立作太郎「戦時國際法論」1938年(昭和13年)

立作太郎「戦時國際法論」1938年

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          第九節 戰時重罪

 戰時重罪(war crimes)とは、戰時に於て軍人(交戰者)又は其他の者が、戰爭に關係して、交戰國の一方に對して行ふ所にして、該交戰國が犯罪人を捕ヘたるときは、之に死刑又は之に至らざる重き處罰を利し得べきものである。所謂戰時重罪は、軍事上及法律上の術語として之を用ふるも、犯罪の語に道徳上の批難の意を寓するものと解すべきではない。戦時重罪中、赤十字の徽章若くは軍使旗の濫用又は兵器を捨てて降を乞へる敵の殺傷の如き、道徳上に於ても批難すべきものありと雖も、又愛國の至情に出でて敵軍に關する情報を蒐集する如き、道徳上に於ては批難すべからざる行爲をも含むのである。然れども道徳上の價値如何に關せず、敵國は自己に有害なる所謂戰時重罪の行然を處罰し得べきを認めらうるのである。
 戰時重罪中最も顯著なるものが五種ある。(甲)軍人(交戰者)に依り行はるる交戰法規違反の行爲、(乙)軍人以外の者(非交戰者)に依り行はるる敵對行爲、(丙)變裝せる軍人又は軍人以外の者の入りて行ふ所の敵軍の作戦地帯内又に其他の敵地に於ける有害行爲、(丁)間諜、(戊)戰時叛逆等是である。
 以上の外、戦争の結果として、交戰者が、軍隊の安全又は占領地の秩序維持の爲に、禁止又は處罰し得べき行爲を存する。殊に占領地に於て軍隊の行動の妨害、通信運輪の妨害、検閲規則の違反、軍隊に屬する馬匹、軍需品の盗取、軍隊に屬する者に對する誣告等の犯罪の爲め、占領地の住民を處罰し得べきである。又戰場に於て物を盗取する爲の俳徊

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し、前進又は退却する軍隊に随絆して、傷者、落伍者を虐待若くは殺傷し、死人を虐待する如き者も、之を戦時重罪人として處罰するを得るのである。然れども最も顯著なる戦時重罪人は、上述の五種のものに外ならぬ。以下是等の五種の戦時重罪に關して説明すべきである。
(甲)軍人(交戰者)に依り行はるる交戰法規違反の行爲 軍人に依る交戰法規違仮の行爲を例示せば(1)毒又は毒を施したる兵器を使用すること(ハーグ陸戰條規第二十三条第一項(イ)號參照慰鵡諜、(2)敵國又は敵軍に屬する者を背信の行爲を以て殺傷すること(同條第一項(ロ)號參照)及暗殺を爲すこと、(3)兵器を捨て又は自衞の手段盡きて降を乞へる敵を殺傷すること(同條第一項(ハ)號參照)、(4)助命せざることを宣言すること(同條第一項(ニ)號參照)、(5)不必要の苦痛を與ふべき兵器、投射物其他の物質を使用すること(同條第一項(ホ)號參照)、(6)軍使旗、國旗其他の軍用の標章、敵の制服又は赤十宇徽章を擅に使用すること(同條第一項(ヘ)號參照)、(7)平和的なる敵國の私人を攻撃殺傷すること、(8)防守せざる都市の不法の砲撃を爲す乙と(陸戰條規第二十五條參照)、(9)船旗を卸して降を乞ふの意を表したる敵船を攻撃し又は之を撃沈すること、(10)病院船を攻撃又は捕獲し、其他ジェネヴァ篠約の原則を海戰に適用するハーグ條約に違反すること、(11)敵船の攻撃を爲すに當り敵旗を掲ぐること等である。
現時に於て、交戰法規違反の行爲は、交戦國政府の命令に依りて行はれたる揚合に於ては、命令せる交戦國政府の行爲に關して、該交戰國が國際法上の責任を負ふべきも、政府の命命に依りて是の如き行爲を行へる軍人は、戰時重罪を以て罰せらるること無かるべきの説が廣く行はるるのである。下級軍人が指揮官の命令に依りて交戰法規違反の行爲を行ヘるときに於ても、之を命令したる指揮官を捕ふるときは、戰時重罪として處罰するを得るも、命令に從ひて行へる下

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級軍人は、戰時重罪人として處罰し得ざることが認められる(イギリス陸軍省「陸戰」第四百四十三節、アメリカ陸軍省「「陸戰規則」第三百六十六節參照)。世界大戰の際、商船の無警告繋沈の如き交戰法規違反の行爲を行へるドイツ潜永艦員も、上官の命に依り行へること明白なるを以て、戰時重罪人として處罰を受くることは無かつたのである。但交戰國政府の命令に依りて行はれた揚含に於ても、對手交戰國が復仇行爲に出づることあるべきである。又自已の發意を以て自ら交戰法規違反の行爲を行へる軍人又は自己の發意を以て之を部下の軍人に命じたる指揮官は、敵に捕へらるれば戰時重罪人として處罰さるるを免かれない。』命令を受けて行へる軍人を處罰すべからずとするの思想は、軍人が戰場に於て絶對に其上官の命令に服從すべきことの諸國に於て普通認めらるることに基くのである。然るに此の普通に行はるる思想に反對するの説を存せざるに非すして、千九百二十二年のワシントン會議の際議定されたる潜水艦及毒瓦斯に關する五國條約に於ては、商船に封する攻繋竝に其の拿捕及破壊に關する現存法規を侵犯する者は、其の上官の命令の下に在ると否とを問はず、戦爭法規を侵犯したるものと認め、海賊行爲に準じ審理處罰せらるべきものと爲すに至つたのである。但し此條約はフランスの批准を経ざるを以て、實施力を有せざるものである。又フンラス(ママ)に於て刑法上(第六十四條)強制を受けたる人の行』へる行爲は重罪又は輕罪たること無きの趣旨の規定あるを根據として、軍人の上官の命令に依り交戰法規違反の行爲を行はしめらるる揚合に於ても、犯罪が成立せざるの説を唱ふる者(例えばナンシー大學のナスト教授)あると同時に、許多のフランスの學者は、交戰法規違反の揚合には、之を命じたる者も、命を受けて行へる者も、共に處罰し得ると爲すのである。而して世界大戰中フランスの軍事裁判所は、後の學説に從て、裁判するを常とした。イギリス、アメリカに於ても、兵士の義務は上官の適法なる命令を執行するに

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在りて、不法なる命令の執行につきては、假令命令を受けて行ふも、犯罪を溝成すると爲すの判決例ありて、交戰法規違反に關しても、上官の命令に依ると否とを問はず、之を行へる者を處罰するを得べしと爲すの學説が全く存しないのではない(例へばフイリツプソン、ベロツト)。蓋し戰時に在りては、軍人は絶對に上官の命令に服せざるを得ざるを常とし、且下級の軍人は交戰法規違反なるや否やを判断すること困難なるを以て、上官が交戰法規違反の行爲を命ぜるに當りて、命令を受けて交戰法規蓮反を行へる軍人を處罰するは理論上不可なるものと言ひ得べきも、實際に於て上官の命令を受けて、行へるときは、處罰を行ひ得ずとするときは、捕へられたる軍人は、殆ど總ての場合に於て上官の命令に從へることを説きて刑罰を免かるるを求むべく、而して自已の發意を以て自ら行ひたる人又は部下に命じて行はしめたる人を對手交戰國に於て捕へ得ることは、稀なるを以て、實際交戰法規違反行爲の故を以て處罰を行ひ得る場合が稀なるに至るべく、少数論も實際上の價値を具ふることを認めねばならぬ。
世界大戦の際の交戰法規の違反に關するヴェルサイユ條約の規定(第二百二十八、九條)につきては、講和條約に關する大赦の問題を論ずるに當りて、言及すべきである(第七部第二章第四節第七款参照)。
 (乙) 軍人以外の者(非交戰者)に依りて行はるる敵對行爲 軍人以外の者(即ち私人)にして敵軍に對して敵對行爲を行ふ場合に於ては、其行爲は、精確に言へば國際法規違反の行爲に非ざるも、現時の國際法上、戰爭に於ける敵對行爲は、原則として一國の正規の兵力に依り、敵國の正規の兵力に對して行はるべきものにして、私人は敵國の直接の敵對行爲に依る加害を受けざると同時に、自己も亦敵國軍に對して直接の敵對行爲を行ふを得ざるを以て、敵對行爲を行う

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て捕へらるれば、敵軍は、自己の安全の必要上より、之を戰時重罪人として處罰し得べきである。
 既に占領せられたる地方の人民にして、敵對行爲を行ふときは、假令公然兵器を携帯し、且戰鬪に關する法規慣例を遵守するも、交戰者の特權を認めずして、戰時重罪人として處罰し得べきである。此場合に於ては、各個的に行動すると、團體を成して、行動するとの區別無く、又自己の政府の命令に依りて行ふと否との區別無く、處罰し得べきである。 未だ占領せられざる地方の人民にして、敵の接近するに當り、民兵又は義勇兵團の普通の條件を充たすの編成を爲すの遑なく、侵入軍隊に敵對するものに在りても、公然兵器を携帯せざるか、又は戰鬪の法規慣例を守らざるときは、戰時重罪人として處罰し得るに至るのである(ハーグ陸戰條規第二條參照)。
 民兵又は義勇兵團に屬すると稱する者も、(イ)部下の爲に責任を負ふ者其頭に在ること、(ロ)遠方より認識し得べき固着の特殊徽章を有すること、(ハ)公然兵器を携帯すること、(二)其の行爲に付き戰爭の法規慣例を遵守すること等の條件を具備せざるときは、戰時重罪人として處罰し得べきである(ハーグ陸戰條規第二條參照)。
 但しハーグの陸戰法規條約の前文に於て、一層完備したる戰爭法規に關する法典の制定せらるるに至る迄は、締約國は、其採用したる條規に含まれざる場合に於ても、人民及交戰者が、依然文明國の間に存立する慣習、人道の法則及公共良心の要求する國際法の原則の保護及支配の下に立つことを確認するを以て適當と認む』と爲し、而して陸戰條規第一條第二條につき、右の趣旨を以て之を解すべきことを特言せるを以て見れば、上記の第一條の條件を備へざる民兵及義勇兵團所屬の人々及第二條の條件を充たさざる未占頒地の人民の占領軍官憲に反抗ずる者につき、寛典を勸奨するの意

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を含めるものと解すべきである。)
 海戰に於て、他より攻撃を受けんとすること無く、全然自發的に敵船を攻撃するの交戰國商舶は、戦時重罪を犯せるものと認め得べきである。故に斯の如き船舶の船長、職員及海員は、陸戦に於て敵封行爲を行ふ私人と同様に、戦時重罪人として處罰し得るのである。
 (丙)變装せる軍人又は軍人以外の者の進入して行ふ所の敵軍の作戰地帯内又は其他の敵地に於ける有害行爲 此種の有害行爲中、強力を用ふるか若くは其他の積極的なる手殺に出づる加害行爲と否との差異がある。
 變装を爲せる軍人又は私人が、敵軍の作戰地帯又は其他敵國の權力を行ふ地帯に侵入し、鐵道、電信、橋梁、兵器製造所等を破壌せんとするは、情報蒐集を目的とせざるを以て間諜に屬せす、又敵國又は敵占領地の在住民の如く敵に對して一時的の命令服從關係を有せざるを以て、戰時叛逆の名を以て呼ぶに適せぬのである。日露戦役の際、横川、沖氏の行へる所の如きは實に此種の行爲にして、犯罪の名を冠するに忍びざるも、敵より見れば有害行爲なるを以て、敵が戰時重罪として處罰するを認めらるるのである。
 變装を爲せる軍人又は私人が、一方の交戰者の爲めに私かに通信を傅達する爲め、敵軍の作戰地帯内又は其他の敵國の權力を行ふ土地に進入して行動するは、在來間諜と誤認されたることあるも、敵の情報を蒐集して一方交戰國に通報するものに非ざるを以て、間諜の要素を缺くものである。然れども此種の行爲にして敵軍より見て極めて有害なるものは、軍人にして隠密に行動し又は虚僞の口實の下に之を行ひたるとき又は軍人以外の者が之を行ひたるときに於て、之を戰

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時重罪の一種と認め得べきものと爲ぎねばならぬ。』合衆國獨立戰爭の際、合衆國軍のアルノルド將軍が合衆國軍に叛きてイギリス軍に合せんと欲し、其指揮するウェストポイントをイギリス軍に引渡す目的を以て、イギリス軍の指揮官サー・ヘンリー・クリン卜ンと談判を開始し、アンドレ少佐は、サー・ヘンリー・クリントンの委任を受け、アルノルドと最後の協定を爲さんとして、アルノルドと會して後、其制服を脱して平服を纏ひ、アルノルド將軍の輿へたる變名の旅行券を携へて、歸路合衆國軍の戰線を通過せんとして捕へられ、間諜を以て論ぜられ、絞殺せられたのである。アンドレ少佐の行爲は間諜の要素を具へざるも、合衆國軍に取りて特に有害なるを以て、之を一種の戰時重罪として處罰することを認め得べきである。
 (丁)間諜(spies)ハーグの陸戰條規は、(奇計竝に)敵情地形探知の爲必要なる手段の行使は、適法と肴做すと定めたのである(條規第二十四條參照)。故に間諜を用ふることは違法に非すして、聞諜の使用は、 (甲)の交戰法規違反の揚合と異なるのである。然れども對手交戰國は、自己の安全の必要上、間諜を捕ふるときは、之を戰時重罪人として處罰するを得るのである。間諜の何たるやにつきては後文に於て詳論すべきである(第三部第七章第二節參照)。間諜は、交戰法規違反の行爲の揚含と異にして、假令本國官憲又は本國軍隊の命令に因りて之を行ふも、常に處罰を免かるるを得ない。
 (戊)戰時叛逆(war treason)戰時叛逆の揚合に於ては、交戰國の領域内又は戰時占領地内に在留して、該交戰國との間に(忠誠義務關係と異なるも、少しく之に類似し、時に一時的忠誠關係を以て呼ばるる)一時的の命令服從關係を存するに拘はらす、敵國人又は中立國人が、該交戰國に取りて有害なる行爲を行へるものにして、眞の國内法上の叛逆の

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揚合と異なるも、國際法上戰時叛逆なる名稱を用ふるのである(イギリス「陸戰」第四百四十五節。アメリカ「陸戰規則」第二百〇二節以下參照)。交戰國の領域又は占領地に在留する敵國人又は中立國人に依りて行はるる所である。但し叛逆の名稱を此場合に於て用ふるを不可とするの設も存せぬのではない(フランス陸軍省ジヤコメ「大陸戰爭法規」第七十一節參照)。
 戰時叛逆の行爲が戰時法上の聞諜に類似することがある。時には全然戦時法上の間諜の要素を具備することがある。
例へば占領地の人民が其本國軍に其の公然見聞する占領軍の軍情を通報するは、間諜の行爲に類似する如きも、隠寝又は虚僞の口實の下に、一方交戰國の作戦地帯内に行動して情報を蒐集したるものに非ざるを以て、戰時法上の間諜の要素を具へぬのである。然るに時に占領地の人民の行爲が間諜の要素を其ふることが無いのではない。戰時法上の普通の間諜は既遂を罰せられざるも(第三部第七章第二節参照)、占領地人民が間諜行爲と内容を同じうする戰時叛逆を行へるときは、既遂の故を以て處罰を免かるるを得ぬのである。総て聞諜行爲と内容を同うし又は間諜行爲に類似する戰時叛逆行爲を利用することは、他方交戰國の禁ぜられざる所である。ハーグの陸戦條規は、明かに(奇計竝に)敵情地形探知の爲め必要なる手段の行使を以て適法と看徹すことを定むるのである(第二十四條参照)。
 戰時叛逆の行爲にして、敵情地形探知に關係なきものが種々存するのである。例へば交戰國の一方を利する爲め、鐵道電信等の輸送、交信の手段を害し、嚮導、軍需品供給等の行爲に依り交戰國一方の軍の行動に對して任意の補助を與へ、軍隊又は之を組成する者に對する謀叛を企て、俘虜の逃走に對し補助を與へ、交戰國の一方を利する爲め他方の軍人に贈賄し、叛逆若くは脱走を兵士に勸め、虚報を傳へ、道を誤らしむるの嚮導を爲し、兵器、糧食若くは飲水の供給

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に妨害を與ふる等の行爲は、是等に依り害を受くべき交戰國が戰時重罪の一種として罰し得べき所にして、該交戰國の領域内又は占領地内に在留する者に依り行はれたるときは、戰時叛逆と稱するを得べきである。戰時叛逆を犯す者は、現行中捕へられたると否とを問はず、後日之を處罰するを得べきである。
 凡そ戰時重罪人は、軍事裁判所又は其他の交戰國の任意に定むる裁判所に於て審問すべきものである。然れども全然審問を行はずして處罰を爲すことは、現時の國際慣習法規上禁ぜらるる所と認めねばならぬ。
 戦時重罪人中(甲)、(乙)、(丙)、(丁)中に列擧したる者の如きは、死刑に處することを爲し得べきものなるも、固より之よりも輕き刑罰に處するを妨けない。
 戰時重罪人が一定の刑期の自由刑に處せられたる際、戰爭終了後之を解放せざるべからざるや否やの議論を存するのである。解放論者は、戰時重罪が戦爭状態の存する間のみ犯罪たる性質を有すると爲し、一旦戰爭終了せば、啻に新たに戰時重罪の處罰を宣告し得ざるに止まらずして、戰時重罪に關する刑は之を執行するを得ざるに至ると爲すのである。
之に對して反封する論者は、已に死刑を以て論じ得べきに拘はらす、刑を輕減して自由刑に處するものなるを以て、假令戰爭終了するも、依然刑を執行し得ざるべからすとし、若し戰爭終了せば、戰時重罪人を解放せざるべからずとせば、戰時重罪として有罪と認めらるる多数の揚合に於て死刑に處せらるに至るべく、實際上犯人に取りて苛酷なる結果を生ずべしと爲すのである。ヴェルサイユ條約は後論に依つたものと認め得べきである(同上條約第二百十九條参照)。

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 交戦の主體の兵力の主要なる部分は、其の正規の陸軍、海軍及空軍である。如何なる軍隊、艦船又は航空機が、正規の陸車、海軍又は空軍に屬するやは、其國内法上の問題である。國に依り民兵又は義勇兵團の名を有する軍隊が、正規の陸軍の全部又は一部を成すことがある。
交戰國の陸上の兵力は、主として正規の陸軍より成る。陸軍は主として戦闘員(combatants)より成るも、非戦闘員(non-combatants)も之に附屬する。戰闘員たる將校兵士の外に、非戰鬪員たる會計經理蔀員、法官部員、軍附屬の文官、衛生部負、看護卒、野戰郵便部員、將校の馬卒及從卒等も軍に附屬するのである。又軍の諸種の勞務に服する人夫の如きも、之を軍の一部と爲すの制度を存する國に在りては、軍に屬する非戦鬪員中に數ふるを得べきである。非職鬪員は、直接敵對行爲を行ふに與かる戦鬪員に非ざるも、正規の兵力たる軍の一部を成すものである。
ハーグの陸戦條規(第三條第一項參照)に於て、交戰國の兵力は、戰闘員及非戰闘員を以て編成する。ことを得ると規定し、敵に捕へられたるときは、此の二種の者が共に俘虜の取扱を受くるの權利を有すると爲すのである。』正規の陸軍を組成するものは、戦闘員たると非戦闘員たるとを別たず、義務兵たると義勇兵たるとを問はず、又交戰國人たると中立國人たるとを別たず、又常備兵たると戦時徴集せる兵たるとを論ぜす、皆交戰者(bolligerents)たるの特權を認めらるるのである。此意義の交戰者(第一節參照)は、戰闘員と非戰闘員とを包括する。所謂交戰者たるの特權の主要なるものは、敵に捕へられたる場合に於て、俘虜の取扱を受くるの權利を有することに在る(ハーグ陸戰條規第三條參照)。俘虜の取扱を受くるの權利は、戰時重罪人として處罰されざること及び國際法規及條約の認むる俘虜の地位に伴ふ一定の取扱を受くることを確むるものである。

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 交戰者に屬する非戰闘員中、衛生部員、軍醫、藥劑師、看護卒等は、赤十字條約の保護を受くるものにして、軍に屬するも、該條約に依り、攻撃を加ふる能はざるのみならず、俘虜と爲すことをも爲し得ざるものである。
 直接に軍の一部を成さざる從軍者、即ち例へば新聞社の通信員及探訪者、竝に酒保用達人等の如きものは、間接に軍に附屬するものと言ふを得べく、陸戰條規は、其の敵の權内に陷り、敵に於て之を抑留するを有益なりと認むる者は、
其所屬陸軍官憲の證明書を携帯する場合に限り、俘虜の取扱を受くるの權利を有すると爲すのである(ハーグ陸戰條規第十三條參照)。外國の從軍武官も、軍の組織中に入らざる場合には、事情に依り、此種の者として取扱ひ得べきである。又人夫にして軍の組織に入らざるものも、此種の者として取扱はるべきである。
 上述の正規の兵力に屬する者も、不正規兵中、民兵又は義勇兵團に必要とする後述の四條件を備へざることを得るものではない。正規の兵力たるときは、是等の條件は、當然之を具備するものと思惟せらるるのである。正規の兵力に屬する者が、是等の條件を快くときは、交戰者たるの特權を失ふに至るのである。例へば正規の兵力に屬する者が、敵對行爲を行ふに當り、制服の上に平人の服を着け又は全く交戰者たるの特殊徽章を附したる服を着さざるときは、敵に依り交戰者たる特權を認められざることあるべきである。
 交戰國の陸上の兵力は、主として正規の陸軍より成るも、又正則の編成無き不正規の兵力をも存するのである。千八百七十年のプロシヤ、フランス間の戦爭の際に於て、プロシヤはフランスの不正規兵につき、各員がフランス政府の公許(オートリザシオン)を得て戦闘に從事することを證明し得るに非ざれば、之に交戰者たるの特權を認めずして、其の行ふ敵對行爲

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を戰時重罪と看做し、銃殺したのである。然るにハーグの陸戰條規は此點に於て改善を加へたのである。
 ハーグの陸戰條規は、不正規の兵力にして、交戰者たる特權を認むべきもの二種を定めたのである。其の第一種は民兵又は義勇兵團の場合にして、第二種は未だ占領せられざる地方に於ける群民蜂起の揚合である(陸戰條規第一條及第二條參照)。國家の正規の兵力中にも、國に依り、民兵又は義勇兵團の名稱を有するものあるも、元來の民兵(militia)とは、事變に際して人民を招集して敵に當らしむるものにして、義勇兵團(Volunteer corps)とは、事變に臨みて有志人民より組織するものである。陸戰條規は、斯の如き民兵又は義勇兵團が、一定の條件を具備ずるときは、之に戰鬪の法規及權利義務を適用すべきを定むるのである(陸戰條規第一條參照)。是れ交戰國の兵力の一部を成すことを認めたものである。從て次に述ぶべき四の條件を具備するときは、其各員が政府の公許を受けて戰鬪に從事することを、特別の文書等に依り、證明することを要せずして、當然交戰者たる特權を認めらるべきである。而して四の條件とは左の如きものである。
 (一)部下の爲に責任を負ふ者其頭に在ること、(二)遠方より認識し得べき固着の特殊徽章を有すること、(三)公然兵噐を携帯すること、(四)其動作に付き戰爭の法規慣例を遵守すること。
 右の中、(一)の部下の爲に責任を負ふ者が其頭に在るを要するの條件は、頭に在る者が、正規的ならずして、一時的なりとも、將校として任命を受けたる者なるとき、若くは其の顯要の地位に在る人なるとき、又は隊中の將校兵士が政府の與ふる證明書又は徽章を携へ、之に依り各箇の將校兵士が自己の責任を以て行動する者に非ざることを示すに足るときは、充たされたるものと認むるを得べきである。但し國家に依る承認は、必ずしも必要とする所に非ずして、兵團

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が自ら編成され、自己の將校を選むこともあり得べきである。
 (二)の遠方より認識し得べき固着の特殊徽章を有するを要するは、交戰者たることを明にせしむる爲めである。固著の徽章とは、固く身體に附着し、又は身體に固着せる衣服に附著して、容易に取り去り難き標識たるを要するものである。其の遠方より認識し得べきを要するが爲め、遠方の意義の解釋に關する議論を生ずる。或は人體の形體の識別し得べきに至る距離に於て、不正規戰鬪員の輪郭が平和的人民に屬する者の輪郭より之を匠別し得べきを要すると爲すの説がある(イギリス陸軍省の「陸戰」第二十三節、アメリカ陸軍省の「陸戰規則」第三十三節參照)。此説に依れば、制服の外には、帽子又は其他の頭被の外形が重要なるものたるべきである。但し所謂認識徽章が必ずしも制服たるを要せざるは、普く認めらるる所である。思ふに(二)の條件につき要せらるる所は、敵が不慮の加害行爲を受くるを防がんとするの趣意を有するものなるべきを以て、個々の兵士が敵に對して加害を爲すを得る距離に達して、其の交戰國の一方の兵士たるを認識し得るを以て足ると爲すを得べきである。今日に於て個々の兵士が遠距離より加害を爲すは、小銃に依るものなるを以て、狙撃して、小銃の弾丸力が略々人體に命中し得べき距離より、肉眼にて認識し得る徽章たるを以て足ると爲すべきものの如くである。而して此等の徽章は、之を附くるとするも、之を隠蔽するが如きこと無きを要すべきは言を須たざる所である。
 (三)の公然兵器を携帯するを要するは、必ずしも兵器を携へざるべからざることを定むるに非ざるも、兵器を携ふる場合には、兵器たることを外部より明知し得べき種類の兵器を、隠蔽すること無くして携ふることを求むるのである。
拳銃、短刀、爆發物を身邊に隠蔽して携へ又は仕込杖、容易に組み又は解き得る小銃其他外部より兵噐として容易に明

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知し難き兵器を携ふる如きは、所要の條件を充たさざるものである。又兵器を執りて抗敵を爲し、敵の近づくに及べば、其兵器を隠蔽して平和的人民たるを裝ふ如きも、所要の條件を充たさざるものと認むべきである。
 (四)の其動作に於て戰爭の法規慣例を遵守することを要するは、民兵又は義勇兵團の聚團的動作につきて言ふのである。其中の或る個々の兵士が、敵國の戰時重罪人として取扱ひ得べき行爲を行ふことあるも、民兵又は義勇兵團全體の者の交戰者たる特權を失はしむべきものではないのである。
民兵及義勇兵團に屬する者を、交戰者として取扱ふの規則は、人數の多少に拘はらず、圃體を組織して戰鬪する不正規兵に適用あるものにして、個々に敵對行爲を行ふ個人に適用なきは言を須たぬ所である。個々に敵對行爲を行ふ個人は、 戰時重罪人として銃殺せらるることあるべきである。
 ハーグの陸戦條規の交戰者として認めたる不正規兵の第二種は、未だ占領せられざる地方の人民にして、敵の接近するに際し、上述せる四の條件を具ふる編成を爲すの遑無く、侵入軍隊に抗敵する爲め自ら兵器を採る者であつて、所謂群民蜂起の揚合である(或は地方防禦兵又は擧國兵の名稱を與ふることがある)。是れ政府に依る組織を待たずして、自發的に抗敵行爲を出づるものである。陸戰條規は、是等の者が公然兵器を携へ且戰爭の法規慣例を遵守するときは、假令部下の爲に責任を負ふ者が其頭に在ることなく、又遠方より認識し得べき固着の特殊徽章を有すること無きも、之に交戰者たる特權を認むるのである(陸戰條規第二條參照)。是れ一方に於て戰鬪の直接の影響を受くる者を、成るべく交戰國の正規の兵力に限り、他方に於て正規の兵力の一部を組織せざる個人ほ、直接の敵對行爲を行ふを得ざることと爲せる現時の交

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戰法規の基本的原則の一(第一章第五節(三)參照)に對する例外を認めたるものにして、地方の人民が、眼前に敵兵の近づくを見て、相集まりて家郷の爲に防戰せんとするは、情状の諒とすべきものあるを以て、特に戰時重罪を以て論ずることを宥恕せんとするのである。然れども上述の宥恕的規則は、既に占領せられたる地方の住民にして、占領軍に對して敵對行爲を爲す者に及ばずして、是等の者が捕へらるれば、戰時重罪人を以て論ぜらるべきである(第一章第一節(乙)參照)。占領地に於ては、占領軍は、地方人民を保護するの責任あると同時に、自己の安全の爲に必要なる措置を行ふことを許されねばならぬからである。
 ハーグの陸戰法規條約の前文に於て、陸戰條規第一條及第二條の條件を備へざる民兵及義勇兵團所屬の者乃未占領地の人民の蜂起せる者につき、寛典を勸奨するの意を含むと解すべき言明を存することは、前に之を指摘せる所である(第一章第九節(乙)參照)。
 或は文明國間の戰爭に於て、未開人種を使用して戰鬪に従肇せしむるは不法なりと爲し、未開人に交戰者たるの特權を認めざるを得ると爲す者がある。戰爭の際、未開人を、其の酋長の指揮の下に、獨立的に動作せしめて、軍の補助として使用する如きは、交戰法規違反の場合を生ずるの虞大にして、其事自身が現實の國際観習法上許されざるものと認め得べく、使用されたる未開人に對して交戰者の資格を認めざるの處置を執り得べきである。然れども歐米人の未開人種を以て目する人種に屬する者なりとも、之に充分の訓練を輿へて、文明的なる軍隊の一部部を組織する場合に於ては、是の如き者を使用することを以て不法と爲すを得ずして、是の如き者に對して當然交戰者の特權を認めざる如き措置は、

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