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苦い思い出

生まれて初めて、男の人から喫茶店に誘われた。誘ってくれたのは、ちょっと気になっているサークルの先輩。

僕はブレンド。何にする?

先輩がメニューを差し出す。
親と一緒のときくらいしか入らない、昭和レトロな雰囲気の喫茶店。クリームソーダの文字が目に入ったが、お小遣い前の財布にはちょっと厳しめなお値段。そこで私も先輩の真似をしてブレンドを頼む事にした。お値段もお手頃だしね。

私もブレンドにします。

そう先輩に言うと、先輩が

このお店初めてだよね?初めて来るお店でブレンド頼む人って、コーヒー通だって聞いたことあるけど、もしかしてコーヒー通?

と言った。
コーヒーは苦くて好きじゃないんだけど、お金がないから仕方なくブレンドにしたとは言えず、ええ、まあ‥と、下を向いて小さな声で返事をした。

ブレンドが2つ、私たちのテーブルに置かれた。先輩が

ここのブレンドね、飲んだ後、鼻に抜ける甘い香りがいいんだよ。だから是非ともストレートで飲んで欲しいんだよね。

そういってニッコリ笑った。私は『ちょっと無理‥。』と言いそうになったが、その言葉を
ブレンドと一緒にゴクリと飲み込む。

にがい‥

口の中に、まるで炭を齧ったかのような苦味が広がった。鼻に抜ける甘い香りって一体なんなの?と叫びそうになるのを耐えて、ゴクゴクとお冷を飲む。その様子を見て先輩が、

水を飲んで口の中をリセットしてからの二口目。かっこいいね!

と言うので、仕方なくブレンドをもう一口。うわあ、苦い。私はブレンド、お冷、ブレンドの繰り返しをして、やっとの思いでブレンドを飲み終えた。
それを待っていたかのように、先輩はサッと伝票を持つと、席を立ってレジに向かった。私は慌ててお財布をまさぐりながら後を追うと、

デートのときは男性が支払うもんなの。だから今日はいいよ。

彼はそう言って、スマホを出して支払いを済ませた。

店を出て先輩にご馳走様を言うと、彼は

こちらこそ今日はお付き合いありがとう。また誘ってもいい?今度はブレンドじゃなくて、クリームソーダでもいいよ。

そう言ってニヤリと笑った。気付かれてた!
私は真っ赤になって俯いた。

(了)




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