見出し画像

運命的に潰れる古本屋の思い出

10年くらい前、家の近くに突然古本屋が一軒だけ出現した。
その店は、おそらく開店してからしばらくの期間そこに確かにあったはずなのに、全く気づくことがなかった。
自分は学校に行かないとき、無職のとき、会社勤めしているとき、古本屋に癒やしを求めて、線路沿いの古本屋を足でチェックしてマッピングするくらいに求めているタイプの人間だったので、家の近くにあって気づかないというのはものすごく不思議な気持ちになった。

外観は看板があったのかもしれないが、今となっては店の名前も思い出せず色味も覚えていないということは多分印象の薄いディスプレイだったんだろう。例えば立ち止まらせるための投げ売り本や、消えても惜しくないようなゴルゴや静かなるドンのコンビニまとめコミックが手前に置いてあるわけでもなかった。ただ、小綺麗ではあった。
「経営のノウハウを持っていない人が、見切り発車でこの数ヶ月前後くらいで突然開店したような店」に見えた。

自分は上記の通り古本屋であればだいたいの店が好きではあったが、当時はブックオフもゲオも古本市場もしっかり市場を開拓しており、同時に2024年ほどではないが、活字や雑誌やコミックはすでに「今の世の中は売れない」と斜陽産業の印象は根付いていたと思う。
そんな中で個人経営の古本屋を新規開店するなんて、商売やったことがない自分であっても金儲けのセンスを感じなかった。ということで「経営のノウハウを持ってない」と思ったのだった。

店内は、角に設置されたテレビから大音量でアニメが流されていて、12畳くらいの狭い店内にギチギチに設置された棚には、誰もが知ってるメジャータイトルの漫画が歯抜けになった状態で並べられていた。棚は埋まっておらず、整頓もされてなかった。
例えばワンピースの当時最新刊から7巻前くらいの本が並べられていたので手に取ってみると、定価の3/4くらいの値段がつけられていた。高い。市場を参考にして値付けをしたように思えない。
新規開店して時間も経過していないし、本が売れない時代だから売りに来る人もいないから在庫が手薄。集まってくるのはメジャータイトルがせいぜいで、マニアックさも整然さもなく、近畿大学前にかつてあった古本屋や、大阪駅ビルにあった古本屋と比較して、本当に店としての魅力がカケラもなかった。そして、アニメの音声がうるさかった。

入店した直後に、店員の若い男性と目があったのだが、いらっしゃいませもなく、すぐ手元の漫画本に視線を落としてしまった。客はもちろん自分一人。
僕は記念で何か買いたいと思い、適当に本を手にとってレジに持っていくと、確かその男性が値段を読み上げたような気がしたが、声がものすごく小さかった。出した千円札と値札の差し引きのお釣りがちゃんと返ってくるように軽く祈った。
ふと、家に処分したい本があることを思い出し、「買い取りもやってるんですよね?」と聞いてみると、男性がこちらを見たあとに、唇を割るときのクチャっという音が一瞬鳴って、その後何も言わなかった。僕も何故か何も言わず、本を受け取ってそのまま店を出た。

あの男性が経営者だとしたら、おそらくはあの店は潰れるし、潰している最中かもしれない。例えばあの男性の親が、社会からはぐれてしまった息子に社会人のポジションを与えるため、息子が興味を示した古本屋経営を大枚はたいて試している最中なのかもしれない。
それ以降その店には行っておらず、前を通った数回目に看板はなくなり、店は消えた。発見して一年も経過していなかった。

あのどうにもなりそうになかった店は、実際どういう事情の店だったのかはもちろんわからないが、およそ社会人を経て店員をやっているような人には見えなかったので、ボランティアに近い援助を受けて店員のポジションに収まっているとしか思えなかった。
やる気が当初あったとしても、自分が見た瞬間はもう何もなかった。誰かが「どうにかなれ」と思って社会向けの洋服を仕立てたとしても、あの男性はただ、社会向けの服を着た成人した幼児だった。店に情熱はなさそうだったし、金を儲けたそうでもなかった。接客はしてくれたが、僕よりは手元の漫画や大音量のアニメに興味があるように見えて、僕は、本を差し出したときに少し悪いことをしているような気持ちになった。「何か俺ムチャクチャなこと言ってるかしら」みたいな。かといって責めるような気持ちも、怒りもなかった。

始まってしまえばなんとかなるかもしれない、と思って希望を持ったとしても、明白にどうにもならない将来があるということがわかる。それが、一度立ち寄っただけの赤の他人の自分にわかってしまった。
なんとかなる人間は、少なくともなんとかなろうとしてる人間からしか選ばれないんだろう。自分が他人から見たときに、「お前ははじめからなんとかなろうとしてなかっただろう」「なんでそんな明白にムダなことやってんだ」とか思われてたかもしれない。

その時自分なりに、必死であったとしても。
それがとても怖い。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?