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第二章 心理療法のプロセス 序 全訳

「奇跡のコース 心理療法」第二章 心理療法のプロセス より、序文の訳をお届けします。

今回は対訳ではないので、原文を知りたい方は、ネットで検索するなどしてくださいね。

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面白いのは、クライアント ( 原文では患者 : patient ) が、間違った、つまり無理な目標を掲げてやって来るだけでなく、セラピストもまた、いくぶん魔術的な、間違った目標を持っているという点です。

そして、最終的に、セラピーがうまく行ったなら、双方が、その目標を手放すといいます。

もしかすると、それが、人間関係の醍醐味なのかな、と思います。

結局、そのままで愛せるのが…

言うほど簡単じゃないけど…

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セラピスト、カウンセラーさんには、耳の痛い話かもしれません。

多くの人の相談に乗れば乗るほど、自分が答えを知っていると思って、その方向に、最短で導こうとしがちになってはいないでしょうか。

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正しさよりも、平和を。

許せなかったことが、許せるようになること。

それが、成長ということなのかもしれません。

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< 全訳 >

※ 今回は勢いで訳しました。あまり推敲していません。


心理療法のプロセス 序

心理療法とは、自己への見方を変えるプロセスです。

この「新しい」自己は、よくて、より役に立つ自己概念ではありますが、心理療法に、現実※の確立を期待することはほとんどできません。

※ ここでの「現実」とは幻想に対する概念で、「真実」に近いものです。

それは心理療法の機能ではありません。

現実への道を開くことができれば、心理療法は、最終的な成功に至ったことになります。

その全体としての機能は、結局、患者が基本的な間違いに対処するのを助けることです :

その間違いとは、怒りが本当に欲しいものを自分にもたらすという信じ込み、攻撃を正当化することで自分自身を守っているという信じ込み。

程度の差こそあれ、患者はこれが間違いであると悟り、その程度に応じて、真に救われます。

患者は、このような目標を心に抱いて治療的関係に入るわけではありません。

それどころか、そのような概念は、彼らにとってほとんど意味がありません。

そうでなければ、彼らは助けを必要としないでしょう。

彼らの目標は、自己概念をまったくそのままに保ち続けられることですが、それに伴う苦しみはなくしたいのです。

彼らの心の平静はすべて、これが可能であるという、正気でない信じ込みに基づいています。

そして、正気の心からしたら、これは実に明らかに不可能であるため、彼らが求めることは魔術なのです。

幻想においては、不可能なことも簡単に達成されます。

ただし、幻想を真実とするという代償を払うことによってのみ。

患者はすでに、この対価を支払っています。

今や、患者は「よりよい」幻想を求めているのです。

だから、最初、患者の目標とセラピストの目標は食い違っています。

患者と同様、セラピストもまた、間違った自己概念を抱いているかもしれませんが、やはり、それぞれの考える「改善」は異なっているに違いありません。

患者は、自分の自己概念を大きく変えることなく、自分が望む変化を手に入れる方法を知りたいと思っています。

実際、患者は心理療法において、求めている魔術的な力をその中に込めるべく、自己概念を十分に安定させたいと願っているのです。

患者は、傷つきやすいものを傷つかないものに、有限なものを無限なものに変えたがっているのです。

患者が自分だと見なしているものが、患者にとっての神であり、患者はその神によりよく仕えることだけを求めているのです。

自身がどれだけ真摯であるかに関わらず、セラピストは、患者の自己概念を、自身が確かだと信じるものに変えたいと思うに違いありません。

セラピーに課せられた任務の一つは、こうした違いに折り合いをつけることです。

望むらくは、双方が自分のもともとの目標を諦めるようになるでしょう。

というのも、救済が見出されるのは、関係性においてのみだからです。

最初は、患者もセラピストもどちらも、魔術的なニュアンスから完全に自由にはなれず、非現実的な目標を受け入れてしまうのは避けられません。

その目標は、最終的には、双方の心において、放棄されます。

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以上です。

※ Urtext とFIP版のあいだに違いはないようです。

お読みいただき、ありがとうございました。

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