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Re-ClaM 原書レビュー/Gwen Bristow & Bruce Manning, The Invisible Host

 10月に Dean Street Press から復刊された Gwen Bristow & Bruce Manning の長編 The Invisible Host を読みました。1931年に Mystery League というレーベルから刊行され(おやっと思った人はなかなか記憶力がよろしい。エラリー・クイーンがEQMM以前に編集を担当し、残念ながら四号で廃刊となった雑誌 Mystery League と同じ版元です)、刊行後まもない時期に The Ninth Guest の題で舞台化されて大当たり、1934年には舞台版が脚色の上で映画化され、大西洋を越えてヨーロッパのスクリーンにも進出しました。アガサ・クリスティーはこの映画を見て『そして誰もいなくなった』のアイディアを思いついたのではないか……という説もあるほど、本作と件の作品にはプロットに似通った点があります。

 ある日、八人の男女に宛ててパーティーへの招待状が電報で送られます。「ニューオーリンズで過去に行われたどんな催しよりもオリジナリティのあるパーティーを、今週土曜日の八時からビアンヴィルビルディング最上階のペントハウスにて行います。万障お繰り合わせの上、ぜひご参加ください」
 社交界の女王マーガレット、大学教授マレー、百万長者ジェイソン、売れっ子作家ピーター、切れ者の弁護士シルヴィア、アイルランド系の元政治家ティム、ディレッタントのハンク、有名映画女優ジーン。まさにニューオーリンズの上流階級を構成する八人のゲストは、パーティーが始まっても姿を現さないホストが提供する行き届いた酒食のサービスを堪能します。しかし、夜十時になった時、室内のラジオから不気味な声が響き渡りました。「ニューオーリンズを代表する皆さん、今宵はお越しいただきありがとうございます。さて、それでは命を賭けた知恵比べを始めましょう」
 正面の扉はゲストが揃った時点で高圧電流によって封じられた。ゲストは室内に仕掛けられた「趣向を凝らした殺人装置」によって殺されないよう、知恵を絞ってすべての罠をかいくぐり朝まで生き延びなければならない、とホストは語ります。まるで冗談のような雰囲気の中で、「見えざるホスト」は「まずは、夜十一時までにこの中で一番生きている価値のない人間を殺すことにした」と宣言するのですが……

 クローズドサークルに閉じ込められた人々が姿なき犯人に次々に殺されていく、というシチュエーションはなるほど『そして誰もいなくなった』に似ているとも言えます。「見えざるホスト」が語りだす第四章までは物語の進みが緩やかでもどかしく思うかもしれません。しかし、八人の男女の、各人各様の華やかな細部を散りばめながら各人の人間性を掘り下げていくという第三章までの趣向は、全員が口にする食物に毒を混ぜるといった安易な殺人法をつまらぬ罠(Trick)だと唾棄し、ゲスト一人一人が己の弱さに屈し、心折れた瞬間に殺す手口に知的なもの(Wit)を見いだす犯人の無邪気な邪悪さとしっかり結び付けられているので、無駄にはなっていません。
 物語が動き始めて以降は、途切れることなくサスペンスフルな展開が続きますし(上で述べた第一の殺人からして至妙ですし、「次は最大の好敵手となるだろう***を殺すことにした」と指名してからの第三第四の殺人の流れは特に見事)、最後まで読者の予想を裏切るどんでん返しを仕込んで飽きさせないエンタメ精神は時代を大きく先取りしています。終盤、たった三人の生き残りの中に潜んだ犯人の正体を推理で突き止めるシーンがあるのですが、そこで回収される伏線はゲストたちの細かな言動の中にフェアな形で用意されているので、本格ミステリとして読んでも及第点は与えられるのではないでしょうか。
 徹底的な調査によってゲストたちの秘密を的確につかみ、彼らの言動や癖を先読みしてそこかしこにネタを仕込んでおく犯人があまりにも優秀すぎるのはやや非現実的かもしれません。しかし、それも映画『SAW』シリーズをはじめとするソリッドシチュエーションホラーの忘れられた原点として見れば不思議と納得できる次元のもの。卑劣な奴、一人になった奴から死んでいくなど今となってはお約束の展開がてんこ盛りなのも嬉しいところ。マイケル・スレイドやジャック・カーリイのような、ショッカーと本格ミステリをミックスする作風の作家が好きな人は間違いなく楽しめるでしょう。

 最初に書いたように本書は2021年10月に90年の年月を超えて復刊されたのですが、偶然にも11月下旬に私家本で翻訳刊行の予定があるそうです(『姿なき祭主』綺想社)。上のレビューを読んで気になった人はこちらもチェックしてはいかがでしょうか。とはいえ、本書は一文が短く単語も難しいものが少ないので、原書で取り組んでも苦にならないと思います(実際、三門も一度も辞書を引きませんでした)。ぜひお試しあれ。なお、私はPBで読みましたが、12月には電子版も刊行予定とのことです。

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