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宇宙食とフリーズドライ (宇宙食の雑学⑥)

「しまったー、イチゴがミイラになってる。」
「リコちゃんどうしたの?・・うわ、何これ?」
「どう見たって冷凍イチゴだろ。多少黒ずんで干からびてるけれどな。たのしみにずーっととっておいたやつなのに、もう立ち直れないな。・・食べちゃおうかな。」
「食べたらお腹壊しちゃうって。だからあれほど冷凍庫のフタと施錠はアイス食べた後しっかり閉めてねって言ってたのに。リコちゃんが寝た後に確認したら案の定開けっぱなしだからいつも閉めてるんだからね。」
「あー、どうせ自動で閉まるからいいかなと思ってたら、クレアが閉めてくれてたのか。」
「手動式のトランク型冷凍庫が勝手に閉まるわけないでしょう、日常の食品も入っているんだから、コンビニの無い宇宙空間の航路では死活問題なんだからね!」
「あー、分かった、分かったよ。ところで私の大好きなイチゴは何でこんなにも変わり果てた姿になっちまったんだろうな。完全にダークサイドの産物になっちまったよ。」
「それは温度の上下を繰り返した冷凍庫の中で凍結と水の融解によるイチゴからの脱水とを繰り返して乾燥が進んだからよ。ただこの方法だとイチゴ自体の劣化も避けられないから変色してしまったのかもしれないわ。」
「そんなぁー、ライトサイドには帰還出来ないのか?・・やっぱり食べようかな、これ。」
「リコちゃんやめなって!ただでさえ宇宙船の中には病院やお医者さんは居ないのよ?!」
「クレアだって地球の薬剤師免許持ってるんだろ?だったらそれくらい直してくれよぉ、私のガッカリと空腹をさ。」
「もはやモンスタークレーマーね。分かったからリコちゃん、夕ご飯温めてくるからそのイチゴのミイラは捨てましょうね。」

・・・・・・・

「おぉ、今夜のデザートはイチゴのスムージーか!」
「夕方はイチゴの件で残念だったからね。丁度試供品をいくつかもらったから、パックに水を入れて作ったのよ。」
「ふーん、ならこれで我慢してやろう。苦しゅうないぞ。」
「(リコちゃんの私の苦労に対してなんという態度なの・・)」
「あ、そういえばスムージーを作るにもスープを作りにも。水やお湯を入れる前のチューブパックにはカラカラに干からびた軽い何かが入っているよな?アレってなんなんだ?さっき冷蔵庫から出てきたひからびたイチゴのミイラも似た様な感じだったが。」
「まぁ理論的には同じ・・とでも言うのかしら。例えば今私が持ってる水を注入する前のイチゴスムージーのチューブの中身は、フリーズドライという技術で作られているの。」
「フリーズドライ?フリーズが氷で、ドライが乾燥って意味だろ?凍ってるのに乾燥?そもそも氷って水でできてるんだろう?凍らせたら水なんて蒸発しないだろう。さてはクレア、私になぞなぞを仕掛けてるな?」
「なぞなぞじゃないわよ、まぁある意味、科学の知恵の産物ではあるけれどね。リコちゃんは以前の話題で”沸点は大気圧により変化する”って話をしたの覚えてる?」
「あ?悪いがちょっと、日本語で言ってくれないか?もしくは英語やロシア語でも構わんぞ。あぁ、でもエスペラント語は勉強中だからちょっと控えてくれ。」
「ん・・高い山に登ると100度よりも低い温度で沸騰する話は?」
「覚えてない。(キッパリ)」
「がっくり。分かったわ、簡単に説明するわね。水が蒸発する際に重要なのが、空気の存在によるところが大きいの。普通私たちが生活している環境だと、水は何度で沸騰・水蒸気に変わるかリコちゃん分かる?」
「100度だろ?」
「その通り。でも周りの空気が少なくなる、言い換えると気圧が低い状態になると、より低い温度でも沸騰するようになるの。」
「あぁ、なんか思い出してきた。標高3,000メートルくらいの富士山だと87度、8000mのエベレストだともっと空気が少なくて70度で沸騰するから鍋も生煮えになるぜってやつだな。」
「そういう事。それじゃぁ、周りから全部空気を抜いた真空状態にした場合、沸点はどうなると思う?」
「どうなるって・・さぁ。」
「簡単に言うと、真空環境を作ると沸点はどんどん下がって、やがて0度に到達するのよ。」
「0度?待てよ、それってどういう事だ?それ以上下がったら氷はどうなるんだ。凍ってて蒸発?個体で気体・・だめだ、分からなくなってきた。」
「とりあえず落ち着いて、ちゃんと説明するから。水は個体である氷、液体である水、そして気体である水蒸気の3つの形態を持っていて、それぞれ形態が変化するポイントである0度の凝固点と100度の沸点があるの。」
「つまりこの凝固点と沸点が、水の形の変身するポイントなんだな?」
「そういう事なの。そして、特に沸点の温度は周囲の大気圧によって変化する。それを図で示したのが”水の三相図”と呼ばれるものよ。それを紐解くと、気圧が一定以下になると沸点と凝固点がくっついちゃうの。」
「気体ト固体ガコンニチハ?」
「そう、つまり気圧が極度に下がると水からつまり液体という概念がなくなっちゃう。リコちゃんはドライアイスって知ってる?」
「あぁ知ってる。時々買い物に行った時に保冷剤としてついて来る氷みたいな冷たいやつだろ?」
「そう。ドライアイスは溶けても、水にはならないわよね?」
「ドライ(乾燥)アイス(氷)って言うくらいだからな。氷から白い煙が出て、いつのまにかドライアイスが消えていると言うか。」
「そう。ドライアイスは通常であれば気体の二酸化炭素を極度に冷やして氷状に固めたものなの。そして氷から液体を介さずに直接気体に変化する現象を、昇華と言うわ。」
「はい、しょーですか。」
「変なこと言わないの。それでね、気圧がゼロに近づくと、水も液体を無視して氷から一気に期待に変わる。それも低い温度でね。」
「なるほど!フリーズ(凍結)ドライ(乾燥)はこの技術を使うという事か?」
「その通り!気圧を下げて、凍った食べ物をヒーターでほんのり温めながら水分を昇華させて飛ばしてゆく。この方法なら食べ物や成分を熱で痛めずに乾燥させることができるわ。それに乾燥工程も早いからバクテリアなどの雑菌類に汚染されるリスクも低くてすむの。」
「いい事ずくめだな。」
「でもフリーズドライには専用の装置が必要だし、天日干しや陰干しといった方法の様な簡便さに欠けるデメリットはあるんだけどね。でも大抵のものは水やお湯で元の食品の状態に戻せる再現性の高さと乾燥による軽量化という観点から、宇宙食の分野でも採用されている手法なの。」
「もしかしたらフリーズドライ製法みたいなイノベーションが今後他にも起こって、宇宙食のラインナップが増えていくんだろうな。」
「そうかもしれないわね。こういった宇宙開発においては機械といった物理・工学技術だけじゃなくて、食品や化学といった分野も関わって来るわ。みんなもより幅広いサイエンス(理科)の領域に興味を持ってくれたら嬉しいな。」
「おうい、私の得意な地学も忘れないでくれよな。」
「宇宙と歴史、そしてサイエンスにまつわる領域についてここまで6回に渡りお話してきました。これからも宇宙開発にまつわる興味深い情報を掘り起こしながら紹介していくわね。」
「それじゃあ今回も、またなー。」

<参考文献>

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