛ぶことはほとんどない。何か危険なことがあったのか、それとも街の明かりに目が眩んだのか。  この世はとても空虚だ。街の明かりは派手に人々を染め上げるが導くことをしない。そこには中身のないネオンやアルゴンがただ煌々ときらめくコンクリートの森が広がるだけだ。僕はまだ明るいビル群を見て、自分の体を見てみる。細い。何日も会社で泊まり、ろくに栄養と睡眠をとっていないからだろう。今日の夕方にやっと

      • 短編現代ファンタジー 迷い家

         切り忘れていた目覚まし時計のけたたましい、ヒステリックな叫び声のようなアラームが僕を心地の良い眠りの海から強引に引っ張り上げる。少し痛む頭を押さえながら、目を開けて起き上がってみると、僕の周りにはいつものモノトーンな世界が広がっていた。白のなんの特徴もないマグカップ、枯れてしまった観葉植物、ほこりをかぶった本棚。僕はその世界を見て、「ああ……」と声にならないため息をつく。僕は最後にこの世界を目に収めて、永遠の夜を彷徨っていくのだ。    僕は今日から失業者というものになるら

        • 短編ミステリー 黒と黄色の偽造

          Chapter1 「うわなんだこの匂い……。っ!! 医者をよべ!! 早く! 緊急だ!!」  古びた木造建築の旅館に野太い声が響き渡る。ラピスラズリのような透き通る海を望み、普段はのんびりとした旅館であるが、今日は怒号と悲鳴がその雰囲気を消し去った。なぜならその旅館の一室、446号室で男が床に散乱する刺身や生肉の中で倒れていたのだから――。  446号室で倒れていた男は発見されてすぐに救急車で搬送され、あらゆる手が尽くされたものの、病院で死亡が確認された。そして救急隊より少

        恋愛短編 心はゼラニウムと眠る

        マガジン

        • 小説
          5本

        記事

          恋愛短編 煙草と月時雨

           街が斜陽に飲み込まれていく。ビルたちが紫色の影に溶けていき、やがて街の夜景の一要素となる。人口の明かりが夜を支配する様はどこかもう戻れない所まで来た空恐ろさを感じた。僕と君は大学の屋上からその風景をただ眺めていた。トレンチコート越しに人の温かさを感じる。君の手が僕の手にそっと、怖いものを触るように慎重に触れる。その手は少し震えていた。僕は君がこのあと何を望んでいるのか分かっていたから、その望みのままに触れてきた君の手の指に、僕の指を絡めた。彼女は嬉しそうに僕に微笑んで、「綺

          恋愛短編 煙草と月時雨