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『交差点』

自分嫌いが街を歩いていた
向こうからも
馴染の自分嫌いがやって来た

いつもなら

憂鬱な顔で

やぁ、死にたいね

あぁ、この世はいつだって絶望的さ

という挨拶をかわすところなのに

その日は違ってた

やぁ、死にたいね

と声をかけると

後から来た方は言った

何、暗い顔してんだよ!
今日はこんなに良い天気なのに!
俺たちは生かされてるんだ!
これ以上の幸せはないぜ!

自分嫌いは驚いた

お前いったい何があったんだい?
どうしてそんなに変わったのさ?

後から来た方は言った

臨床試験、ってやつを受けたんだ

一粒
たった一粒の薬を飲んだだけなんだぜ

俺は変わった
変わったのさ!
もう、悩みなんかに振り回されずに生きていけるんだ!

気分はいつも上々
明日が来るのが楽しみなのさ

それを聞いて自分嫌いは尋ねた

お前のあの悩みたちは
どうなったんだ?

人と同じように振る舞えない
とか
頑張っても空回りをしてしまう
とか
愛されたことがないから
愛し方を知らない
とか
不器用で上手く生きられないと
あんなに悩んでいたじゃないか

後から来た方は言った

言っただろ
俺、変わったんだ

もうそんなこと
どうでもよくなっちまったよ

世界が明るく見えて仕方ないのさ!

良かったら紹介するぜ
お前だって変われるよ

自分嫌いは何も言わずに通り過ぎた

胸には穴が空いていた

どっちが正解なのだろう

自分を捨てて
新しい自分を生きるのと
苦しみにもがく
自分に囚われて生きるのと

でも、
たった一つ
分かったことがあったんだ

あいつは結局自分を殺したのだと

そうすると
不思議と涙がこみ上げてきた

俺は
俺を愛している

ちっぽけで
不器用で
上手く生きられなくて
愛し愛され方を知らない自分を

どこの誰より愛している

他の誰かになんて
なりたくないんだと

自分嫌いは一人になったけど

心は満たされていた

薬がなくても
一番変わったのは

自分嫌いだったのかもしれない

見上げると
空がやけに青かった


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