見出し画像

屍人の夜⑤




地獄で死者が溢れた時、死者は地上を歩きだす…。


      映画『ゾンビ』(米1978)より  



2025年、7月……とある地方の中核市は屍人しびとによって包囲された…。


そして町は地獄絵図と化していった。



缶詰め工場を辞めた伊藤隼平じゅんぺいは、その日、街で遊びにふけっていた。風俗やパチンコ、昼飲みと堕落した生活を送り、道楽三昧に浸っている時だったが、本人は至って平常心を保っていた。これまで缶詰め工場で文字通り缶詰めになって必死に働いてきたのだから、これは自分にとってのご褒美のようなものだと、思っていたくらいだった。…だがしかし、突如として現れたゾンビの来襲により世界は一変した。


居酒屋「しゅうちゃん」の裏の勝手口から逃げ出した隼平は屍人に囲まれた街中をすり抜け郊外を目指した。

隼平はとにかく逃げた。日課のジョギングをしていると言うだけあって、長距離を走るには自信があった。その甲斐あってどうにか逃げる事に成功したのだった。
だが、時間が経過すると共に感染が拡大。
逃げ惑う人々…、食われてゾンビになる者…。
奴らは老若男女、なりふり構わず襲った。
瞬く間に数を増やし、群れを成し、街を占拠し始めた…。

逃げる隼平だったが、さすがに数が多すぎてしまい、ゾンビに囲まれてしまった。
慌てた隼平は近くにあったアパートへ逃げ込んだ。アパートにゾンビが占拠していたらどうするなんて、考える暇はなかったし、ゾンビに囲まれてしまった為、とっさの判断でアパートへ逃げ込んだ。そのアパートはいわゆる10階建ての団地アパートだった。古めかしいバブル期に乱立されたようなアパートだ。
隼平はアパートの階段をひらすら走って上へ上へと昇り走った。下からどんどんゾンビの群れが追いかけてきた。逃げろ!とにかく走れ!腐敗した屍人は恐怖と共に彼を追いかけて来た!…。かなり上ったが、ついに行き止まりになってしまった。隼平はついに万事休すか、その時だった!目の前に屋上へと通じるドアがあった。

ジュンペイは開けようとしたが、ドアノブが開かない!鍵が掛かっている!アパートの屋上のドアというものは、大体鍵が掛かってるものだ。ジュンペイは階段の手摺てすりの隙間から下を覗くとゾンビはすぐそこまで来ていた。あの世から来た屍人はうめき声をあげながら隼平を狙って襲って来る。もうすぐそばまで来ている!ドアを叩いた「誰かいるのか!開けてくれ!助けてくれ!早くっ!」だめもとで叫んだ!
ゾンビはついに隼平の視界に入ってきた、身も毛もよだつ姿は、腐敗臭と崩れた顔と、腐った体の化け物は数メートル先に迫っていた。
もうだめだ!と思ったその時だった。

なんと屋上へ通じるドアが開いたのだ、いや人が開けたのだった。屋上に人がいたのだ。「早く中へ入れ!」
隼平は急いで屋上へ駆け込んだ。

ドアの向こうへ入ると、すぐにドアは閉められた。ゾンビがドアを叩く音が屋上の部屋に鳴り響く…。ドアは鉄の扉で頑丈だ。

「あ〜…助かった…危なかったよ…」隼平は安堵の表情と声を上げた。

「すまない…てっきり奴らかと…まさか生存者がいるなんて…」がっちりとした体格の男が言った。

「大丈夫か?街はどんな状況なんだ?!」

「ああ…、何とか…走って逃げて来たんだ、でも町は奴らで大変な数だ、走って逃げるのも限界だ!」

隼平は息を切らし、眉間にシワを寄せながら必死に伝える。

「そうか、もうそんなに増えてしまったか」

「俺たちも何とか、逃げて来たんだ。俺はこのアパートの住人で、管理人室から鍵を取って来て、屋上に隠れていたんだ」

屋上にはがっちりした男と、男女数人がいるようだ。

「これ飲んで…」

男はペットボトルの水を差し出してきた。

「ありがとう…」ジュンペイは受け取った。

「しかし、何でこんな風になってしまったんだ?突然だったから…」

「それが分からないんだ、太陽のフレアの影響だと言う人もいるし、違うという人もいるし、今のところ何も分かっていないようだ」

「携帯も繋がりにくいし、テレビも映りにくい状況だ。これはフレアの影響らしいけど、それが人をゾンビにした証拠ではないらしい」

「いづれにしても、太陽のスーパーフレアによる放射の影響が引き金みたいだ」

「スーパーフレア?太陽の?」

「太陽の黒点が活発化して大爆発を起こしたものだ…」

「それでゾンビに?」

「いや、だからそれが分からないんだ」

「直接なのか、間接的なのかは未だに謎らしいの…」

「太陽フレアのプラズマの影響で地球の磁場が狂ったんだ」

「どうあれ、最悪の状況には変わりはない」

「で、この先どうする?…」

「状況を打破しなければ…」

「助けは来るのか?…」

「政府や警察、自衛隊も身動きが取れないと…」

「このままこうしてじっとしているのかよ…」

「俺はごめんだね、そのうち奴らがドアを壊して入って来るかもしれないぞ…」

「そしたら全員ゾンビになってしまう」

「逃げるって言ったって何処へ?」

「安全な場所なんてあるのかよ…」

「自衛隊の基地とか、警察署とかは?」

「怪しいもんだ、調べようがない」

「それまでどこに居たの?」

「居酒屋にいた、今は無職だからちょっと飲んでいたんだ」

「今、何時だ?」

「7時ちょっと前」

屋上に取り残された人たちは様々な議論を交わした。


フレアの影響で夜空が紫色に染まり、オーロラに包まれている。


「普段なら幻想的な夜なんて言えるのに、今は、屍人の夜だ…。」



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?