最適解が出る前に(2)

第一章

一話 狂人

 少し話を割愛した。詳しく話そうか。

 その日は雨が酷く降っていた。風も酷かった。でも、午前中は快晴と言える程で、朝に祖父が今日の夕飯は焼肉にしよう。と言ったほどだった。いや、関係するのかは知らないけれど。

 それで、肉やら何やらを買って帰ろうという時に雨が降ってきた。急いで帰る時に思い出したのだが、台風が接近していて、だから雨や風が酷いのだと。嫌な予感っていうのも、朝からで台風のせいか、雨のせい辺りだと思う。それを予感したんだな、と単純な僕は思っていた。

 今思えば、雨が止んできた頃だった。だから、戸を叩く音が聞こえたんだと思う。だって、彼の後ろには美しい夕焼けと虹(田舎なので、田んぼもあった)が浮かんでいた。

 あぁ、やっぱり⋯⋯。そんな事考えては、答えを出してはいけないと悟って、我に返る。君がびしょ濡れだったのは変わらず、ただ、泣いていた。鼻を啜ったり、涙を服の袖を使って拭いたりしていた。

 村を出るという話を聞いて、着いていくと言ったのは、自分も変人だからというのも勿論あったが、邪な気持ちも多少はあった。いや、殆ど邪な気持ちだった。

 何せ、変人。否、もはや狂人とまであった。理不尽な事に飽きて仕舞ったが故に、面倒な話を流すのも自分の為の嘘も以上に上手かった。

 そして、『人間』所詮『動物』と語り、動物らしく女と遊び、勉強などせずに、怠けていた。唯一、動物らしくない所と言えば、一つ思いつくのだが、あまり語りたくない事なので、今は語らないでおこうと思う。

 つまり、人から軽蔑の視線を浴び、罵詈雑言から逃れるように変に笑って、面白い話などしてみては人を笑わせるのが趣味とかいうやつで、それで誤魔化しては、騙される『人間』如きを嘲笑っていた。

 狂人と語るには十分すぎるほどに変人で、狂っていた。

 そんな中でも、唯一の好きな趣味が彼との会話だった。というか、田舎に来てからというものの、今までを地獄と例えると、天国に住んでいるような気分だった。それほどまでに、田舎が楽しかった。

 彼は知り合い(友人と人には紹介します)の友人だった。つまり、完全な他人だったのだが、気付けば何でも言える友達となった。彼は少し冷めているところがあるので、「友達?」と訊けば、「家が近い人」と答えそうだ。

 何故、仲良くなったのかと訊かれると少し困るほどには、仲良い理由が分からないのだが、僕が用意している答えは、「同じ秘密(先刻言った語りたくない事)があったから」だろう。そして、詳しくもっと言うなら、僕は彼に何でも言うが、彼は僕にあまり多くを語らない。時に、落ち込むのだが、二人きりの時に「友達?」と訊けば、「友達だよ。」と答えてくれる

 狂っている『狂人』の僕と友達になるなんて、確かに変な子だ。けど、変とは言えども優しいし、欠点という欠点は無い。と勝手に考察していた。つまり、誰からも好かれるタイプの人間だと僕は思っていたのだ。話を聞いて、邪な考えが頭に浮かんだ。

 目を閉じて、開く。瞬きの回数が増える。言ったら、引かれるかも。気付けば、もう言っていた。

「僕も着いていくよ。」

 今思えば間違った回答だった。普通は、行かないでとかやめろとか止める。気持ちが勝ってしまったのかもしれない。君と居たい。君と心中でもしようか。君が死ぬのを躊躇ったら、僕が殺してあげる。だから、君も僕を殺してよ。両想いでも何でも無いけれど、恋愛感情も通じあってないけれど、他の感情で僕ら思いあってるから。

 変な子の君と狂人の僕。君に殺してもらおう。君は殺すのを躊躇うだろうか。躊躇ってくれたらいいな。躊躇って、もがいて、泣いて、最後に微かに微笑んで。

「じゃあね。」

 いつも、僕の家で遊んで帰る時と同じ言い方をするんだ。僕は、君を幸せにするだとか、幸せを願うだとか、出来なくて。どうせなら、僕で苦しんで欲しい。


 ごめんね、狂ってて。


 謝ったら、笑って「許さない。」って言うんだろうな。何処で死のうか。君は東京に行きたいと言った。ここから行くには遠くない?と僕が訊ねると、君は異常に明るい笑顔を僕に向けて言った。

「遠い方が死んでもバレねーじゃん!それに、東京行ってみたかったんだよ。」

 なるほど、天才。だとか笑って言って、都会なら逆にすぐに死体が見つかるだろなんて心の奥では思ってたけどさ。君が望むならせめて、それくらいは叶えてあげたいなって、僕なりのほんの少しの優しさ。別に邪な気持ちは無いからなんて心では言い聞かせて、笑われそう。

 狂人道化師。心の中での自分のあだ名。それが最近では、ニコニコ野郎とまで言えるのだ。もはや、恐怖まで感じる。笑うとか、意味の無い行為だと語っていたが、もう語れないだろう。仮面を外した先に彼が居た。彼が居るなら、彼が望むなら、なんて。何でも出来るなんて言ってはいけないんだけど。彼だって、望むはずもない。というか、僕に彼が何かを求めることがあるのか。それすら、謎だ。

 気付けば、死ぬための話を楽しそうに話す彼。それを楽しそうに聞く僕。傍から見たら、狂っている様に見えるのだろうか。それもまた一興。逆に羨ましそうな瞳で見詰められる方が興醒めだ。狂っていても構わない。今が何故だか楽しいのだから。

「ねぇ、幸せになりたかった?」

 君は、少し心配そうに言った。彼は自分と旅をしたら、僕が不幸になると思っているのか。なんだ、そうか。満面の笑みで応えた。

「今が幸せ。君と居て……これ以上は必要無いよ。」

 少し驚いて、彼は笑った。声を上げて笑った。流石におかしな返答だったか。彼にすら笑われるなんて、余程の事だ。

「そっか。良かった。」

 僕はただ「うん」と言って、君の頭を撫でた。君の髪はびしょびしょで、冷たかった。けれど、逆に僕はそれが何だか嬉しかった。やっぱり、ごめん。とか、馬鹿ながらに思えば、そんなものすぐに忘れてやった。撫でられちょっと嫌そうで、彼らしいとか思った。

 六時になった。彼の家の門限とかいうやつの都合で、彼は六時には家に帰る。「じゃあね。」と彼は言った。僕はまた「うん」とだけ言った。

「次はいつ会う?」

 そういえば、そんな台詞もあった。忘れていた。次の約束。君はいつも聞いてくれていたな。僕は無意識に微笑み「日曜日で」と言った。彼は僕にクルリと背を向けて、そして、また顔を僕に向けた。

「じゃあ、また日曜日にね。」

 微かに笑って、言った。僕を殺すときに君はなんて言うのかな。「また、来世で。」だったら、面白いな。そうだったら、僕は我慢出来ずに吹き出して笑うだろうな。生きている理由なんて無いけれど、君が来世でも僕と『友達』に成ってくれるのなら、生きても良いかもしれないな。

 少し(否、ものすごく)面倒だし迷惑な友達かもしれないけれど、僕は君と一緒に居たいと思う。思ってしまったんだ。僕と友達になったのが失敗だったんだろうな。僕に一緒に居たいと思わせてしまった、君が悪いんだよ。なんてね。

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