2010年代の20曲 _ ⑳Official髭男dism 「Pretender」 (2019)
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2020年代を目前にして「君は綺麗だ」と叫ぶことについて
驚異的なヒットである。ストリーミングでの再生回数が史上最速で1億回を突破。ストリーミングチャートでも延々と1位に居座っており、とにかく2019年を通じて「聴きまくられた」楽曲がOfficial髭男dismの 「Pretender」である。
2015年にミニアルバム『ラブとピースは君の中』をリリースして以来、ピアノを主体としたメロディアスなバンドサウンドでじわじわと人気を拡大させてきたヒゲダン。結成初期の楽曲を改めて聴くと、当時流行していた「バスドラムの4つ打ちでダンサブルな雰囲気を出すバンドサウンド」と「鍵盤をフィーチャーしたブラックミュージック風味のカラフルなポップス」のそれぞれの要素をうまく取り入れた音、言葉を選ばずに言えば「時流を踏まえたよくできた音」という趣も強かった感が個人的にはあるが、メジャーデビュー後2作目となる「Stand by you」あたりからよりオリジナリティのある楽曲が量産されるようになってきた。
ただ、彼らの音楽的なセンスの拠り所はずっと変わっていないだろう。以前のヒゲダンが「四つ打ち」と「シティ」の融合から生まれる「時代に求められる音」を生み出していたとすると、現在彼らがいるのは「海外」と「日本」の融合によって「より普遍的で耐久性のある音」を作ろうというフェーズである。先達の取り組みに敬意を払いつつ、自分たちなりのフィルターをかけることで新しい価値を創出する。「クリエイティブ」の正しい在り方を体現しているのがヒゲダンである、という言い方ももしかしたらできるのかもしれない。
イントロのギターを筆頭に心地よいループ感のあるトラックや随所に韻を踏む歌詞など、「Pretender」には聴き終わった後に残る感覚を軽やかなものにする仕掛けが随所に施されている。悲恋を美しく綴りながら、だけど塞ぎこむだけではない。複雑だけどどこか前向きな感情の機微がこの曲には描き出されている。<痛いや いやでも甘いな いやいや>という流れは、語感の気持ちよさと曲のストーリーを加速させるやるせなさがパーフェクトに同居しており、「ポップスのメロディにいかに日本語を乗せるか」という積年の問いに対する鮮やかな回答にもなっている。
そして何より、特に印象的なのがサビのラストに配されている<君は綺麗だ>。布施明「君は薔薇より美しい」、桑田佳祐「白い恋人たち」あたりと並べたくなるようなシャウトは、この曲の「ベタな感じ」、つまりは「広く受け入れられる雰囲気」に大きく貢献している。モダンなサウンドプロダクションを導入しつつもの、日本の流行歌が基本として押さえていた情緒やドラマ性からも逃げない。そんな二面性こそがヒゲダンの魅力である。
「Pretender」は、ヒゲダンが日本の歌謡曲~Jポップの流れをさらに進化させる存在であると示すには十分な楽曲だった。この先、星野源やあいみょんと同じように、彼らも日本の大衆歌謡を先頭に立って引っ張っていくのだろう。
フェスとかそういうことじゃない
時代が時代なら「シングルで150万枚」とかそういう売れ方をしているように思える「Pretender」だが、そのわりにはそれこそ「恋」や「マリーゴールド」のように世代を越えて爆発的に広まっている感じがしないようにも思える。タイアップしている映画『コンフィデンスマンJP』も必ずしも大ヒットしたわけではないし、紅白出演は決めたものの「世間で曲が独り歩きしている」という状況にはまだなっていないのではないか(バンド名による食わず嫌いもあるのかも?)。
興味深かったのは、ハイクオリティなJポップをこれでもかと繰り出してくる2019年の名盤『Traveler』の売上が、「1億回再生」というようなサブスクでの驚異的な聴かれ方からするとやや物足りなかったこと。それでもオリコン1位をとっているわけで充分な実績なのだが、「サブスクで聴かれること」と「CDが売れること」が明確に分離した状況が生まれている。
2018年時点で「サブスク」、すなわちストリーミングサービスの市場規模は340億円。音源市場における約10%程度。やっと「市場として確認できる数字」になってきたとも言えるわけだが、グローバルで見るとまだまだ水準として低いのも事実である。「サブスクで聴かれる」だけではまだまだ「世の中に見える」という状況には届かないというのが実情だろう。
一方で、「Pretender」の再生回数を筆頭としたストリーミングサービスに関するチャートが取り上げられる回数も増えてきたし、パッケージ販売によるオリコンチャートからストリーミング含む複数の指標からなるビルボードチャートの注目度も高まってきた(オリコンの「総合チャート」はその後も大して話題になっていない)。2019年の紅白にヒゲダンのみならずKing Gnuや菅田将暉が出演するのも、「オリコンではないチャート」を見ると非常に納得感がある。
10月のMステでは、ヒゲダンを紹介するにあたって「サブスクでヒゲダンを聴く」というフレーズを解説するような企画も組まれていた。これは一時のバンド紹介の定番文句だった「フェスで入場規制!」の代わりになるものになるかもしれない。
「フェスで大勢の人を集める」から「サブスクで多く聴かれる」へのシフト。もしくはその両立。ヒゲダンのヒットは、日本のポップミュージックを先に進めるだけでなく、日本の音楽ビジネスにもこれまでと異なる角度の光を当てている。2010年代の最後にそういった存在が登場したのは単なる偶然か、はたまた時代の必然か。
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