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真夜中の加湿器。

今回は「加湿器」について。

空気が乾燥しやすい冬の間は、寝る時に加湿器を稼働させている。加湿器を使わずに寝ると、朝起きた時にのどがやられてしまうことが多いからだ。歌うことをライフワークの一つにしている身としては、のどを痛めることへの恐怖心は、比較的強めだと思っている。その恐怖心のせいで、のどが少しでも痛いと、ライブの予定が無かろうがとても滅入る。日常生活に支障を来さない程度でも、顔が濡れたアンパンマンくらいに力が出ない。新しいのどを作ってくれるおじさんも、新しいのどを百発百中で投げつけてくれる助手も、そもそも交換できるのども持ち合わせていないので、せいいっぱい一人きりでばいきんまんやかんそうまん(多分そんなキャラいないけど)と戦い、自分で自分ののどを守っている。歌い過ぎて痛くなった程度なら翌日には大抵回復しているけど、そうじゃない場合の、それこそ乾燥や風邪なんかでいったん痛めてしまうと、治るまで結構時間が掛かるタイプで、その時の絶望感ったらない。のど飴何粒だろうが、うがい何回だろうが、僕の場合は即効性がほぼないので、とにかく痛めてしまわないように気をつけている。そのための加湿器。信頼と実績の加湿器。いつの間にか、僕の“家電のヒエラルキー”における、かなりの上位クラスに彼は登りつめていた。

今使っている加湿器は決して高いものではない。かなり昔(多分10年以上前)に買ったもの。当時、空気清浄機を探している時に、「加湿機能」がついているものとのついていないものがあって迷っていた。その時に店員さんに、「加湿機能付きは水を入れるタンクが付いているので重いから、加湿器を別に買った方が使いやすい」とのアドバイスをいただき、それに従った。某プラズマクラスター系の空気清浄機はそこそこのお値段だったけども、最終的にはそれを買い、そして加湿器はシンプルで安価なものにした。そのどちらも、現在も我が家で大活躍中なのだが、上記のような状況もあり、加湿器さんの功績を評価する機運が日に日に、そして年々高まった。幸い、僕自身は花粉症ではないので、症状が出ている家族ほど、空気清浄機さんへの依存や期待は特になく、のどがやられる空気の乾燥から守ってくれる加湿器さんに感謝の気持ちが集中している。多分、プラズマクラスターも見えないなりの効果を発揮してくれているのだろうけども。やはり蒸気を目に見える形で、黙々と、そしてモクモクと吐き出し続ける加湿器さんのアピール度に上手いことやられているのかもしれない。

そんな僕の期待を一身に受け止めている加湿器さんに、毎晩水を入れる担当はいつも自分。寝る前に、僕が水をめいいっぱい補充して、スイッチを入れ、寝る。これがここ数ヶ月の日課になっている。ただ、つい先日こんなことがあった。

寝る準備を済まし、いつものように加湿器に水を入れ、所定の場所に設置し、コンセントをつないで、そしてベッドに入った。あぁ今日も疲れたなぁ明日も頑張ろうなどと思いながら眠りにつこうとするも、その日はなかなか寝つけなかった。日によって入眠具合に差があるのはよくあることだけど、その夜はやけに寝つきが悪く、なんとなく息苦しささえも感じた。おかしいな、なんだか空気が乾燥してるような…さっき加湿器もセットしたのに…と!ここで気が付いた。なんてことはない、加湿器に水を入れ、コンセントにつないだだけで、肝心のスイッチを入れ忘れていたのだ。コンセントをつないだ後に、スイッチを押さなければいけなかったのに、水を密閉しただけの容器を置いて、つないだだけで、満足して寝てしまっていた。そのことに気付き、すぐさま跳ね起きて、スイッチを押した。とんだ間抜け野郎だなと自嘲しつつも、これでもう大丈夫と、今度こそ眠ろうとした。ところが事態は次の展開へ。

スイッチをきちんと入れたので、当然加湿器が稼働し始める。内部の水を沸かし、蒸気を放出する。ブクブク。グツグツ。ブワー。シュワ―。暗闇にその稼働音が響き渡る。おそらく、実際には大した音ではないはずなのだけど、ここまでの流れで、その音に無意識に耳を傾けてしまっている自分がいた。するとどうだろう。その音が気になって、まったく眠れない。さっきまでは加湿器を動かし忘れて空気が乾燥していて眠れなかった。今度は加湿器が空気を潤してくれてはるが、稼働音が妙に気になって眠れない。そうこうしているうちに、今度は思考が別な方へ向く。

なんか、こんな感じの歌詞で、スガシカオさんっぽい曲がもしかしたら書けるかもなー…と。完全にスガさんの「真夜中の貨物列車」や「真夜中の虹」、「深夜、国道沿いにて」辺りのイメージに引っ張られているとは思うんだけど、「なんだか息苦しいのは空気が乾いているから」「加湿器の音が気になって眠れないんだ」みたいな感じで、Aメロからサビへの歌詞の展開とメロディのイメージを、早く眠りたいはずの気持ちとは裏腹に、どんどん膨らませてしまう。こうなると厄介。きっかけは様々あれど、ごくまれにある、あれこれ考え始めちゃって、眠れなくなってしまう悪いパターン。でも、こんな感じで曲が出来ることもある、ある意味ではいいパターン。寝る間際に、思いついたフレーズをこねくり回して、後々曲になったことが実は結構ある。
そうやっているうちに、加湿器が水を沸騰させる音も収まってそっと静かに蒸気を出し始め、乾燥していた空気を潤してくれていたので、心地よく眠る環境は整っていた。だけど今度は頭が起きちゃって眠れない。Aメロはいい、サビはどうしようか、なるべくシンプルにまとめたい、スガさんの他の曲でも「坂の途中」「ぬれた靴」みたいなテイストの曲もいいよなぁ、この2曲は、村上春樹さんも好きだって言ってたっけなぁ、「真夜中の虹」みたいにかっこよくはいけなそうだなぁ、そういえばもっと他にも好きな曲あったなぁ、何て言うタイトルだったっけなぁ、ミスチルの桜井さんとコラボした曲もいいよなぁ…と、延々と思考は巡り、ぼんやりと見えていた新曲のかたちは、少しずつ、水蒸気のごとく、闇の中へと消え去り、僕はといえば、いつの間にか睡魔に負けて眠りの中へ…そして気付けばそこはいつもの朝。歌詞の欠片だけが頭の片隅に残っていましたとさ…。

そんなわけで「真夜中の加湿器」、もしくは「深夜、加湿器のスイッチを入れ忘れて」というタイトルの新曲は、残念ながら未完成のまま。あれ以来、加湿器のスイッチは忘れずに押している。おかげで、のどは無事で、風邪にもウイルスにも負けずに過ごせているけども、仕事もひと段落したので、季節が変わって忙しくなる前に曲作りに少し時間を取って、加湿器の歌を仕上げてあげたい。だって春が来ると、また来年の冬までクローゼットの奥へしまわれてしまうから。毎晩僕に蒸気を与えてくれて本当にありがとう。惜しみない敬意と愛を込めて加湿器の歌を…さぁ頑張ろう。

今回はこの辺で。それではまたそのうちに。ちなみに最近よく聞いているのは、「Sugarless」と「Sugarless Ⅱ」をなぜか今。

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