人生の波

 私たちの取り巻く世界は量子力学の世界の立証の中では全てが波動でできていてそれの現象化だということがわかってきました。物理学でも探求が進んで、以前では考えられないような最先端なことが理解されてきました。でも、まだまだ一般的に理解している人は少ないような気がしています。

 なんとなくでいいので、全ては何かしらの波の形でできていると理解していいと思います。そして、想いや念も今までは目に見えないものなので、なかったことになっていましたが、波動の世界では、想いも形化していきます。

 なんで携帯がこんなにも便利に使えるか細かなことはわからないけれど、アンテナ基地があってそこで送受信できる電波があるから波動があるから使えています。素人的には、そのぐらいの理解で、手元の便利さ、使いやすさを駆使しているのかと思います。

 波動の世界も詳しいことは専門家に任せて、私たち素人は「どうも全てのものは波動というものでできているらしい。そして、目に見えなかった想いまでもが波動のようで、それはちゃんと伝わっているらしい」ということを理解しておけば良いのかと思うのです。

 この波動のことで大切にしたいと思っていることが二つ。

 一つは、目に見えないけれど、想いや念もちゃんと現象化していて届いているということです。私はその感覚を小さい頃からずっともっていたので、ここへきてやっと理解されて嬉しいと思っているのですが、左脳的に立証されないと理解されない社会が今まで中心だったので革命的でもあります。この「気持ちが届いている」という感覚を昔の人は体感でもっと敏感に感じていたのでしょう。少し前に流行った「思考は現実化する」タイプのものはこうしたところをわかりやすく伝えてくれていると思います。しかし、テクニックに走るところには落とし穴があるような気がしています。それは個々人の課題なので、またゆっくりと。

 もう一つは人生に波があるということ。微細な波が全てのものを形作っていく中で、人間の生きる歩みそのものが波だという理解です。1日をとっても調子よさの波があったり、1週間という単位を見ても色々な出来事の中で忙しさだったり、気持ちだったり、人との関わりだったりと波があるはずです。それを大きく人生という私の一生という感覚で見る視点を持っていると波が見えてきます。多分覚醒者、ブッダとかキリストとかはこのあたりのことをしっかりと取り組まれたのだろうなあと思うのです。

 誕生から死まで、一生という単位で一度自分の人生を見てみる。今までいきてきた長さではなくて、今までの人生の中に良きことも良くなかったことも必ずあるはずなのです。どんな風な波で生きてきたのかちょっと振り返ってみる。そしてこれからどんな波が予想されるか感じてみる。でも、これから先の終わりまでを綿密に見ることはちょっと難しいですよね。そこに今流行りの「終活」みたいなのが入ってくるのかもしれません。

 大切なのは、誕生から始まって終わりがあるということ。それは波を持って歩み続けるということ。手っ取り早いラッキーなことを追い続ける現代人の傾向だけれど、何事にも波があるのだと理解していることは、今のような大変なことが起きている時期には人類という単位で波を見つけることができるような気がするのです。良い時もそうでない時もある。じゃあ、そうでもない時の波の中にいるとしたら、今どうしたらいいのだろうか。波は同じところにずっとあるわけではないのだから、次の波を迎えるために今私はどうするということが大きく問われていると思うのです。

波の中
 何を求めて
  生ききるか
本当にしりたい
 今の我が道

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