縮小水野さん

いきものがかり水野良樹さんに聞いてみた 「音楽にとって新作っていります?」

先日「税込1円」で発売された『広告』のリニューアル創刊号に、『「新作」はもういらない? 音楽の場合』という文章を寄稿しています。


こちらで読めます


「人は30歳から新しい音楽を探さなくなる」という調査結果と人口動態の変化を絡めて「もはや音楽の新作が求められない世の中になりつつある?」という仮説を提示し、それについていきものがかりの水野さんに話を聞くという内容です。

原稿内では水野さんの話を抜粋して盛り込んでいるのですが、せっかくいろいろ話していただいたのに切ってしまうのももったいない!ということで、ここではその原稿における水野さんのインタビューパートをアウトテイクも加えてフルバージョンでお届けします。

なお、先立って公開していた水野さんのこちらのインタビュー記事も、同じ日に行われたものです。合わせて読んでいただくと、水野さんの音楽に向き合う姿勢などよりわかりやすく伝わるかと思います。

なお、インタビュー自体は今年の春先に行われたものなので、そのあたりはご留意いただければと思います。それではどうぞ。

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--今日のインタビューは、事前にお伝えしていた通り「音楽にとって“新作”とは必要か?」がメインのテーマなんです。不躾なお題だというのは重々承知しているんですが…(笑)

水野 (笑)。

--最初にこのテーマをお聞きになったとき、率直にどう思いましたか?

水野 うーん……放牧中にたくさん楽曲提供をしていく中で「音楽を作るのが好きなんだな」と気づく部分も大きかったので、「新作いる?」と言われたら「いや、作りたいから作るんです」という側面があったりするのも事実ではあるんですが(笑)、もう一歩踏み込んで考えてみると「音楽と社会のつながり方」に関わる問題として捉えられるのかなと思いました。

--音楽と社会。なるほど。

水野 僕らの世代が若いころであれば、みんなの流行、ファッションの中に「J-POP」というものが明確にあって、アーティストを応援したりカラオケで歌ったりすることによってそれがある種の「コミュニケーションツール」として機能していたわけですよね。で、一般論ですが、その人たちは必ずしも「流行」「ファッション」を追い求める必要がだんだんなくなっていく人生のフェーズに今はいるわけじゃないですか。

--そうですね。ちなみに海外でも「人は30歳から新しい音楽を探さなくなる」という調査結果がありますし、あと昨年Spotifyで最も聴かれたプレイリストが「平成ポップヒストリー」という「ザ・懐メロ」というべきプレイリストです。プリンセス・プリンセス、Winkから始まるんですけど。


水野 旧作ばかりに注目が集まると、少し切ないですね。でも、すでに存在する音楽で「コミュニケーション」ができる状況であれば別に新しいものを探す必要もない、という気持ちもわからなくはないです。一方で、もっと若い世代に目を向けると、そもそも音楽が「流行やファッションとして自分を表現する道具」「コミュニケーションツール」として機能する場面が縮小していっているような気がしていて。そうだとすると、そこでも「新しい音楽」というものが果たす役割は小さくならざるを得ない。それが音楽にとってポジティブなことなのかネガティブなことなのかは一旦置いておくとして、客観的に見るとそんなことが起こっているのかなと思いました。

--それぞれの世代において、「音楽の新作」が求められない状況が生まれつつあると。さらに付け加えると、その状況は実は「音楽を聴くのが好きな人たち、コミュニケーションとか関係なくいろいろ聴きたい人たち」にも起こっていると言えなくもないですよね。今、サブスクリプションサービスのおかげで、大げさでなく「古今東西の音楽が聴ける」シチュエーションにリスナーが置かれているわけじゃないですか。

水野 はい。

--「今この瞬間に世界中の新譜の供給がストップしたとしても、“名作”と呼ばれるものを聴き切ることなく人生が終わりそう」とかって話を友人としたりもするんですけど。音楽好きにとっても、そうでない人にとっても、相対的に「新作」の価値が下がっていると言っていいかもしれない中で新たな作品を生み出すということは、少し意地悪な言い方をすると「社会にノイズを投じている」ということにもなりかねないんじゃないかと思ったりもします。もちろんそういうことを指摘し始めると、自分のツイートもブログもノイズでしかないので何も言えなくなってしまうんですが。

水野 ……何で作ってるんだろう?と思うことは、確かにあります。ただ、唯一答えられることがあるとすれば、「名作」と呼ばれるものは時間が経っても「名作」ですけど、それは「過去」であることにも変わりないんですよね。

--なるほど。確かに。

水野 一方で、今の時代は何かを消費するときには「同時であること」がもはや前提になりつつあるし、リアルタイムを体験することの価値がますます高まっている。最近の音楽の世界だと「ライブが重要」という話が定着していますが、これも「音源と違ってコピーできないから」という文脈よりも、「ライブは“いま”を共有しているから」こそ多くの人が楽しさを見出しているということだと思うんですよね。そう考えたときに、仮に「音楽の新作がなくなる」ということが起こるとすれば、「その時代のリアルタイムを伝える音楽がなくなる」「過去を表現した音楽以外世の中に存在しなくなる」わけで、その状況を受け入れられるかというと……音楽を作る人だけじゃなくて、聴く人も満足できなくなるんじゃないでしょうか。

--過去の曲も、ライブで演奏することで「リアルタイム」のものになるわけですね。

水野 ジャズなんかはまさにそうですよね。スタンダードがあって、だけど同じ曲を違うプレイヤーが違う要素を持って演奏すると、その時代のものになる。「過去のもの」が膨大にあるからこそ、そういう形でのアップデートはより求められていくんじゃないかなと。

--水野さんがそのように考える背景には、以前インタビューでお話しいただいた「「風が吹いている」は時代を相手に書いた」というような問題意識があるのかなと思いました。新作がなくなる、ということは「その瞬間のリアルタイム、つまりは時代をパッケージした作品」がなくなるということでもあると。


水野 2年くらい前に阿久悠さんについていろいろ調べていたんですけど(2017年にNHKで放送された「いきものがかり水野良樹の阿久悠をめぐる対話」)、「あの人が化け物みたいな作詞家だった」ということだけに価値があるわけでなくて、それを熱狂的に受け止める人たちがいたからこそたくさんの伝説が生まれたんだと思うんです。音楽を聴いたときの感想として「時代の空気が入っているね」なんてフレーズがありますが、それが具体的に何なのかというと、「ある作品があって、それに対して熱狂した人たちがいた」というところまで含めて「時代の空気」なんじゃないかなと。たとえば最近の話だとKing Gnuがいて、その周りにKing Gnuのような存在を求めている人たちがいる。新作というのは、その都度そういうムードを記録したものになりますよね。


--作り手と聴き手の相互作用によって生まれる「時代」というものを表現するメディアとしての「新作」の必要性、という観点があると。

水野 はい。そういうものは必要だと思うんですけど……ただ、「何らかその時代の空気を閉じ込めたものは必要だ」とは思う一方で、「その役割を果たすものが本当に音楽でなければならないか?」って問いもありますよね。

--確かにそうですね。シビアに見れば。

水野 たとえば最近だと、イチロー選手の引退とそれにまつわるムーブメントが日本国内の「時代の空気」を最も表現しているものかもしれない。90年代から2000年代初頭にかけての日本は音楽が世の中の中心にあったからこそ常に新しいもの、つまりその瞬間瞬間の空気をまとっている音楽がたくさんの人から求められていましたが、きっとあの状況は「たまたまそうだった」というだけの話なんですよね。たまたま時代の中心に選ばれて、中心にあるからお金が集まって、ムーブメントになって……という流れがあったのと、「音楽そのものが価値を持っていた」というのは厳密に言うと別の話で。だからあの時期の音楽を取り巻いていた環境を基準に今の音楽のあり方について考えるのは違うような気がするし、もしかしたら今は「“音楽には”新しいものを求めない」というような雰囲気もあるのかもしれない。音楽家としてはそういう状況を打破できるならしたいですし、音楽と社会の新しいつながり方を提示していかないといけないのかなと思います。

--やはり水野さんにとって音楽を作ることと「時代」「社会」と対峙することは密接につながっていますよね。ちょうど阿久悠さんについての番組でも、糸井重里さんと水野さんの対談の中で糸井さんから「(阿久悠は)時代とか言い出してからつまらなくなった」という旨の話も出ていましたが……

水野 あそこは辛辣でしたね(笑)。

--はい(笑)。水野さんにとっても、そういう大きな概念との距離の取り方は重要なテーマなんだなと。

水野 そうですね……今はSpotifyとか、音楽を楽しむための道具がどんどん増えていっているし、音楽好きにとっては歴史上一番幸せな時代と言えるのかもしれない。だから「何かネガティブに考える必要ってあるの?」という見方もできると思うんですが、そういった動きが「あくまでも趣味の世界の出来事」にとどまっているような印象もあるんです。音楽がもっと「社会に対するアクション」として機能するにはどうすればいいか、というのは音楽をやっている身としてこの先も考え続けていくことになると思います。

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