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愛されないって、こんなにばつの悪いことなのね

目次

金曜の夜、スーパーマーケットで

私を規範に押し込めないで

ダイバーシティとしなやかさ

不安

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金曜の夜、スーパーマーケットで

 デンマークの不出世の詩人、Marianne Koluda Hansenの詩を読んだ。あなたは一人じゃないよって、後ろから抱きしめられたような気がした。

金曜の夜、スーパーマーケットで

このスーパーにいる人たちには皆
帰る家があるのね
家で誰かが待ってる
買い物カートをのぞけば分かる
どのカートも
安定と所属と健やかさに満ちてる
安売りの骨付き豚首肉
ドックフードにスナック菓子
土曜子どもにあげるおやつ
ワイン2リットルにベイクド・ポテト
ジャンボ・パックーーお徳用――ファミリー・パック
オムツにフランス産チーズ

ニット・キャップをかぶり
ストライプのエコバックを提げた
でっぷりしたくたびれ女
初々しいママさんたち
髭の男性
セレブ妻
若いカップル
上着を羽織っていない人も
ということは外に誰かが車を停めて待っているのね
待ってくれている人が、皆にはいる

そこに私がのこのこあらわれましたとさ
半リットルの低脂肪ヨーグルトと
小袋入りのライ麦パンをカートに入れて
金曜の夜のスーパーマーケットでしか許されないような
だらしない恰好で

愛されないって、こんなにばつの悪いことなのね
誰がどう見ても、私は愛されていない女
誰も信じやしない
私の夫は旅行中なんだって
子どもたちは今週末、
おじいちゃん、おばあちゃんの家に泊まりに行っているって

私はたまらず列を離れ
英国産のステーキ肉と
高級な赤ワインと
ジャンボ・パックのライ麦パンと
男物の靴下3組と
卵6個
クッキー2袋に
コンドーム10個
おしゃぶり4つ
おむつ40枚
牛乳1リットルと
アフター・シェーブローション
皮付きの冷凍エビをかごに入れた
高い買い物
そうして私は列に戻った
どうかしてる
でもいい
これでさっきよりはずっと
他人とちゃんと目を合わせられるから」


私を規範に押し込めないで

 中学校時代からの仲良しの友人4人で集まってしゃべるのが好きだった。

 でもいつからだろう。息苦しさを感じるようになったのは。

  結婚前は彼氏の悩みをみなあけすけに話してしょうもないなあって笑ったり、一緒に泣いたりしてたのに。家庭に入ると、突如、皆貝になる。幸せな家族のふり。夫婦関係がうまくいっていないのは、家の恥だと皆思うのだろう。ちゃんとしていない人間と思われるのが怖いのだろう。
 貝になった既婚者たちは、愛についての悩みを一体どうやって消化しているのだろう? そんなに人って強いものなの?

 私たちは4人とも今は結婚していて、子どもがいる。Cは結婚が4人の中では遅かった。会う度にAはCに「いつ結婚するの?」と、悪びれず明るく聞く。Cが結婚して、ようやくAの「いつ結婚するの?」という質問は止んだ。

 Bは子どもが1人。2人子どもがいるAはBにも「2人目はいつ生むの?」と聞き続けた。2人目を欲しくないと言い続けるBに、10年ぐらいたった時からようやくその質問をするのをやめた。

 私も上の子が生まれて8年、2人目を生むことができなかった。Aは私にも「2人目はいつ生むの?」と聞き続けた。私はとても苦しかった。Aに会ったらまた同じ質問を浴びせられるのだと。ようやく2人目が生まれて、Aの質問はやんだ。

 結婚が比較的遅かったCが1人目を生むと、今度はAの「いつ2人目を生むの?」という質問がはじまった。

 私はいよいようんざりして、そういう質問はやめたほうがいいと言った。Bにもずっと同じ質問をし続けてずっと黙って聞いてたけど、もうやめてほしいと。すると、Bは、「私は聞かれて嫌じゃなかった。そんなのあいさつ代わりだ。そんなことで怒るのはどうかしてる」と言った。

 私は怖い。同質でいないと「なぜ?」「どうして?」と、いつ私達と同じになるのと疑問を突き付けられ続けるのが。今の私には、笑って挨拶と受け流せない。いいよ、いいよって何でも笑って受け流せたらいいのに。

 私は何を恐れているのだろう? 恐れる私が弱いの? 

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ダイバーシティとしなやかさ

 病みすぎて突然に私は詩を詠んだ。自分に戸惑う。

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 「ダイバーシティ」って、都会のカフェで出されるエッグベネディクトみたいに、小洒落た響きだな。でもダイバーシティって本当は、泥臭くて、もどかしくて、人間のどうしようもなさがつまった、めんどうくさいものなんじゃない?

 この「めんどうくさい」は、日常のあちこちに転がっている。

「世の中にダイバーシティを」なんて、私が突然、わけ知り顔で語りだしたら、友人らは目を白黒させるかも。

「何をそんなに苦しんでいるの?」

 澄んだ目で尋ねる友人たちを、うとましく思ってしまう、めんどうくさい自分にうんざりする私に、彼女たちは困った顔で言うのだろう。

「私たちはここでうまくやっていくしかない」
うん、私だってそう。あなたたちが変わらず好きだよ。

 私を規範の中に押し込めようとしているかのような、めんどうくさい言葉だって、全部、笑い飛ばせればいいのに。めんどうくさい私の気持ちなんか、心の奥にさっさと押しこんで、にっこり笑えれば、めでたし、めでたしなのに。

 他人は私じゃないから、いつの間にか誰かを傷つけ、傷つけられ。生きるって、めんどうくさい。それでも今日も明日も、誰かに会いたい。

 しなやかさを失ってしまった私を誰か叱って。「自分の感受性くらい、自分で守れ、ばかものよ」って本当、そうだよね。

 私たちはどうしたら互いのめんどうくさいを、抱きしめ合えるの?

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不安

 拙くて詩ともいえない詩の後には、Marianne Koluda Hansenの詩をもう一篇紹介したい。


不安

私、夜、眠れない
ベッドに入るとたちまち
不快な思考が
疲れ切った頭に浮かぶ
私はすっかり目がさえてしまって
体はこわばり緊張してしまう
夜に投げ出され
溶けることなく漂う異物みたいに
闇の中で横たわる

子どもに何かあったらどうしよう?
夫に捨てられたら?
夫も私も職を失って
家を手放さなくてはならなくなったら?
戦争がはじまったら?
癌になったら?
この間、胸を片方切除した叔母みたいに
耳にするあらゆる暴力、犯罪、汚染のことを
考えるともう耐えられなくなる
だけど考えずにはいられない
世の中は私なんか見向きもしないのに
暗闇は私を脅かす

そこで私はリビングに行き、
電気をつけ、ジン・トニックを呑み、
怖いもののリストを書きはじめた


戦争
火事

人口爆発
強盗
核兵器の脅威
蜘蛛
テロリスト

私は怖い
年をとるのが
魅力的でなくなるのが
無力で
太っていて
忘れ去られ
孤独で
馬鹿にされ
物忘れが激しく
笑いものにされ

だめだ
全部書ききれない
頭の中で思い描くことも、ままならないぐらい
優先順位をつけねばならないのでしょう
危険をいくつか選んで
それ以外のことは気に病むべきじゃない

でも一番恐れるべきなのは何?
戦争?
癌?
認知症?
離婚?

選べない

とはいえ、週に3つ選んで
日曜がきたらまた別の3つを選ぶことはできるかも

でも、夫の浮気と空き巣とテロリストを選んだ週に
火事にあったらどうしよう?
そうしたら私の選択が間違っていたってこと
こんなに危険だらけの世の中で
私は闘い抜くことなどできっこない

だったら大人しくベッドに戻った方がいい
私にできることなどないのだから

私が思っていたより、事態は深刻みたい

でもなぜか心はさっきより晴れてる



  

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