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人体のバグと戦う

240215(Thu.)

朝、起き抜けに1本火をつける。気分が上がらない日はこうして一日を始めるけれど、それで別に気分が上がるわけでもない。ただ、ルーティンの中に自分を閉じ込めることで時間を費やすことに意味があるという気がするから。家で煙草を吸う行為、途方もなく独りだ。
明日、親知らずを抜くから一応これで最後にしてタバコをやめることにする。一旦ね。

240216(Fri.)

10時に病院へ着いていなければならない。間に合うように身体が起きてそのまま回転寿司みたいに目的地へと運ばれる。アクセスの悪い場所に行かなきゃけないとき、車をもっていればなあと思う。けれどそれ以外の場面で思うことが全くないから、まだしばらくは買わないんだろうな。バイクが欲しい。

点滴を打ちながら本を読む。春見朔子さんの『そういう生き物』。特に事件が起こるでもなく、ただ各々の日常が進んでいくという感覚がそこはかとなく気持ちい。点滴のしずくがポタっポタっと落ちていく感覚に似ていて滴を見つめているのか本を読んでいるのか曖昧になる。
カタツムリが出てくる作品はたまにあるけれど、本作含め、どこか穏やかだな。”ゆったり”というイメージがその生き物にはあるんだろうか。ウェザーリポートは除くとして。

15時から歯を抜く。担当の看護師さんが脅かしながらも「頑張って(ぐっ)」と言ってくれて、理学部出身だから惚れそうになった。

下の歯を2本抜くために切ったり削ったりと色々あったが、施術自体は全く痛くなくて口を開け続けることだけが少し疲れた。でもまあそれくらい。目では見えなかったが、音から察するにかなり仰々しい機材を使っている気がする。人体のバグを取り除くためにここまで高度な技術が必要になること自体は間違っていると思う。誰に責務があるのかはわからない。

終わってからも担当の看護師さんが(私は喋れないのに)無限に話しかけてくれた。理学部だk (略)。

そういえば、昨日の朝からタバコを吸っていない。今で大体30時間。概念としての健康が身体に宿り始めてきた。細胞がポツポツと再生していく。

240217(Sat.)

点滴を一本打ちながら、午前中を過ごす。12時くらいには退院できるとのこと。友達が、病院まで迎えに行ってあげようかと嬉しい提案をしてくれたけれど、口が腫れて上手く喋れないからバスで帰るよと伝える。

バスに乗り遅れた。土曜日の病院の出口ってこんなによく分からないところにあるんだ…と迷ってしまったから。とはいえ、どっちにしろ今日は無限に時間があるので歩いて行けるところまで行く。いつの間にか、だいぶ寒さも和らいできた。これから花粉が舞うから、今だけが生存器官の生存期間。

240218 (Sun.)

顔が腫れている。面長に近い。それでも暇は暇なので、カフェでデスクワークを済ませる。1時間とかからずに済んでしまったので、後輩にお茶しよと声をかける。 だらだらコーヒーを飲みながらおしゃべりに付き合ってくれる人間はとても貴重だ。研究所の後輩たち、なんとかして関東で働いてくれないかなと思うけれど、私にそれを決める権利は存在しない。

Twitterで話題になっていた屋宜知宏さんの『ヒトナー』を読む。絶賛の声ばかり目に付いたが、私にはどうしても受け入れられなかった。ヒトという生物がその他の動物から線形独立に優位であるというアンコンシャスバイアスの塊を感じる。
「人は万物の霊長であり、そのため人は他の動物、さらには他の全ての生物から区別される」という考えがどうにも受け入れ難い。

240219 (Mon.)

レイトショーでアリアスター監督の『ボーはおそれている』を見た。主演はホアキン・フェニックス。水で始まり水で終わる、構成が緻密で納得感のある映画だった。場面場面に散らされた異常な映像は8番出口みたいだ。映画あるあるなんだけれど、「序盤に出てきたあいつが実は…!?!?」みたいな構成、人間の顔を覚える能力がないせいで適切なタイミングで驚けないよ。

240220 (Tue.)

いつにも増してやる気が出てこない。そういう日もあるよなあと自分を甘やかしながら、ダラダラと実験をする。昨日の夜仕掛けた反応が問題なく進んでいたので、結晶でろ〜〜と祈りながら放置する。そろそろ化学会の発表スライドを用意しなければ、と意気込みながら、公聴会のスライドを英語に変換していく。ちょっと、足りないデータをそのうち追加する。

禁煙(広義)しているので、ストレスがたまらないように自発的にガムを噛んでいる。ストレスを予防する、というのはなんだか不思議な感覚だ。予防と言うものが本来持っている不確かさをひしひしと感じる。例えば怪我や事故であれば、具体的な対策で防止することが可能だが、一方でストレスに関しては、”予防”という行為によってそれ(今回であれば煙草の不在)をより強く感じてしまうことに繋がりかねない。だから本来であればもう一段階メタな行為が必要になるわけだけれど、今のところ具体策を思いついていない。そんなことを考えながらガムを噛んでいたら、抜歯後の縫合糸が抜けてしまった。明後日、抜糸で病院に行く予定があるのだけれど…。奥歯に物が挟まったような物言いで、「糸、抜けちゃいました…」と伝えるしかないな。幸いなことに練習は済んでいる。

240221(Wed)

後輩とランチと称してたこ焼きを食べにいく。ちゃんとしたたこ焼きって実はあまり食べる機会がない気がする。外はカリッと、中はふわっと。これって自宅で実現するの結構難しいよな。境界条件のイメージがつかない。製法、外側だけ先に作ってしまって、中に後から生地を流し込んでも似たようなのは作れるんだろうか?シュークリームみたいなやり方で。

夜、スタバe-ticketの期限が迫っていたから、スタバンゴハンにする。¥700のフードチケットが余っていたんだけれど、ショーケースに置かれているフードが軒並み¥500程度。設計の妙だ。512円のチョコレートケーキとホットコーヒーを頂く。美味しい。

ケーキとコーヒーのセットを見る度に、漫画『探偵学園Q』の1シーンを思い出す。甘いケーキに甘いジュースが合わさって出てきたことに違和感を覚え、「珈琲の利尿作用を私に避けさせた…ということは、トイレで殺人が起きているはずだ!!」というあまりに凄まじい論理展開。あれ、作者絶対最近「コーヒーには利尿作用がある」っていう知識を得たんだろうな。



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