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迷い犬 シロ

とある日曜日の朝、雨の降る音で目が覚めた。
よっこらしょと体を起こし、雨の降り具合を確認するため窓を開ける。

そこで目に飛び込んできたのは、一匹の白い犬。

家の前の駐車場に、ずぶ濡れの犬がさまよっていたのだ。

君はどこから来たんだい?

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よく見ると首輪をしているので飼い犬だろう。
しかし、周りを見渡しても飼い主らしき人はいない。

「迷子だ…」

そう判断した。

このままだと危ない。保護してあげないと。
私はパジャマのまま、すっぴんのまま、家を飛び出した。

自慢じゃないが過去に二度、迷子犬を保護して飼い主さんの元へ無事送り届けた経験がある。

その二度とも、犬の首輪をガッと掴み、抱き上げ、首輪についた「迷子札」から飼い主の電話番号を確認し、連絡を取って送り届けた。

今回もそれでいける!そう安易に考えていた。

雑草のニオイをクンクンと嗅いでいる犬にそっと近づいていくと、目が合った。思っていたよりもデカイ。紀州犬か。
私はしゃがんで優しく声をかける。

「シロ、君はどこから来たんだい?」

白い犬だから「シロ」と勝手に呼ぶ。

尻尾をブンブン振ってこちらに近づくシロ。
よし、思惑通り。こっちまで来たら首輪を掴み、抱き上げて家まで走ろう。

そう思い手を伸ばした瞬間、シロはクルッと向きを変え、跳ねるようにして逃げてしまった。

「へっへ〜ん!捕まえられるもんなら捕まえてみな〜!」と言っているようだった。

いや、言っていた。

甘くみていた。今まで保護した犬は人間のことが大好きなタイプだったので、すんなりと捕まえられた。シロはちょっと違うタイプらしい。

心優しき少年とシロ

その後も「シロ〜」と呼べば近づいてくるものの、すんでのところで跳ねて逃げられてしまう。車が来ないかとヒヤヒヤする。早く捕まえたい。

そうこうしている内に、シロが中学校の敷地内へと入ってしまった。

フェンスの隙間からスルッと侵入したシロは、わっほ〜い!と運動場を駆け回る。

雨の中の運動場を走り回るシロ。シロの脚、お腹のあたりはもう白くはなかった。ドッロドロ。

しかしこれはシロを安全に捕まえるチャンスだ。学校に電話をかけて先生に事情を話す。

快く対応してくださった先生。

「大丈夫っすよ!すぐ捕まえられるでしょう!」随分と自信満々だ。
何か勝算があるのだろうか。

だが結果は一緒だった。シロは呼べば尻尾をブンブン振って近づくものの、やはりぴょんぴょん跳ねて逃げるのだ。

「いや〜結構逃げ足が速いっすね〜!あれは柴犬ですか?」

「いえ、紀州犬ですね」

「え?紀州犬て何ですか?柴犬でしょ〜」

「…」

柴犬飼いだった私が「柴犬ではない」と言っているのだから、そこは信じてほしかったが仕方がない。だって先生は私が柴犬を飼ってたなんて知らないんだもの。

しばらくして先生は助っ人を呼んできてくれた。

犬を飼っているという男子生徒さんだった。
彼はシロに優しく声をかける。

「おいで〜。こっちにおいで〜」

案の定、尻尾をブンブン振って少年に近づくシロ。
ここまではみんな成功するのだ。問題はここからだ。

緊張が走る。

「雨も降ってるし、早くおうちに帰ろう!こわくないよ〜」
なんて優しい少年なのだろう。

日曜日の朝、おそらくクラブ活動で学校に来たのだろう。
それなのに先生から犬を飼っているからという理由だけで連れ出され、パジャマ姿のすっぴんずぶ濡れおばさんに「シロをつかまえて」と言われたら、思春期の少年はどう思うだろうか?

それなのに彼は、傘もささずにシロに優しく声をかけてくれる。
なんと心の優しい少年か。私は目頭が熱くなった。

そんな心優しい少年とシロを見守っていると、驚くべきことが起こったのだ。シロが少年の後ろをついて歩いてくるではないか!

しかもシロは少年の顔を見上げながら、まるで飼い主の後を追うように。

何と微笑ましい光景だろうか。これでやっとシロを捕まえられる。そう思ってシロの首輪に手を伸ばした瞬間だった。

シロはこちらを見て「ハッ!」とした顔をし、ものすごい勢いで逃げていってしまった。

なんでやねん…すっぴんがダメだったのか。
たしかにアラフォーのすっぴんはちょっとアレかもしれんけども。

何よりシロに、私の愛が伝わっていないのが悲しくなってきた。
君を無事に飼い主さんの元へ帰してあげたいんだよ。お願いだから逃げないでよ。

ボスとの格闘

少年・先生・私でシロを追いかけると、ちょっとややこしい事になってしまった。

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学校のフェンスをくぐり抜け、よそ様の敷地にある小さな倉庫へと入り込んでしまったのだ。

倉庫といっても簡易的なもので隙間だらけ。そこからシロは中へ侵入したのだが、尻尾だけ見えていたのだ。まさに頭隠して尻隠さずだ。

少年が呼びかけても、もう出てくる気配がない。
嫌な予感がする。

「グルルルルル!ウゥ〜〜〜〜〜!!」

シロが唸り声をあげた次の瞬間、オンボロ倉庫がガタガタと揺れる。

そこからビュンと飛び出てきたのは猫。
やっぱり!ここは野良猫の住処になっているんだ。

シロは倉庫の中で猫と鉢合わせし、睨み合いをしていたのだ。
まだシロは倉庫の中で唸っている。ということは他にも猫がいるのだ。

「そこは猫ちゃんのおうちだよ〜。出ておいで〜」
心優しい少年はシロに呼びかける。

猫からしたら迷惑だろう。いきなりデッカイ白犬が現れ、住処を荒らすのだから。

ワン!とシロが吠えた瞬間、一匹の猫が飛び出してきた。
これでもう大丈夫か…みんながそう思った。

「まだあかんわ。ボスが出てきてへんわ。」

どこからともなく現れたおばちゃんが、私たちに言う。
ちょっと待って、誰?

おばちゃん曰く「この倉庫は今誰も使っていなくて、野良猫の住処になっている。3匹で住んでいて、ボス猫がまだ出てきていない」そうだ。

ちょっと待って、いつから見てたん?

「ボスは気が荒いからな。気をつけな引っ掻かれるで!」

おばちゃんはなぜそんなに詳しいんやろか…

おばちゃんの話を聞いている間も、シロはずっと唸っている。
早く救出しないと、シロかボス、いや両方とも怪我をしてしまうかもしれない。

「あんた!パン持ってへんか?」

「へ?持ってません…」

「そうか、パンあったら出てくるけどな。パンがあったらなぁ」

おばちゃんごめんなさい。すっぴんずぶ濡れパジャマ女はスマホしか持ってませんねん。

「あ!職員室に行けばあるかも。ちょっと見てきます!」

先生がパンを取りに行っている間に現場は動いた。

ニャーゴウォーーーーーー!!!という、ボスの凄まじい声とともに勝負はついたのだ。

2匹で倉庫から飛び出してきたが、ボスがうらめしそうにこちらを睨みながら去っていく。
シロは勝ったのだ。鼻の頭に引っ掻き傷を作りながら。


しかし、ボスが去ったのにシロはまた倉庫に入ってしまった。なぜなのか。
いつの間にかおばちゃんも去っていた。

「パンありましたよ!」と戻ってきた先生の手には「チョコデニッシュパン」が握られていた。

「先生!犬はチョコ食べれません!これはダメです!あげれません!」

心優しい少年は先生には厳しいようだ。

一向に出てこないシロ。怯えているのかもしれない。もう学校に侵入して軽く1時間は超えている。何よりずぶ濡れの少年に申し訳ない。少年と先生にお礼を言い、学校を後にした。

これからどうしようか。安易に考えて飛び出し、周りまで巻き込んでしまったことを反省しながら帰路につく。

まずはパジャマからジャージに着替えよう、そう思って家の前まで来たところだった。

シロがいた!!!!

警察へ連絡

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シロは私たちが去ったあとフェンスから抜け出し、私が最初に目撃した場所まで戻ってきていたのだ。

もう逃がさない!!

今度は近づくのをやめ、まずは警察に連絡する。迷子犬がいる、と伝えるとすぐに来てくれるとのこと。もっと早くに電話しときゃよかった!

とにかくシロをここから逃さないようにしよう。あとは警察に任せよう。

幸い、シロは草むらをクンクンするのに夢中だ。

このままそっとしておけば、何とかなるかもしれない!
下手に呼びかけず、見守る。出るなよ、出るなよ、と心で唱えながら。

「ありゃ、犬でてきたんかい?」

振り向けばさっきのおばちゃんがいた。いつの間に…!

「そうですね、そっとしていたら出てきました!警察に電話したところです」

「そうかー、そりゃよかったな!しかし大きな柴犬やね。柴犬やろ?」

「いやー、柴犬ではないと思いますよ。大きいから紀州犬かな」

「いや、あれは柴犬やな」

「…」

面倒くさくなりそうだから、何も言わないことにした。
警察の方早く来てくれませんか。

「ここの土地はフクイさんとこやけど、ここからあっちはドイさんとこのやねん」という、土地の割り振り事情を聞きながらシロを見守る。

お願いです、警察の方早く来てくれませんか。

ブロロローとバイクの音が聞こえてきたときは、まるで天使が現れたかのように感じた。青い服の天使。

「おまわりさん!こっちです!」

「ありゃ〜、こりゃまたデッカイ犬やね。柴犬かな?」

「いや、紀州犬だと思います」

「いや、白い柴犬やね」

「…」

みなさんどうしても柴犬にしたいみたいだ。
モヤモヤしている私の横で、警官に無線が入った。

「飼い犬が逃げたと言う方に、そちらへ向かっていただいてます」

飼い主現る

しばらくすると、車でやってきたおじさま。
「うちのコです!」
おじさまはリードを持ってシロに近づく。

尻尾を振っておじさまに寄っていくシロ。

警官「いや〜やっぱり飼い主はわかるんだな!」

いや、甘い。

予想通り、リードをかけようとした瞬間スルリと抜けるシロ。ほらね。


それでもなんとかリードをつけることができ、無事シロは飼い主さんの手でつかまえられた。

よかった…!

何度もおじさまにお礼を言われたが、私なんかより、あの心優しき少年のおかげだ。もちろん、チョコデニッシュパンを持ってきたくれた先生も。

いつの間にか雨も止み、うっすら太陽も見えていた。とても清々しい気分だった。

警官がおじさまに聞いた。

「お父さん!この犬、柴犬やね?」

「いえ、紀州犬です!」

ほれみてみーーー!!

シロと再会

その日の夜、ウォーキングをしていたら前から見覚えのある犬が歩いてきた。

シロだ!

こんな奇跡があるだろうか?まさか再会できるなんて!

シロはカラー(首輪)+ハーネス(胴輪)という、ダブルリードの出立ちだった。ダブルリードは犬が急に引っ張ったり、走り出したりして首輪が抜けてしまっても、もう片方が残るので安全にお出かけできる方法だ。

シロが大事にされているのがわかる。

飼い主さんがすぐに警察に届けを出したから、こうやって元のおうちへ戻れたのだ。

そして今回、シロの首輪に触れることはできなかったが、過去2回保護した犬は「迷子札」をつけていたから飼い主さんへ連絡が取れた。

迷子札はとても大切だ。首輪の内側でもいいので、連絡先を書いておくといいと思う。

不幸な犬を増やしたくない。

こうやって、無事に飼い主さんの元へ戻ったシロにまた出会え、私は幸せな気分になった。

思わず「シロ!」と声をかけた。
相変わらず尻尾を振って近づいてくれる。

今度は頭をなでさせてくれた。満面の笑みを浮かべるシロ。

ただ飼い主さんだけは困り顔だった。

そりゃそうだ、シロは私が勝手につけた名前だったから。




最後まで読んでいただいて、ありがとうございます!ふふっと笑える記事をお届けできるよう、全力で生きていきます!