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天空の秘剣とツタンカーメン(宇宙とマテリアル①)

「ねぇリコちゃん、一体何の本を読んでるの?」
「あぁ?地球の歴史だよ。この前中古本のサイトで買ったのが届いたんだ。」
「それって中学や高校で使う社会資料集じゃない。リコちゃん社会の科目にも興味があるの?」
「いや、私って月面生まれだからさ。こういう海とか草原って言うのか?そういった写真を見るのが好きなんだよ。月にはないからな。しかしこの王サマ、いいセンスしてるよな。このエジプトとかいう所のゴールドマスク・オブ・ジ・ファラオなんかもパンクなデザインで好きだぞ。」
「ゴールドマスクファラオ?」
「これだよ。金ピカのマスクをかぶって横になってるの。地球で流行ってたのか?」
「これはツタンカーメンの棺ね。古代エジプトの王様のものよ。」
「王様かー、大統領みたいな奴か?」
「んー、ちょっと似ているかな。でも大統領などは選挙で主権者である国民の意思によって選ばられるのに対して、昔の王様はその人自身が主権を持っていてその強大な権限が子や孫へと世襲されるという特徴もあったりするから厳密には大統領と王様は別物ね。」
「主権?世襲?あー、大企業の社長や大株主みたいな奴か。つまり、むっちゃ金持ちだな?」
「うんー、それもどうかと思うけど、確かに古代エジプトの王様として多くの珍しい品々を持っていた事に違いはないわ。そう言えば、彼はとても珍しいレアアイテムを所有していたのよ。」
「レアアイテム?何だかワクワクする響きだな。一体何を持ってたんだ?」
「それは・・短剣よ。」
「短剣?そんなの西はアサシンから東のニンジャに至るまで持ってる一般的な武器じゃないか。別に珍しくもないだろう?ちぇっ、貧相な初期装備かよ。」
「リコちゃん何もそこまで言わなくても・・何を持って珍しいかというと理由は二つあって、一つがツタンカーメンの生きていた時代、そしてもう一つがその剣に使われた素材(マテリアル)よ。」
「時代と素材(マテリアル)?」
「そう。まず、ツタンカーメンの生きていた時代はおよそ現在から3,300年前、紀元前1330年頃のエジプトにまで遡るの。その時代は丁度鉄器時代(アイアンエイジ)と呼ばれる鉄の加工技術が発明された時期に差し掛かる重要な時期だったのよ。」
「アイアンエイジ(鉄器時代)?アイスエイジ(氷河期)じゃなくてか?そんな重要な時代なのか?」
「それはもう重要よ!どの金属を加工できるかはどれくらいの熱で加工できるかというその当時の人類の持つ技術力によって決まるの。例えば銅とスズの合金である青銅では溶かして加工できる温度は800度、鉄では1,540度、アルミニウムに至っては融点が660度だけどその原料であるボーキサイトから精製したアルミナからアルミニウムを取り出すのに2,000度まで熱するか、1,000度近くまで熱した上に氷晶石を入れて水に溶かして電気を流したりとそれはもう素材によって難易度は大きく異なるのよ。」
「つまりあれだ、青銅器は原始的な炉で作れたけど、鉄を作るには技術的に難しかったんだな?」
「そういう事ね。例えば日本の場合は古墳時代の後半、5世紀の後半に埼玉県の稲荷山古墳で鉄剣が見つかっている他に、たたら製鉄と呼ばれる伝統的な製鉄手法が発展したの。より鉄の大量生産を目的とした工業的設備である反射炉が建設・運用される様になったのは江戸時代後期の1857年、伊豆にある韮山反射炉が江川英龍らの尽力によって完成してからになるわ。」
「でも3,000年以上前、それも紀元前のだいぶ前に生きてたはずのツタンカーメンの兄ちゃん、鉄製の剣を持ってるぞ?まさか・・宇宙人からもたらされたオーパーツか!?」
「んー、50点!」
「何っ?適当に言ったのに半分も点数くれるのか。」
「半分正解、もう半分はブブーッ。まずツタンカーメンのいた時期は鉄を作り始める際初期の段階よ。技術的な課題も多かったと思うわ。でも、鉄そのものが手に入ればある程度の加工は低温でできたと思うの。」
「鉄そのものが手に入る?どうやって?確か地球も月も地殻(地面の下)に埋もれてる鉄の原料、鉄鉱石は主に酸化鉄(錆びた鉄:Fe2O3)」だろ?そもそも純粋な鉄(Fe)なんて手に入らないだろう。そんなものを一体どうやって製鉄技術も無しに手に入れるんだ?」
「文字通り、宇宙から飛んできたオーパーツよ。」
「おいおい、マジかよ。」
「冗談よ。リコちゃんは隕石の中でも鉄の構成比率が高い隕鉄って知ってるでしょう?その空から降ってきた鉄の塊を使って、この短剣を加工したのよ。まさに、天空の秘剣。」
「おぉぉ。でもよ、そんな隕石を捕まえるなんて難しいだろ?やっぱり宇宙人や未来人からもたらされたオーパーツって線もあるんじゃないか?」
「ちゃんとある程度の科学的な裏付けが出てきているのよ。日本にある千葉工業大学の研究チームはツタンカーメンの剣のルーツを探るために様々な分析を試みたの。そうしたら、鉄だけと思われたその剣にはニッケルが含まれていて、その配合分布などから隕石の一種、オクタヘイドライト由来のものである事が分かったの。」
「オクトパスナイト(タコの騎士)?」
「違うわ、オクタヘイドライト(八面体晶隕鉄)よ。鉄でできた隕石(隕鉄)の中でもポピュラーなタイプで、鉄の他にニッケルと呼ばれる成分が6から20%ほど含まれているの。加えて酸で特殊な処置を施すとウィドマンシュテッテン構造と呼ばれる綺麗なメタリック文様が現れるの。」
「ウィドマン・・ナニイッテンネン?何だそれ?」
「カードゲームのキラカードみたいなキラキラ紋様の事よ。」
「あー、あれか!言われてみれば私も月面市の科学博物館で見たことあるな!超レアなやつじゃん!」
「まぁ、そんな所ね。つまりツタンカーメンの持っていた鉄の短剣は、隕鉄として地球に飛来したマテリアルを当時の駆け出しの製鉄技術で作られた、宇宙と人間の共同作業で作られたという事なの。」
「何だか夢のある話だなぁ。」
「宇宙からもたらされた隕鉄を用いた刀は日本にもあって、流星刀とも呼ばれてるわ。一説によれば日本の場合、明治時代に榎本武揚が名匠に作らせたと言われてるの。現代でも様々な科学的な検証などのために隕鉄刀や天鉄刀と呼ばれるものも生み出されているわ。」
「むっちゃワクワクするわぁ」
「ついでにツタンカーメンの剣の話に戻ると、柄の部分からはヒッタイトなど他の国の技術の痕跡も見られたわ。その高価さと貴重さからして、もしかしたらエジプトへの他の国からの贈り物だったのかもしれないわね。」
「本当の意味で、空からの贈り物なのかもな。ところでさっきクレアが言ってた、鉄にニッケルとかが含まれているとすごいのか?」
「そうね、色々とあるんだけど・・では、今度は宇宙で採掘出来るマテリアルを中心に話していくわね。それじゃぁ次回も見てね!」
「またなー。」


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