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宇宙サンドイッチ1965(宇宙食の雑学②)

「何だこれ?歯磨き粉チューブみたいな形、こんな宇宙食誰が買ったんだ?」
「私だよー。」
「クレア、君が悪食なのは前から知っていたが流石にこれは無いだろ。どう見たってこの形は歯磨き粉・・歯ブラシのお供だろう?
「リコちゃん、これもれっきとした宇宙食なの。それもこのデザインは1960年代の復刻版なんだから!歴史があるの。権威があるのよ!」
「そうは言ってもよぉ、こんなに沢山買い込んで・・どうすんだよ、これ。」
「これはアップルソース味でしょ?それでもってこれはビーフグレービー、そしてこっちは野菜ペースト!色々種類があるから楽しんでね。」
「しかもこれ、チューブでかいし・・こんなの食べるのか?」
「そう、これが今日の私達のお昼ご飯よ。有無は言わさないわ、さぁ召し上がれ。」
「マジかよ、いただきま・・まずぃ。うぇぇなんだこれ・・」
「うーん、やっぱり宇宙開発初期、このチューブ型宇宙食が不評だったのがよく分かるわね。」
「クレア、流石にこれはないぜ。私にはこれを半分食べるのがやっとだ。チューブから押し出すのが面倒だし、何か食べ応えも・・」
「何言ってるのリコちゃん!このチューブ飯は大人が必要とするカロリーを摂取するためにこれだけの量を飲まないといけないのよ?」
「うぇぇ、山盛りチューブだと・・?ダメだ、私はもうこの宇宙(そら)で生きていける自信が無い・・。」

・・・・・・

「こんな食事、軽く拷問だろ。もう無理・・しかし何でドロドロの食い物、こんなに食わなきゃいけないんだよ。」
「おかゆの様に水で体積が膨らんでいるためかもしれないわね。実際に医療現場で使われている半固形タイプの経腸栄養剤は300gで300kcal。仮に1日2100〜2700kcalを取らなくちゃいけないとすると、手のひらサイズよりも大きなこれを7〜9バックも飲まなくちゃいけない計算になるのよ。」
「吐くだろ。そんなに飲めないって普通。」
「まぁ医療用の半固形剤の場合はちゃんとした使い方があるから飲むわけじゃないんだけどね。ただ昔の宇宙飛行士はこれに近い半固形の食べ物を食べるために活動時間の半分は食事に使っていたそうよ?」
「うわぁ・・虫歯になりそう・・。」
「そんな経緯もあってか、チューブ式の宇宙食は宇宙開発初期の宇宙飛行士から人気は無かったみたいなのよ。」
「そりゃぁそうだろ。無茶苦茶な量のお粥を延々と飲まされて、ハードな仕事もさせられたんじゃやる気だだ下がりだろう。せめて飯くらいの時はのんびりリラックスしたいもんだからな。」
「そうね、でも千里の道も一歩から。宇宙食を開発し、現場の宇宙飛行士がこれを実践して、こういった様々な経験の積み重ねがあったからこそ!今日の豊かな宇宙食へと発展してきたのよ。」
「本当、地球の偉大な先人達に感謝しないとだな。今の時代までずっとチューブ食じゃ月面生まれの私にとっては絶望でしかなかったぜ。」

【空飛ぶ宇宙の携帯糧食(コンビーフサンドイッチ)】


「リコちゃんは毎日歯磨き粉みたいな容器に入った離乳食の様なペーストしか選択肢のない食事ってどう思う?」
「それは・・バリエーションも少ないし食事に彩りがないと言うか、テンション下がる。そもそもきついわ。」
「そうね。実際に食事のラインナップや味・形態のラインナップは特に神経を使う宇宙の様な環境下では士気を維持する上でも重要な意味を持つの。」
「宇宙での仕事は一歩外に出れば真空と超高温or低温に加えて宇宙放射線の極限環境だし、金のかかった機械や失敗の出来ないノルマが付き物だからな。せめて食う時と寝るときくらいはささやかな楽しみがなけりゃ流石に無理。」
「そうね。実際にそれを物語る事件がかつて宇宙開発の黎明期にもあったの。リコちゃんはコンビーフサンドイッチ事件って知ってる?」
「コンビーフサンドイッチ?あの、パンに野菜の葉っぱや平たくてなんだかわからんプラスチックみたいな謎肉スライスが挟まってる地球の食べ物の事か?」
「あはは、リコちゃんにはそんな風に見えるのね。あれはパンにレタスやハムって呼ばれる燻製肉のスライスが挟まった地球では一般的な携行食よ。ピクニックや仕事のお供に持っていくのも地球では一般的な風景ね。」
「イメージしづらいな・・。それで、そのサンドイッチの事件がどうかしたのか?」
「そう、時代は遡って1965年の出来事よ。米国とそのライバルだった国とが激しい宇宙開発競争を繰り広げる中、米国はジェミニ3号という有人宇宙飛行計画を実行に移したの。問題はその宇宙飛行の真っ最中に起きたわ。」
「問題とな?」
「その中に搭乗していたジョン・ヤング宇宙飛行士はそこへサンドイッチを持ち込んでいたのよ。」
「良いじゃないか、食べ物くらい好きに持って行かせてやりなよ。どうせまた歯磨き粉みたいなチューブ食を散々飲まされる羽目になるんだろ?」
「そうね。このヤング宇宙飛行士は宇宙で実際にサンドイッチを取りだしたんだけれど、地球上とは違って上手く食べる事が出来なかったみたいなの。」
「なんだ?地球の強力なG(重力)を振り切った勢いで食べ方まで忘れちまったのか?」
「そんなわけ無いでしょう。実際に宇宙船内では無重力で、いろんな物体の挙動が地球と大きく異なるのを発見したのよ。」
「そんなに違うものなのか?」
「まず、サンドイッチは食べる際に色々な具が溢れないように食べるのにコツがいる。そして何よりも問題視されたのは、サンドイッチを食べる際にパンくずが発生する点だったの。
「パンくず?・・何が問題なんだ?」
「食べ物のくずや破片が飛ぶと、無重力空間だから床に落ちずに漂い続ける。これが目に入ったり、高速で飛び回ったり。または電気系統を故障させて火事を引き起こしたり。空気の浄化フィルターの劣化を早めたりパンくずにカビが発生してみんなの呼吸器に病気を引き起こしたら?食事一つをとっても、地球上にいた時とは違って気をつけなければいけない点が多く存在するの。だから最近の宇宙食ではサンドイッチを挟む生地にパンではなくてパンくずの出にくいトルティーヤを利用しているみたい。」
「私にとってはこっち(宇宙の環境)がデフォルトだから、クレアみたいにそんな事、考えもしなかったな。」
「そんな経緯で、地球から宇宙に登ってきた人にとっては宇宙では出来ない事が多くて結構ストレスになる事が多いのよ。」
「ポジティブに考えていこうぜ。宇宙の定住力環境では誰でもスーパーマンさ。」
「確かにそれくらいの気概がないとこの環境になかなか適応できないのも事実かもしれないわね。サンドイッチの話に戻ると、この事件が後の宇宙食開発に大きな転換をもたらす事になったの。いい意味でね。ただこのきっかけとなった行為が安全性やルールの面から考えると、素直に喜んでいいのか複雑である点も否めないから難しいところね。」
「このジョン・ヤングって言う宇宙飛行士の大先輩も色々な意味でチャレンジャーだったんだな。」
「それだけ、当時の宇宙での食事事情は当事者達にとって深刻な影を落としていたのよ。最後に、私の尊敬するジョン・ヤング宇宙飛行士が後に語った私の好きな名言を紹介するわね。」
「名言?」
「それは “Risky to change. Riskier not to change.” ( 物事を変える事にはリスクを伴うが、変えない事は更なる危険性をもたらす。)よ。変化を恐れず、挑戦し続ける事。時としてリスクを伴う挑戦が、のちの更なる大きなリスクの予防薬になる。ただ付け加えるとするならば、経済学者のピーター・F・ドラッガーはリスクに対して以下の様な四つのリスクを示しているの。」

①事業の本質に付随する負うべきリスク
②負えるリスク
③負えないリスク
④負わないことによるリスク

「身を滅ぼしてしまう事が明らかな選択肢は負えないリスク。リスクをとった後に、その結果得たものをどう活かしていくのか。自らの強みに還元していくのか否か。そういう側面もリスクを取るときには重要だと私は考えているわ。」
「どちらにせよ、変化を恐れて立ち止まり続ける事には警鐘を鳴らしてるんだな。」
「そうね。この様に分野の別を問わず、多くの先人達はその歴史や経験の中からこの世の様々な心理の側面を垣間見て多くの名言を遺しているわ。今後も宇宙開発に様々な署先輩方からのお話を紹介していくわね。」
「またなー。」

<参考文献>


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