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童話 森のショーウィンドー

 かさ屋さんは、このところ、ひまでこまっています。
 こうお天気つづきじゃ、だれもかさを買おうなんて、思わないんだろうな。
 かさ屋さんは、しょんぼりと店の中を見まわしました。
 せめて、あそこに、ガラス張りのショーウィンドーでもあればなあ。
 だれもが、足を止めたくなるような、とびきりすてきなかさをかざるのに。
 春には、お花畑みたいな花柄のかさ。
 夏には、うすい水色が、だんだんこくなっていくような、海色のかさ。
 秋には、コスモス柄のかさと、イチョウ柄のかさ、どっちもかざろう。
 冬には、子供がよろこびそうな、雪だるまのかさがいいかな。
 そうだ、こんど、かさがたくさん売れて、お金が入ったら、あそこに、ショーウィンドーを作ろう。
 そうしたら、ガラスをいつもピカピカにみがいてーー
「おや」
 おもてのガラスにはりつけた 『かさの修理いたします』のはり紙が、はがれてなくなっています。
「やれやれ、どこに飛んでいったのやら」
 その時、ガラスのドアの向こうに、人かげが見えました。
「いらっしゃいませ」
 かさ屋さんは、はりきって声をかけました。
 ガラスのドアを開けて入ってきたのは、小さな女の子でした。
「これ、森に落ちていたの」
 女の子は、『かさの修理いたします』のはり紙を、さしだしました。
「おや、森まで飛んでいたのかい? ひろってくれて、ありがとう。おかげで、もう一枚書かずにすんだよ」
 かさ屋さんが、はり紙をうけとると、女の子は、すぐに、茶色い小さなかさを、さしだしました。
 かさを開くと、穴があいています。
「こりゃまた、大穴だな」
 かさ屋さんは、かさの穴から、女の子を見て、おどけて言いましたが、女の子が、笑うどころか、今にも泣きだしそうなのを見て、あわてて言いました。
「なに、心配いらないさ。はりかえたら、かえってすてきなかさになるよ。さあ、こっちにおいで」
 かさ屋さんは、店のおくに、女の子をあんないしました。そこには、色とりどりの布がぎっしりならんだ、たながありました。
 かさ屋さんのお父さんが店をやっていたころは、自分で、好きな布を選んでかさを作る人もいたのです。でも、このごろでは、やぶれたかさを、はりかえる人もいなくなって、ずっとほったらかしになっていたたなです。
「どれでも、好きなのをえらんでごらん」
「どれでも、好きなの?」
 女の子は、目をかがやかせて、たなを見あげています。そのうち、
「あれ」
 っと、きっぱり指さしたのは、つやつやとこうたくのある、もも色の上等な布でした。
「なかなかお目が高い。これは、きっと、すてきなかさになるよ。それでは、きょうじゅうに直しておくから、あしたの午前中に、とりにおいで」
「それじゃあ、こまるの」
 女の子の顔が、さっとくもりました。
「一日だって、かさなしじゃいられないわ」
 雨がふってるわけでもないのに、おおげさだなあと、おかしくなりましたが、かさのことを、こんなに大切に思ってくれてるなんて、悪い気はしません。
 そこで、かさ屋さんは、ていねいに説明しました。
「まず、このやぶれた布をはずして、こっちのもも色の布を、三角形に八枚切るんだ。それから、その八枚を全部ぬいあわせなくちゃならない。どんなにいそいでも、二時間は、かかってしまうね。これでも、わたしは、とてもうでのいい方なんだけどね」
「ここで、まってる」
 女の子のしんけんな顔を見て、かさ屋さんは、思わずうなずきました。
「そういうことなら、大いそぎだな」
 かさ屋さんは、はりきって仕事にかかりました。何しろ、こういう仕事は久しぶりで、うでがなります。
 それにしても、なんて小さくて、かわいらしいかさでしょう。
 そのうち、かさ屋さんは、女の子が、じっと見ていることも忘れて、かさ直しに夢中になってしまいました。かさを直し始めると、いつだってそうなのです。
「さあ、できた」
 かさ屋さんが、もも色のかさをパチンと開くと、女の子が、かさの下にすべりこみました。
「わあ、きれいな色」
「そうしていると、まるで、コスモスみたいだ」 
 かさ屋さんは、目をほそめて言いました。
「コスモス?」
「ほら、今ごろは、森の手前の野原に、もも色の花が、いっぱいさいているだろう?」
「ほんとう? わたし、あんなふう?」
 女の子は、うっとりとかさを見あげました。
 かさをさした女の子のうしろ姿が、本当に、風にゆれるコスモスみたいに見えて、かさ屋さんは、女の子が見えなくなるまで、見おくりました。
 そして、女の子が、かどをまがって、見えなくなってしまってから、やっと気がつきました。
「おっと、お金をもらうのを忘れた。まあ、いいか。もともと使い道のなかった布だし。ひさしぶりに、楽しませてもらったんだから。」
 ところが、次の日から、かさ屋さんは、急にいそがしくなりました。
 茶色いかさを持った子供たちが、次から次へとやってきたからです。
「かさをなおして」
 中には、ちっともこわれていない子までいます。
 でも、かさ屋さんは、どの子にも同じように布をえらばせて、かさをはりかえてあげました。今まで、長いことほったらかしだった布が、だれかの小さなかさになるのは、何よりうれしいことでしたから。

 こうして、三日もすると、子供たちは、ぱったり来なくなりました。
 やれやれ、やっと、みんなお気に入りのかさが、手に入ったようだな。それにしても、ことのへんに、あんなに子供がいたとはなあ。
 かさ屋さんは、久しぶりに、しーんとした店の中で、小さなため息をもらしました。
 いくらいそがしくても、ただのお客さんばっかりじゃ、商売あがったりだなあ。
 ところが、その日の夕方、とうとう、おとなの女の人が、店にやって来ました。
「かさを見せてください」
 女の人は、かさのならんだたなを、しばらくながめていましたが、迷っているようです。
 かさ屋さんは、思い切って声をかけました。
「あのおくのたなから、お好きな布をえらんでいただければ、その布でかさを作ることもできますが」
「まあ、そんなことができるの?」
「もちろんです」
 子供たちのかさを直していた時の、わくわくがよみがえりました。
 ただ、かさを仕入れて売るだけより、お父さんみたいに自分で作って売った方が、ずっと楽しいにきまっています。
 女の人は、布のたなを、見あげていましたが、
「これこれ、わたしがさがしていたのは、この色だわ」
 それは、つやのある、もも色の布でした。そう、いちばん最初に来た女の子がえらんだ布です。
「こちらですね? これは、本当にいいかさになりますよ」
 かさ屋さんは、自信たっぷりに言いました。
「ええ、知ってるわ」
 女の人も、まけずに、自信たっぷりに言いました。
「だって、森のキノコと同じ色ですもの」
「森のキノコ?」
「ええ、きのう、森にキノコとりに、行ったらね」
 女の人は、とくいそうに、話しはじめました。
「今まで見たこともない、めずらしいキノコがたくさんはえていたのよ。もちろん、とらなかったわよ。あんなきれいなキノコは、どくキノコにきまってるもの。だけど、きれいなキノコをながめているうちに、ああ、こんなかさがあったら、雨の日も楽しいだろうなって思いついたの」
「きれいなキノコ?」
 かさ屋さんは、そう言うのがやっとでした。
「そうなの。花もようも、チェックも、水玉もようも、このたなにならんでいるのは、ぜんぶあったわ。もちろん、このもも色もね」
 女の人は、楽しそうに、つけくわえました。
「あの森は、まるで、かさ屋さんのショーウィンドーみたいだったわ」
「森のショーウィンドーか」
 かさ屋さんは、おどりだしたい気分でした。
 ところが、のんきにおどっているひまは、ありませんでした。
「森のキノコと同じもようのかさができる店って、ここですか?」
「じぶんの好きな布で、かさを作ってもらえるって、本当ですか?」
 遠くからも、かさ好きのお客さんが、やって来るようになりました。
 かさ屋さんは、だいはんじょうです。
 来る日も来る日も、ひたすら注文のかさを作り続けたあとで、かさ屋さんは、『かさの修理いたします』のよこに、もう一枚、紙をぺたんとはりました。
『あしたは、休まませていただきます』
 それから、大きなリュックサックに、いそいそと、荷物をつめはじめました。
 かさの修理道具と、お茶と、買っておいたクッキーのつめあわせ、それに、ずいぶん古めかしいカメラ。

 森のこかげで、かさをさした子どもたちにかこまれて、にっこり笑ったかさ屋さんの写真が、店にかざられたのは、それから、間もなくのことです。

 

 

 

 

 

 

 

 

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