田岡良一 戰時國際法 1940年(昭和15年)

田岡良一 戰時國際法 1940

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互間に異なる取決めを爲す事を禁止する條約に在つては、交戰國が平和克復の際に彼等相互間に於いて條約を任意に廃棄又は修正する事は許されない。
            三
 二國間の條約たると多数國間の條約たるとを問はず、交戰國相互聞に於いて戰時中效力を停止する右の原則に對する例外として、戰時中效力を停止せざる條約は
 (一) 害敵手段の制限に關する條約(軍備縮少條約も亦此の中に入る)、叉は或地域の中立化條約の如く、條約の性質上戰時にも適用せんとする當事者の意思の推定せらるるもの
 (二) 條約の内容の如何を問はず戰時にも亦實施する當事者の意思が條約中に表示されたるもの(例へばスヱズ蓮河の通航に關する規定)
 但し此の種の條約と難も二國間の條約たる限りは、平和條約に於いて當事者の意思に依り修正又は廃棄する事を妨げない。

        第三章 兵力に依る害敵手段

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 敵國陸海空軍兵力の攻撃、敵國領土の占領、敵國領土内又は敵軍の占據地帶内に存する建物及び工作物の破壞、敵國領土内又は敵軍の占據地帶内に於ける軍事上の情報の蒐集、公海上及び敵國領土領水上に於ける敵船舶及び敵航空機竝に敵國を利する或種の行爲に從事する中立船舶及び中立航空機の拿捕は交戰國の兵力に依つてのみ行はれ、交戰國の陸海空軍軍人及び國際法が一定の條件の下に軍人に準ずべき資格を認めたる個人の外是を行ふ事を禁止せられる。之等の害敵手段を兵力に依る害敵手段と云ふ。
 兵力に依る害敵手段は、專ら敵兵力のみに對するものと、一般の平和的人民の身體又は財産に對する加害を其の中に含むものとに分たれる。後者は又敵國に國籍又は住所等の連鎖を持つ個人のみを害する手段と、斯かる連鎖を有せざる個人(中立人)にも損害を與ふる手段とに分たれる。
 以下第一節に於いて此の手段を行使する資格(交戰資格)の歸屬者を述べ、第二節に於いて交戰國が此の手段を行ふ事を國際法上許さるべき場所的限界を説き、第三節以下の数節に於いて各種の手段に關する禁止又は制限法規を述べやうと思ふ。その中敵國兵力に對する加害手段を第一に論じ(三節)、次に平和的人民の身體及び財産を害する手段に及ぶが(四節以下)、其の中比較的敵人を多く害する手段を先にし、漸次に比較的中立人を多く害する手段に及ぶこととする。

          第一節交戰資格

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 交戰資格は交戰國の正規に任命せる軍人に原則として歸屬し、普通人民は後に述ぶべき若干の例外の場合を除くの外之を持たない。交戰國民たると中立國民たるとを問はず、又自己の發意に依るか交戰國政府又は軍隊の命令に依るかを問はず、私人が本章の冒頭に列擧せる各種の手段に從事する時は、被害者たる交戰國の手に捕へられたる時戰時犯罪人として處罰せられる。又本來交戰資格を有する軍人と雌も其の資格を表示する制服を脱して私人に變装して右の行爲に從事する時は同一の地位に立ち、軍人に輿へらるべき俘虜の待遇を受け得ない。蓋し交戰國の軍隊は敵の軍人を發見すると同時に攻撃する事を許されるが、平和的人民の生命は是を保護する義務を負ふを以て、此の平和的人民の地位を利用して爲さるる敵對行爲は、軍人たる資格を表示して爲される攻撃以上に危険を齎す。故に交戰國のは一般豫防の手段(deterrent)として、斯かろ行爲を處罰する權利を與へられるのである。

 個人的交戰資格と船舶又は航空機としての交戰資格
 交戰資格は原則として個人的に與へられ、從つて個人的に交戰資格を有する者と有せざる者との區別を生ずるが、海軍及び空軍にあつては船舶又は航空機が一個の戰闘單位を形成する結果、個人的交戰資格と區別せらる可き船舶又は航空機としての資格を生ずる。船舶及び航空機の交戰資格は交戰國軍人の指揮する軍艦及び軍用航空機に原則として歸屬する。
他の種類の船舶及び航空機は次に述ぶる一の例外(交戰國兵力に依る捕獲行爲に對する抵抗)を除き敵對行爲を爲すことを禁止せられる。
、船舶及び航空機としての交戰資格有る結果として、陸戰に於ける軍人が其資格を表はす制服を著用する必要あると同じ

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く、軍艦及び軍用航空機は一定の外部標識を以て其の資格を表示する事が必要となる。船舶の交戰資格は、列國皆其の軍艦に特有なる旗章を制定するを以て、此の軍艦旗を掲ぐる事に依つて表示せられる。軍用航空機の記章は軍艦の夫れと異り、單に水平の方向より見得べきものなるを以て足れりとせず、垂直の方向よりも亦見得る事を必要とする結果、列國は旗を使用せずして機體の上下左右に固定記章を附する事が大戰以來の慣行である。
   一九二二-二三年海牙に開かれた法律家委員會に於いて採擇せられたる空戰法典草案の第三條「軍用航空機は其の國籍及び軍事的 性質を示す外部標識を揚ぐべし」
  第七條「前敷條に定むる外部標識は航空中變更し得ざる様固著せらるべし右標識は成るべく大なるべく且上方下方及各側方より見 得べきものたるべし」
  第七條は航空機の記章が航空の途中に取外し得ざる様に固著せられたるものなる事を要求する。現在の軍用機の記章は塗料を以て 機體に直接に描かるるを常とし、從つて實際上第七條の要求に合するが、法律上の義務としては、軍艦が取外し自在なる軍艦旗を以  て交戰資格を表示し、且つ敵の攻撃を免れる爲に必要に應じて是を取外す事が(勿論敵に向つて攻撃を開始する場合には別であるが) 許されたる以上、航空機にのみ取外し得ざる固著記章を附する事を要求するを得ないと信ずる。
 船舶及び航空機の交戰資格が表示せられて在る以上は、船舶及び航空機の乗組員は船内又は機内に存する限り個人的に交戰資格を表示する事を必要としない。從つて敵地に著陸して捕へられたる軍用航空機の乗組員は軍服其の他の記章を著けずとも、俘虜の待遇を與へらるべきである。機體を離れて後敵情偵察又は鐵道爆破等の行爲に從事する場合は別の問題であるが(一)、單に機體を離れて逃走せんと企て、途中に於いて捕へられた場合には同様に、軍服を著用せざる事は俘虜の

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待遇剥奪の原因とはならない。

   空戰法規第一五條「軍用航空機の乗員は其の航空機より離れたる揚合に於いて遠方より認識し得べき性質を有する固著の特殊徽章を帶ぶべし」
   此の規定は、乗組員が機體を離れたる場合に右の記章な佩用する事を要求するに止まらずして、航空機に搭乗する時より佩用する事を必要なりとするのであるが、此の規定に於いても敵地に著陸して乗組員が機體を離れずして捕へられたる場合には、斯かる  記章な佩用ぜざるの故を以て俘虜の待遇を奪はれるものに非ずと解すべきである。機體より離れて逃走を企てたる場合に第一五條   の下に於ける其の取扱は本文に述べたる私見と一致するか否か疑問である。

 交戰資格無く、又は交戰資格を正當に表示せざる者の敵對行爲を處罰する理由は、其の秘密性が齎す危瞼の大なる事に基づく事は既に述べた。從つて害敵手段が船舶又は航空機を基點として行使せられるものなる場合に、船舶又は航空機が交戰資格を右する時は船内又は機内に在つて害敵手段を行使する個人の交戰資格の有無は問ふ事を必要としない。其の反封に交戰資格無き船舶又は航空機を基點として行使せられる害敵手段は、假令行使者が交戰國軍人たる時と雌も戰時犯罪を権成する。
 軍艦又は軍用航空機の乗組員の行使する害敵手段と雖も船舶又は航空機を基點とせざるものなる時、例へば軍艦の乗組員が陸戰隊を編成して上陸し、又は軍用航空機の乗組員が敵地に著陸して機體を離れて軍事工作物の破壞其の他の敵對行爲に從事する時、個人的交戰資格の有無、及び其の外部標識は重要となる。交戰資格なく、又は是を有するも正當に標識せざる個人の敵對行爲は戰時犯罪を構成する。

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 大戰中屡々實例を見たる間諜の空中輸途、即ち敵情偵察又は鐵道破壊等の任務を帯びたる個人を飛行機に乘せて、敵の地上戰線を越え其の後方に至り、落下傘に依り又は飛行機自ら著陸して之を降ろして其の任務を遂行せしめる事は、斯かる個人が變装せざる軍人なる時は何等國際法上の問題は生じない。然し斯かる場合に用ひられるのは原則として私人又は私人に變装せる軍人である。從つて彼等は敵に捕へられた時戰時犯罪人として處罰せられる。此の事は明かであるが、問題となるのは彼等を輸送せる軍用航空機乗組員が敵に捕へられたる時の其の地位である。後者も亦共犯として戰時犯罪人となるや、或は軍人たる資格が之を救ふや。大戰中の交戰國の見解は前説を肯定したもののやうである(Spaight,Air Power and War Ridhts.二七二-二九〇頁參照)。一九二三年の空戰法規は此の問題に解決を與へて居ない。

 間諜

 私人又は私人に攣装せる軍人にして一方の交戰國の利益の爲に其の敵國の領土又は敵軍の占據する地帶に潜入して、軍事上の情報を探り又は軍事行動を妨害する者を一般の用語として間諜と云ふ。間諜に對して、被害者たる國家は之を捕へたる時刑罰を課する權利を有し、死刑は彼等に加へられる普通の刑である。刑罰の目的は一般豫防、帥ち同種の犯罪の頻發を防ぐ爲の見せしめであり、愛國心に基づく犠牲的精神より出づる事多き彼等の行爲の道徳的價値は刑の量定を左右せざるを常とする。

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 第二九條「交戰者の作戰地帶内に於いて、對手交戰者に通報するの意思を以て隱密に又は虚僞の口實の下に行動して情報を蒐集し又は蒐集せんとする者に非ざれば之を間諜と認むる事を得ず
 故に變装せざる軍人にして情報を蒐集せんが爲敵軍の作戰地帶内に進入したる者は之を間諜と認めず、又軍人たると否とを問はず自國軍又は敵軍に宛てたる通信を傳達するの任務を公然執行する者も亦之を間諜を認めず。通信を傳達する爲及び総て軍又は地方の各部間の聯絡を通ずる爲輕氣球にて派遣せられたるもの亦同じ」
 第三〇條「現行中捕へられたる間諜は裁判を経るに非ざれば之を罰する事を得ず」
 第三一條「一旦所屬軍に復歸したる後に至り敵の爲に捕へられたる間諜は俘虜として取扱はるべく前の間諜行爲に對しては何等の責を負ふことなし」

 右の第二九條第一項は間諜行爲を構成する四の要件として、(一)一方の交戰者の作戰地帶内に於いて、(二)相手交戰者に通報するの意思を以て、(三)秘かに、又は虚僞の口實の下に、(四)情報を蒐集し又は蒐集せんとせる事、を擧げる。此の四要素を完備せざる行爲は間諜行爲とならない。
 從つて作戰地帶外の敵國領土及び敵軍占領地に於ける軍事情報の蒐集、及び作戰地帶の内外を問はず情報蒐集以外の手段を以てする敵軍軍事行動の妨害(敵の軍用鐵道・火藥庫の爆破の如き)は此の規定に從へば闇諜行爲でない事になる。然し本條が、此の種の行爲を處罰する慣習法上の交戰國の權利を廃止せんとするものであるか、又は單に陸戰條規の用語としての間諜を定義するに止まり、一般の用語としての間諜にして本條の間諜に該當せざる者を處罰する交戰國の權利に觸れざ

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るか、は明瞭でない。
 本條の成立の由來に徴するに、一八七〇年の獨佛戰孚に於ける獨軍の巴里攻圍の際に、獨逸軍の未だ占領せざる南部諸州との連絡を通ずる爲氣球に乘じて巴里を脱出する者の績出せるに依り、獨逸軍が斯かる行爲に從享する者を間諜として處罰すべき事を宣言せる事が其の後國際法學界の問題となり、一八七四年のブリュッセル陸戰法典編纂會議に於いて議題の一に掲げられ、此の會議の採擇せるブリュッセル宣言の第一九條以下の規定となつた。陸戰條規第二九條は其の第一項に於いてブリュッセル宣言第一九條を、又第二項に於いて宣言第二二條を殆んど文字通りに再録したのである。故に陸戰條規第二九條第二項の最後「軍又は地方の各部分間の連絡を通ずる爲氣球にて派遣せられたる者は闇諜と認めず」は、斯かる者を交戰資格無くして敵對行爲に從事する者として處罰する事を禁止せんとするものである事は明かである。然るに此の第二項は「故に」と云ふ接綾詞を以て第一項と結ばれる、從つて第一項に於ける「間諜と認めず」も亦單に陸戰條規の用語としての聞諜を定義するのみに非ずして、第一項に定むる四の要件を具備せざる個人を、交戰資格無くして敵對行爲に從事する者として處罰するを得ざる事を定めたものと解せねばならぬ。
 然し情報蒐集のみを罰して夫れ以上に危険なる破壞行爲を罰すべからざる理由無く、又作戰地帶内の情報蒐集のみを罰して地帶外に於ける夫れを罰す可からざる理由無く、海牙會議後の如何なる戰爭に於いても第二九條は交戰國に依つて遵守されなかつた。實際上必要と調和せしめる爲には、第二九條は單に陸戰條規の用ひる間諜の語義を定めたに止まると云ふ-恐らく制定者の意思に合しない-解釋を採るの外はないであらう。

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 第三一條も亦慣習法上の交戰國の權利を制限する事大にして、且つ斯かる制限を加へたる理由の不明なる規定である。
 慣習法上間諜の處罰は現行中に逮捕せる事を要件とせず、逮捕が行爲完了後に行はれたる時と雖も處罰する事を得る。
然るに本條は間諜が一旦所屬軍に復歸せる後敵に捕へられたる時は前の間諜行爲に就いて處罰せられずとする。間諜に對する交戰國の刑罰權を斯く制限する根據は、多數の學者に依つて次の如く論明せられる。

 「間諜行爲が道徳的に見て賞讃すべき場合多きに拘らず交戰國が之を處罰するのは、其の行爲が自國にとつて危瞼なるに依り、此の危瞼を防止する必要に基づく。從つて行爲後危險が既に現實のものとなつた後に間諜を逮捕處罰する事は無意義である」と。

 間諜行爲を處罰する理由が行爲の醸す危瞼を防止する必要に在る事は、既に述べた如く事實である。然し此の處罰は、問題となれる具體的間諜行爲の醸すべき危瞼を防止する事のみを目的とするか、同種の行爲が他の人々に依つて行はれる事を威嚇防止する一般豫防の目的に出るか。若し前者ならば行爲終了後處罰の必要無き事は理解せらるるが、然し間諜を逮捕せし時必要の期間彼を拘禁するに止めずして通例銃殺の刑に處するのは此の目的を超えた刑罰であり、一般豫防としてのみ斯かる刑罰の必要は了解せらるるのである。而して一般豫防の目的なる時は行爲終了後處罰の必要無しとの結論は生じないであらう。故に本條は、間諜の運命を出來得る限り緩和せんとする人道主義以外に根據を求める事を得ないと思ふ。故に若干の學者が此の規定を「法學的構成不能の變態規定 juristisch nicht konstruierbarbare Anomalie」と批評するのは蓋し適評である(Meurer・海牙平和會議 二巻一八九頁及び此所に引用せられたる Zore の言を參照)。

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 航空機に依る軍事上の情報の傳達

 右の陸戰條規第二九條は非軍用航空機が軍事上の情報の傳達に從事する事を一般に適法と認めるが、此の規定に對しては既に大戰前より非難の聲在り(Manchot・『航空及び空戰の國際法的規整の發達』(一九三〇年)四九頁及び註七の文献を參照)、一九二三年の空戰法典草案も、「軍事上の情報にして交戰者が直ちに利用すべきものを、航空の途中に於いて傳達する事」を、非軍用航空機に禁止せらるべき敵對行爲とし、陸戰條規第二九條の原則に除外例を設ける(一六條一項)。此の除外例は航空機が、(一)空中より無電又は信號の方法に依つて、(二)一方の交戰國が即坐に利用し得べき軍事上の情報を傳達する場合にのみ存する。單に軍事上の情報を信書として輸送するが如き行爲は此の中に含まれない。右述の行爲の危險性が特に大なるを以て之を處罰する權利を交戰者に與へんとするのである(尚戰時無線通信取締規則六五條一號參照)。
            二

 普通船舶及び航空機の軍艦及び軍用航空機への變更

 軍艦以外の船舶及び非軍用航空機、例へば國有及び民有の商船・トロール船・商業航空機・郵便機も、交戰國が正規軍人を搭乘せしめて是を指揮及び操縦せしめ、軍艦旗其の他交戰國の軍艦及び軍用航空機の特殊記章を附する時は、交戰資格を取得する。但し乘組員の全部を正規軍人を以て充當する事は必要ではないが、軍人以外の乘組員も指揮者たる軍人の直接の支配の下に置かれねばならぬ。

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之を軍用航空機に變更する事を得但し右變更は該航空機の屬する交戰國の管轄内に於いて之を行ふべく公海に於いて之を行ふ事を得ず」と定める。本條は元日本の提案に出で、佛蘭西代表は賛成を拒否したが、Lex ferenda (立法論)として此の規定は適當であると信ずる。

            三

 軍人、軍艦、軍用機以外の個人、船舶、航空機に交戰資格の認められる場合
 前述の原則に對する例外として、國際法は一定の條件の下に普通人及び之に準ず可き船舶航空機に交戰資格を認める事がある。此の條件に從つて敵對行爲を爲せる個人は敵國に捕へられたる時俘虜として遇せられ、戰時犯罪人としての處罰を受けない。

 義勇兵團及び群民蜂起
 海牙陸戰條規は
(一) 人民の自發的に組織せる團體にして、一定の統率者(軍人たるか否かを問はず)を其の頭に戴き、且つ其の團員が一定の記章を附して、武器を公然と携帶して敵對行爲を行ふもの(民兵團又は義勇兵團)(一條)
(二) 敵國軍の侵入を受けたる地方の住民にして、團體を組織し統率者を選ぶ時間の餘裕無くして侵入軍に向つて抵抗を企てるもの(群民蜂起 Levee en masse)に交戰資格を認める。第二の例外は、敵國軍の侵入を受けたる地方の住民が郷土愛

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に基いて敵國軍に舐抗するは人情の自然に出で、之を戰時犯罪人として處罰するは酷に過ぐとの人道的考慮に基づく。但し此の場合にも武器を公然と携帶する事、及び其の行動に就き戰爭法を遵守する事は必要とせられる(二條)。又此の交戰資格は、侵入軍が該地方を完全に占領して軍政を布き、事實上統治の權力を把握すると同時に消滅する。其の後人民が占領軍を撃退せんと欲する時は第一條の要件を充たして闘はねばならぬ。

 私船の戰圃參加
海戰慣習法は古く私人が交戰國より免許を受け、自己の費用に依つて船舶を武装し、自己の危險に於いて海戰に參加して其の捕獲物を自己の收益とする事を認めた。此の種の船舶を Privateer, Corsaires と呼ぶ。Privateer は本來軍艦と同樣に敵艦の攻撃と捕獲及び商船竝びに其の載貨の捕獲の任に當るべきものであつたが、營利を主とする私人の事業なる結果として、危險少く牧益多き商船の捕獲を專ら事とするに至り(我國に於いて Privateer を捕獲用私船、捕獲特許船、私装拿捕船と譯するのは其の爲である)、又其の特權を濫用して、海上に於いて遭遇せる船舶及び其の載貨を、戰爭法上交戰國に許されたる捕獲權の限界を超えて掠奪する事が多かつた爲、屡々中立國と交戰國との間の紛爭の原因を作つた。故に十八世紀以來交戰國は免許状の發行を漸次制限する傾向を生じ、一八五六年の巴里宣言は其の第一條に於いて Privateer の全廃を宣言した。又此の宣言に加入せざる國家も其の後 Privateer を使用せる實例無く(一八七九年秘露及びボリヴィヤ對智利の戰爭に於いて秘露及びボリヴィヤが免許状を發行せるを例外として)、米國も米西戰爭及び世界大戰に於いて之を用ひなかつた。故に此の廢止は現在普遍的であると云ふ事が出來ると思ふ。

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 (四) 中立國にして水雷を敷設せる者の負ふ可き義務
 中立國にして其の沿海又は港を交戰國軍艦に對して閉ざさんとする者は、其の閉鎖を完全ならしめる爲に水雷を其の領海内に敷設する權利を有する。斯かる國家は上述の第一及び第二の義務を、交戰國と同樣に負はねばならぬ(四條)。

            第四款 投降兵、傷病兵、海難兵及び空の遭難者

 敵兵にして降を乞ふ者の生命を害する事は慣習法上禁止せられ、海牙陸戰條規第二三條第八號も亦此の禁止を規定する。
然し乍ら戰闘の進行中敵軍の一部が投降せんとする場合に、我軍が之を收容して後方に送致する爲には我部隊の進撃を一時中止する必要を生じ、其の事が我勝利を危くする惧ある場合には、敵の降服信號を黙殺して攻撃を繼續する事を得可きである。陸戰條規第二三條第二號の「助命せざる事を宣言すること」の禁止は、敵兵の投降を認めざる事を戰鬪の開始に先立つて豫め宣言する事を禁止するのみであつて、戰鬪の進行中に臨時に生ずる軍事上の必要に基づいて投降を拒否する事を禁止するものに非ずと解す可きである。
 海戰に於いて降服せる軍艦の乘組員の生命も亦同樣に保護せられねばならぬ。但し降服せる軍艦は其の破損状態又は降服を受けたる軍艦の作戰行動上の必要が、降服艦を曳航して根據地に歸還する事を困難ならしめる場合には、乘組員を安全の位置に移らしめたる後に降服艦を撃沈する事を妨げない。此の場合降服艦の乘組員を降服を受けたる單艦内に收容す

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ることを必要とするか。換言すれば、右に言ふ「乘組員を安全の位置に移らしめる」とは軍艦の艦内に收容する事を意味するか。一九一三年のオックスフォードの國際法學會の決議「海戰法典案」は、「乘組員を收容せる後に非ざれば降服艦を撃沈する事を得ず」との規則を設けるが(一七條)、降服を受けたる軍艦の容積小なる場合の如きは此の規則は實行不可能であつて、斯かる場合には乘組員を艦載短艇又は内火艇に轉乘して本艦を離れしめて直ちに撃沈し、其の後無電を以て他艦又は陸上と連絡して救命方法を講ずる事は許さるべきである。
 敵の傷病兵にして抵抗能力を失へる者は、自ら降を乞ふか否かを問はず、之を攻撃する事は禁止せられる。戰闘終了後敵軍の遺棄せる傷病兵を發見せる軍隊は、之を收容して自軍の傷病兵に與ふると同一の看護を與ふる義務を負ふ(赤十字條約三條及び一條)。但し其の意思に非ずして敵軍に收容せられたる傷病兵も、自から投降せる者と同じく俘虜とせられ戰時中敵國に抑留せられねばならぬ(赤十字條約二條)。
 海戰に於いて沈沒せる軍艦の乘組員にして海上に漂流する者は、傷病者と同じく、之を攻撃する事を禁止せられる。但し戰闘の進行中に交戰國軍艦は敵の漂流者を救助する義務は無いが、戰鬪終了後は之を收容する爲に爲し得べき手段を盡す事を必要とする(赤十字條約の原則を海戰に懸用する條約一六條及び一四條)。但し此の義務の履行は、海上に於ける捜索の困難及び軍艦の限られたる收容能力に基づき、陸上に於ける傷病兵の收容の如く完全なる事を期待するを得ないのは勿論である。
 氣球、飛行船又は飛行機が敵の攻撃其の他の事故に因つて故障を生じて墜落せんとする時、其搭乘者にして落下傘に身を托して逃れんとする者は、抵抗力を失へる者なるを以て、之に對する攻撃は海難兵に對すると同樣に禁止するを正當とす

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るが如く考へられる。空戰法規第二〇條も「航空機が故障を生ぜる場合搭乘者が落下傘に依り逃れんと試みる時は其の下降中攻撃せられる事を得ず」との規定を設ける(一)。然し落下傘に依る下降者の地位は斯かる一般的規定に依つて之を律する事を得ないと思ふ。故障を生じたる航空機が共敵國の軍隊の上空に在る時は落下傘使用者は必ず敵軍の手に依つて捕へらるべく、從つて下降の途中に之を攻撃する事は不必要なる加害である。之に反し航空機が其の所屬國の軍隊の陣地の上空に於いて破壞せられたる場合には、下降者は、若し攻撃を受けざれば、安杢に自軍に復歸すべき事は殆んど確實である。
陸戰に於いて敵兵が武装を捨てて自軍に向つて遁走する場合に之を攻撃する事は禁止せられず、又海難兵と雖も其の所屬國の陸地又は船舶が間近に在つて之に達せんとする者は之を攻撃する事を得るが如く、右の場合の落下傘使用者の攻撃は許さるべきである。
 大戰中敵の軍用繋留氣球破壞に從事せる戰鬪機は、氣球破壞に成功せる時、第二段の任務として、落下傘によつて逃れんとする乘組員の攻撃に移るを常とした(スペート・前揚一四一頁)。

   一 本條の邦譯は「航空機が其の行動の自由を失ひたる場合」と云ふを以て、竝に云ふ航空機は飛行船及び飛行機の如く本來行  動の自由あるものに限られるが如き感を輿へるが、落下傘に依る降下の最も頻繁に行はれるのは繋留氣球の破壊の揚合であつて、本  條は勿論此の場合をも含む。「行動の自由を失へる」の原語は disabled である。

              二

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 俘虜

 交戰國は其の收容せる俘虜の生命を保護し彼等を給養する義務を負ふ。又俘虜の爲に特別の情報局を設けて彼等の本國よりの一切の照會に應ずる義務を負ふ。交戰國が其收容せる俘虜に對して有する權利は、(一)戰時中一定の場所に抑留して、其の所屬軍又は同盟軍に復歸せざる如く監視する事、(二)收容國の國法及び軍律に服せしめ違反する者を處罰する事、(三)俘虜を強制して勞働に從はしめる事、である。但し強制勞働は、俘虜の所屬軍又は同盟單に對する作戰行動に關係を有するものたらざるを要し、又將校及び相當官の身分を有する者には強制勞働を課する事を得ない。將校たる俘虜は收容國の同階級の將校と同額の俸給(其の階級の最低給たる事を妨げない)を給與せられる。收容國の支佛へる俘虜將校の俸給は戰爭終了後其の本國より償還される。
 俘虜は原則として干和恢復の時解放せられる。戰時中に於ける解放は
(一)宣誓即ち俘虜が戰時中其の本國及び同盟國の爲に再び軍務に服せざる事を誓ふ場合
(但し收容國は俘虜が自ら進んで宣誓解放をを申請するとも之を受諾する義務無く、又俘虜に向つて宣誓を強制する事を得ない。俘虜が宣誓解放せられたる後再び武器を執る時は、捕へられたる場合俘虜の待遇を失ひ、戰時犯罪人として處罰せられる)。
 (二) 兩國聞に俘虜交換協定成立せる場合
 に行はれる。

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 俘虜が收容中に收容國の法令を犯して刑に服し 刑期満つるに先立ち戰爭終了せる時は、刑期滿了まで俘虜を解扱する事を必要としない。
 右に述べたる俘虜の待遇は次の者に與へられる。
 (一) 敵國陸海空軍軍人
 交戰國の軍隊は、戰鬪を本務とする通常の軍人の外に、衛生部員・經理部員・法務官・野戰郵便部員・教法師(軍隊附の僧侶牧師)の如く、戰鬪以外の任務を其の本務とする者をも含むが、彼等が敵に捕へられる時は通常の軍人と同一の地位に立つ。
海牙陸戰條規第三條が、交戰國兵力は戰鬪員及び非戰鬪員に依り構成せられ、敵に捕へられる時兩者は均しく俘虜の待遇を受く、と云ふのは此の事を指すに他ならぬ。從つて竝に云ふ非戰鬪員は一般の用語としての非戰鬪員即ち平和的人民と異なる。
 但し右の中衛生部員及び教法師は次に述ぶべき赤十宇條約に因り保護せられ、敵手に陥るとも俘虜として取扱はれない。故に陸戰條規に於いて云ふ非戰鬪員は、經理部員、法務官、野戰郵便部員及び獣醫等を指すのである。
 (二) 敵軍隊に附随する新聞通信員、酒保用達人。敵軍艦及び軍用航空機に便乘せる私人
  陸戰條規第一三條、一九二九年俘虜に關するジュネーヴ條約(後述)第八一條及び空戰法規第三六條第一項參照。
 (三) 陸戰條規第一條及び第二條に基づき敵對行爲を爲せる者(本章第一節ノ三に述べたる義勇兵團及び郡民蜂起)
 (四) 軍艦以外の敵公私船舶の船員

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 慣習法上敵船舶の船員は其の國籍を問はず、又上級船員たると下級船員たるとを問はず、俘虜とする事を得る。一九〇七年の捕獲權行使の制限に關する海牙條約は此の慣習法上の交戰國の權利に制限を設け、
  (イ) 敵商船の船員中敵國民たる者は総て俘虜と爲す事を得るも、若し彼等が、戰時中作戰行動に關係ある如何なる勤務にも服せざる事を書面を以て宣誓せる時は、俘虜と爲す事を得ずと規定する(六條)。此の宣誓は上述せる軍人たる俘虜の宣誓と異り、交戰國政府の側に受諾の義務がある。
  (ロ) 敵商船の船員にして中立國民たる者は、上級船員(船長、運轉士、機關士、事務員、無電技師等)のみ俘虜とせられる。
但し右の宜誓を爲す時は俘虜とする事を得ない(五條)。
 然し乍ら露西亜・伊太利・土耳古・バルカン諸國は本條約を批准せず、從つて是等の國家の參加せる戰爭に於いては、敵商船の乘組員は総て俘虜とする事を得る。
 中立船舶は捕獲物と爲る場合に於いても其の乘組員は原則として俘虜とせられないが、第八節第二款に述ぶべき、敵船に準じて取扱はれる若干の場合には、其の船員は俘虜となる。
 (五) 敵國の非軍用航空機乘組員
 彼等の地位に就いては條約無く、又世界大戰開始の時諸交戰國内に僅かに存せし私航空機も皆軍用に供せられしを以て、將來の交戰國の實行を測るべき先例も無いが、航空機の操縦士・機關士・無電技師等が交戰國空軍に使用せられる可能は、商船乘組員が敵國海軍に使用せられる可能よりも多きを以て、後者を俘虜とせる慣習の理由となれる事情は、前者に就い

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ても存在するものと見倣さねばならぬ(一)。

    一 空戰法規第三六條第二項及び第三項は、敵機の乘組員は総て俘虜とする事を得るも、只其の内中立國民にして且つ敵國軍又  は政府の勤勞に服ぜざる者は戰時中敵航空機に勤務せざる事を書面を以て宣誓する時は解放を受くる權利を有すと定める。

 世界大戰中聯合國は、獨逸が其の占領せる佛蘭西及び白耳義地方の住民の一部分を獨逸本國に移して勞働せしめたる事に對する報復手段として、敵國及び中立國の商船内に發見せられたる敵國民の中兵役年齢の男子を捕へて俘虜とした。然し斯かる手段が將來の戰爭に於いて、敵國の違法に對する報復手段としてに非ずして、交戰國の普通の權利として行はれるか否かは疑はしい。然るに一九二三年の空戰法規は右の如き大戰中の英佛の實行を廣く航空機の乘客に擴張して、交戰國が其の捕獲せる敵非軍用航空機の乘客及び中立航空機の乘員及び乘客の一部を俘虜とする權利を認める(三六條ニ項・三項、三七條一項・二項)(二)

    二 (一)敵機

    (イ)非軍用公航空機(旅客輸途に專用せられるものを除き公航空機の全部を指す。第五條の規定と異る事に注意)。乘客の全部は俘   虜となる。
    (ロ)非軍用公航空機にして專ら旅客の運送に從事するもの。乘客の中敵軍又は敵政府の勤務に服する敵國民及び中立國民、及び兵   役に適する敵國民は俘虜とせられる。
    (ハ)私航空機。(ロ)に同じ。
    (ニ)中立國航空機(にして本章第九節に述ぶべき原因により拿捕せられたるもの)。乘組員の中敵國民たる者及び敵の勤務に服する   者、乘客の中敵の勤務に服する敵國民及び中立國民竝に兵役に適する敵國民は俘虜となる。

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 俘虜の取扱に關しては陸戰條規第一款第二章に比較的詳細な規定が設けられて居るが(四條-二〇條)、一九二九年ジュネーヴに於いて更に人道的なる一條約が作られた。新條約の特長は、大戰の經験に基づき
 (一) 戰時復仇の手段を俘虜に及ぼす事を禁止せること(二條三項)
 (二) 俘虜に向つて其の所屬軍又は所屬國に關する情報の供述を強制することを禁止せる事(五條三項)
 (三) 俘虜に課する事が禁止せられたる勞働の範圍を明瞭にせる事
 陸戰條規は俘虜の勞働が作戰行動に關係を有せざる事を要すと云ふのみであるが、新條約は、武器其の他軍需品の製造及び運搬、及びその性質を問はず軍隊に仕向けられたる物品の運搬に俘虜を使役するを得ざることを規定する(三一條一項)。
 (四) 中立國にして交戰國より、共の敵國に收容せられたる俘虜の保護の任務を托せられる國家(庇護國 puissance protect-rice)の權利を規定せる事
  (イ) 俘虜は其の收容國より受くる取扱に關し、庇護國に向つて異議を申出づる權利を有し(四一條)、各俘虜收容所は其の 爲に代表者を選定する事を得る(四三條一項)。
  (ロ) 俘虜に對する刑事裁判の開始は庇護國の公使に通告せられる事を要し(六〇條一項)、又死刑の宣告ありたる時は直ちに 庇護國の公使に通告せられ、通告後三箇月を經過するに非ざれば刑を執行する事を得ない(六六條)。
  (ハ) 俘虜取扱に關し交戰國間に紛爭を生じたる時は、庇護國は其の解決に努むべく、中立國領土内に於ける兩交戰國 代表の會合を提議する事を得、交戰國は此の提議に從ふ事を要する(八七條)。

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 (五)総加入條款を廃止し、交戰國中に本條約を批准せざる國を含む戰爭に於いても、批准國相互間に於いて本條約が效力を有すべき事を定めたる事(八二條二項)
等である(新俘虜條約に付いて詳しくは Rasmussen,Code de prisonniers de guerre(一九三一年發行)を參照)。

              三

 赤十字條約
 戰場に於ける敵軍の死者の處置及び傷病者の取扱竝に衛生機關・衛生人員の地位は、戰爭法の諸問題の中最も早く法典化せもれたるものの一であつて、伊太利統一戰爭の時ソルフェリノの戰の惨状を目撃せる一瑞西人が著せる「ソルフェリノの憶出(Un souvenir de Solferino)」なる書の刺激に因り、瑞西政府は戰場に於ける負傷者の取扱を改善する爲に一八六四年ジュネーヴに國際會議を招集した。此の會議の成果たる「戰場に於ける軍隊中の負傷軍人の状態改善に關する條約」は、此の條約が特權を與へる衛生人員及び衛生機關を標識する爲の記章を、會議斡旋の勞を執つた瑞西政府に敬意を表する爲、其の赤地白十宇の國旗の色を逆にして白地赤十字と定めた事に因つて、一般に赤十字條約と呼ばれる。一九〇六年更に之を修正せる「戰場に於ける傷者及び病者の状態改善に關する條約」がジュネーヴに於いて締結せられ、大戰後一九二九年に改正新條約(戰場に於ける傷者及び病者の状態改善に關するジュネーヴ條約)が締結せられた。
 是等の條約に從へば

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 戰鬪終了後敵の遺棄せる死者及び傷病者を發見せる軍除は之を收容して、死者ば禮を以て之を葬り、且つ其の姓名を確かめて其の所屬國に通知し、傷病者に對しては自軍の傷病者に對すると同一の看護を輿ふる義務を負ふ。
 交戰國軍に屬する野戰病院、其の他傷病者の治療に供せられる固定的又は移動的機關及び其の使用する器具類、傷病者の後送に用ひられる機關、及び衛生部員は不可侵的地位を與へられ、敵軍の攻撃を受けざるのみならず、敵軍の手に陥りたる時と雖も戰利品又は俘虜とせられない。敵軍が是等の機關及び人員に對して有する權利は、自軍に必要なる期間之を使用する事に限られ、必要無きに至れば、移動的衛生機關及び衛生部員は軍事上の必要と相容れる時期及び通路を選んで敵軍に之を送還せねばならぬ。
 右の保護を受くべき衛生機關、器具及び人員は其の標識として赤十宇記章を用ひるが、若干の囘教國は基督教を聯想せしめ易き十字を忌避する結果異なる記章を用ひる權利を與へられる。從つて例へば土耳古は赤色新月章、イラン(波斯)は赤色獅子及び太陽章を用ひる。軍隊に直屬せざる篤志協會(例へば、日本赤十字杜の如き)と雖も本國政府の認可を受けて軍に從ひ、且つ其の名が豫め敵國に通告せられたるものは、右の記章を使用して其の保護を享有する權利を與へられる。
 海軍の軍用病院船も亦右の陸軍衛生機關に準じて取扱はれる。此の點に關しては一八九九年の海牙會議に於いて「ジュネーヴ條約(一八六四年の赤十掌條約)の原則を海戰に應用する條約」が結ばれ、其の母體たるジュネーヴ條約が一九〇六年修正せられるや、前者も亦一九〇七年の第二囘海牙會議に於いて修正せられた。
 軍用衛生航空機も亦同一の取扱を受くべきである。空戰法規は其の第一七條に、一九〇六年のジュネーヴ條約及び此の