2010年代の20曲ヘッダ

2010年代の20曲 _ ⑯星野源「恋」(2016)


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世界は星野源を中心に回っている

2011年春、震災後のスムーズな情報共有のために無料開放されたradikoのエリアフリー機能。東京でも聴くことのできたFM802で頻繁に流れていた「くだらないの中に」(震災直前の2011年3月2日にシングルリリース)に癒された音楽ファンも多かったのではないかと思う。かく言う自分もその一人だが、日常の些細な幸せを慈しむあの曲を愛でていた人たちの中で、星野源がその後「天下を獲る」ことを想像できていた人は何人いただろうか?

2010年のソロデビュー以降うるさ型のリスナーをうならせる作品を連発していた彼は、2015年のアミューズ移籍とともにその照準を「世間」に合わせる。「SUN」でお茶の間に顔を売り(この時のMステ出演時の気合の入り方はすごかった。桑田佳祐ばりの派手なステージパフォーマンスだった)、その年の紅白歌合戦に出場して一流アーティストとしてのポジションを確保したうえで、翌年の「恋」ではみんなで踊りたくなる「恋ダンス」と合わせて社会現象を巻き起こした。

「恋ダンス」のブームを呼び込んだのは、ドラマ『逃げるは恥だが役に立つ』。星野源とともに「恋ダンス」を踊るガッキーこと新垣結衣の衝撃的な可愛さがそのブームに一役買ったことは間違いない。ただ、それ以上に重要だったのは、このドラマが共同体のあり方や女性の加齢の意味についての新たな価値観を提示するものだったこと。そんなドラマを通じて「世間」を掌握した星野源は、「エンターテイメントを介して社会との接点を作りつつ、それでいて軽やかにスターになる」という非常に難しい取り組みを見事にやり遂げてみせた。

2010年代後半の星野源の活躍は、『逃げ恥』に限らず「単に売れたわけではない」というのが非常に重要である。『YELLOW DANCER』では細野晴臣などを引き合いに出しつつ「イエローミュージック」という概念を提示し、『POP VIRUS』ではSTUTSのような尖ったビートメーカーをフックアップしながらアメリカのトレンドともリンクする世界を作り上げた。いわゆる「売れ線」をなぞったものではないにもかかわらず、セールスやチャートアクション的にも破格の結果を残したこれらの作品は、「流行っている音楽ってやっぱり面白いよね」という2010年代前半に多くの人たちが忘れかけていた感覚を呼び覚ますには十分だった。

日本のポピュラーミュージックのレベルを一段引き上げたと言っても過言ではない星野源の大躍進。2019年9月には待望のストリーミングサービスの音源解禁と合わせてワールドツアーの実施を発表し、さらにはBeats 1の冠番組まで放送。あまりにもスケールの大きな仕掛けをかましてきた彼が「世間」の次に見据えるのは、文字通りの「世界」である。


何かが変わった2016年

2016年というのは2010年代のJポップシーンの中心に位置していた48グループの立ち位置にも微かな変化が生まれ始めたタイミングでもある。具体的には、『ミュージックステーション』において、48グループ全体(AKB48およびSKE48、NMB48などの「支店」)の出演回数がダウントレンドに入った。その一方で「坂道グループ」(この時点では乃木坂46と欅坂46)の出演回数が伸びてきており、ある意味では「コップの中の争い」に過ぎないのかもしれないが、CDというパッケージを「メンバー同士の露悪的な競争を促進する手段」として活用するやり方に対する飽きが顕在化し始めた時期と言える(もっとも、そのCD自体は相変わらず桁違いに売れ続けていたわけだが)。

星野源が「恋」でお茶の間の話題をかっさらったのは2016年の秋から年末にかけてだが、その背景には世間における「音楽の話題を受容する空気」が醸成されていたことも大きいように思える。48の勢いが天井を打ったこの年、欅坂46は「サイレントマジョリティー」でステレオタイプなアイドル像を打ち砕いた(2019年末現在においては、「少なくともこのタイミングでは」「表面的には」という後講釈をつけざるを得ないが)。三浦大知が『ミュージックステーション』で披露した「Cry&Fight」での無音ダンスを通じてついに「発見」された。爆発的なヒットとなった映画『君の名は。』を彩ったRADWIMPSの「前前前世」はスクリーンを飛び出してあらゆる場所で鳴り響いた。ピコ太郎「PPAP」とRADIO FISH「PERFECT HUMAN」は「お笑い×音楽」という定番の方程式を「バズ」が重視される世の中において着実に駆動させた。さらに、そんな年に「ポップミュージックが社会の中心にあった時代」の申し子とも言える宇多田ヒカルが本格復帰を果たしたわけで、「これは時代の必然である」などと軽々しく言いたくなってしまう。

日本における音楽ストリーミングサービスの本格的なサービス開始年となった2015年から1年。「CDを売ること」をトリッキーな形で活性化させてきた48グループに息切れの兆しが見えてきた中で、「遅れている」と言われることの多かった日本のメインストリームが徐々に動き出し始めた。


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