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上場家族

〇テレビCM・ワンルームの室内
  女性A(24)、洗濯物の下着をピンチハンガーにつけて部屋干している。
その分、部屋が狭くなっている。
女性A「部屋干しすると部屋が狭くなるな」
  女性A、ため息。
  そこへ突然、少女(8)が現れ、カーテンを開け、窓の外を見る。
  燦燦とお日様が出ている。
少女「こんなに晴れているのに、部屋干し?」
女性A「だって、外に干すと人の目が気になる。外には干せないわ」
  女性A、少女と一緒に窓の外を見る。
  歩道には、サラリーマンの男性や自転車に乗る男子学生、買い物かごをもっている女性が見える。
  女性A、その場にしゃがみこみ、恥ずかしそうな顔をして、
女性A「やっぱり嫌だわ、外には干せない!」
  少女、カメラ目線で、
少女「そう! 洗濯物にもプライバシーがあります! 否! プライバシーの塊です! でも、外に干したい! 晴れた日ぐらいお天道様のもとに干したい! けど、人に見られるのは嫌! そんな時、これを使って」
  少女、洗濯カバーを出す。
  女性A、少女から洗濯カバーを受け取る。
少女「そのカバーをまずハンガーに乗せて。そして、洗濯物を付けて」
  女性A、ピンチハンガーにカバーを乗せて、洗濯物をつける。
少女「洗濯物を付けたら、ピンチハンガーの上にのっているカバーを下ろして」
  女性A、カバーを下ろす。
女性A「あ、洗濯物が見えないわ!」
少女「これなら洗濯物を外に干せるでしょ」
女性A「ほんと、衣類から漏れるプライバシーも守れる(微笑む)」
少女「しかも、カバーは洗濯物と一緒に洗えるから衛生的」
女性A「うん(頷く)」
  ピンチハンガーに洗濯カバーがかかっている。
少女「これは、洗濯干しの革命です!」
  女性Aの喜ぶ顔。
少女「洗濯カバーは、衣類から漏れるプライバシーを守ります! これからは、洗濯物にカバーをかけて干しましょう!」
  少女、腰に手を当て、大勢の洗濯をする女性たちに囲まれている。
ナレーション「おかげさまで、百二十万個突破!」
  テレビCMが終わる。

〇居間
  テレビCMを見ている磯部水穂(71)。
  水穂は、大きなちゃぶ台でご飯を食べている。
  水穂、居間の窓の方をみると室内に洗濯
カバーのかかったピンチハンガーがぶら
下がっている。
  すると、その居間の窓の外に、杉本儀一(68)が顔を出す。
儀一「お、いたいた」
水穂「なんか様かい?」
儀一「どうせ一人寂しくしてると思ってさ、遊びに来たんだよ」
水穂「何言ってんだい! またタカリに来たんだろ? お金なんて出さないよ」
儀一「おいおい嫌だなぁ。タカリはないだろうタカリは。先入観で物言うの、よくないよ」
水穂「でも、結局、タカるんだろ?」
儀一、そっぽを向いて頭をかく。
水穂「お金が欲しいんなら、あんたも何かお金を生む方法でも考えな」
儀一、傍にある洗濯カバーを触って、
儀一「俺には、こんな発明、思いつかないよ。これ、結構売れてるんだろ?」
水穂、儀一を相手にせず、ちゃぶ台の上
の食器を片付け始める。
儀一「でも、いくらお金があっても一人じゃ寂しいね。せっかくこんな立派な家を建てたっていうのに」

〇磯部家の外観
  新築の二階建ての立派な家。

〇アーケードがある商店街

〇小規模スーパーの外観
  商店街の中にスーパーはある。

〇同・店内

〇同・バックヤード
  矢代壮介(39)、棚に並べる商品の段ボールをしゃがみながら整理している。
  女性店長(47)が、大貫耕造(66)を連れてくる。
女性店長「矢代さん」
壮介「はい」
女性店長「こちら、今日から週三で働いていただく大貫さん」
大貫「どうもはじめまして。大貫です」
  壮介、立ち上がり、
壮介「あ、はじめまして。矢代です」
女性店長「大貫さん、今までアルバイトしたことないんだって」
壮介「そうなんですか」
大貫「はい」
女性店長「元キャリア官僚。超エリートよ」
壮介「あ、そうなんですか。そんな人がまたなぜ?」
大貫「いや、社会勉強です。それに時間をもてあましているもので」
壮介「そうですか」
女性店長「矢代さんが、アルバイトの中では一番年長だから、いろいろよろしくね」
壮介「あ、はい」
大貫「よろしくお願いします」

〇アーケードがある商店街(夜)
  飲食店以外、シャッターが閉まっている。
  アーケードの中にある時計は、21時を指している。

〇小規模スーパーの外観(夜)
  スーパーの入り口には「CLOSE」の札がかかっている。

〇同・ロッカー
  壮介と大貫が着替えている。
壮介「どうです? やっていけそうですか?」大貫「え!?」
壮介「いや、単純作業だから。元キャリア官僚の仕事に比べたら、やりがいはないでしょ」
大貫「いえ、そんなことないですよ。こういう仕事、はじめてですから」
壮介「そうですか」
大貫「それに若い人と働くのは楽しい」
壮介「若いって言っても、自分の子供より若い子ばかりじゃないですか」
大貫「いや、私、子供いないので」
壮介「あ、すみません」
大貫「構いませんよ(微笑む)」
  しばし、沈黙し着替える。
壮介「どうです? これから少し、軽く飲みませんか? 大貫さんのささやかな歓迎会です」
大貫「そんな、気を遣わなくても」
壮介「いえ、正直、僕が話が出来る相手がいなかったから、なんか話が出来そうな人が入ってきて嬉しくて。あ、でも、大貫さんが嫌なら別に」
大貫「じゃぁ、お言葉に甘えて、歓迎してもらおうかな(微笑む)」

〇焼鳥屋店内(夜)
  店内はお客で賑わっている。
  壮介と大貫はカウンターの端で飲んでいる。
壮介「ええ、結婚してまだ三か月ですけど。でも正直、年も年だし結婚は出来ないかな、と思っていたんです」
大貫「そんなことないですよ。三十九歳ならまだまだ」
壮介「いえ、僕、甲斐性無しだから。正直、生き甲斐もなく、一人でひっそりと老いさらばえていくのかなぁ、と思ってました。そんな時、たまたま高校の同窓会が合って、そこで昔好きだった片思いの女性と会いましてね。彼女、シングルマザーで高校生の子供がいるって。そんなことを話しているうちに、『ああ、俺は今でも彼女のことが好きなんだなぁ~』と思って。それから頻繁に会うようになって、やっぱ今でも好きだなぁ~と思ったから結婚を申し込んだんです。けど彼女、七百万の借金があるからと言われ、断られましてね。それに子供もいるし、と。でも、俺、金のかかる趣味もないし、貯金も少しはあったし。正直、想像すると、彼女と結婚出来るのなら七百万ぐらいどうにでもなる。子供だって彼女の子供なら愛せる。こんな売れ残りの俺には、彼女たちとの生活は眩しく見えて。それで彼女を説得したんです。そしたら、彼女の子供も僕との結婚を後押ししてくれたんです。それで、どうにか結婚することが出来たんです」
  壮介、思い出したようにポケットからスマホを取り出し、画像を出す。
壮介「この僕の隣にいる子が彼女の子供です」
  画像に、矢代つばさ(16)と壮介と矢代由美(39)の三人が写っている。
  つばさ、バリバリのギャル女子高生。
大貫「この子ですか」
壮介「はい。はじめ会った時、彼女の子供がこんなバリバリのギャルだなんて、正直意外過ぎてビックリしました(笑う)。けど、話すと、とっても芯が強くていい子なんです」
大貫「良かったじゃないですか」
壮介「ええ。でも、その結婚で職場の気が合わない上司とその取り巻きに絡まれましてね」
  画像に映る三人。

〇回想・居酒屋の個室
  画像に映る三人。
  壮介、上司(48)、部下A(42)、部下B(39)の四人がいる。
上司「片思いだった嫁と血の繋がらない娘の二人に囲まれてるのか? いいなぁ。なぁ」
部下A「ええ、血がつながらないなら母と娘。理想的ですね」
部下B「美味しく頂けますね」
壮介、不機嫌な顔をする。
上司、そんな壮介を見て、
上司「どうなんだ? もう娘とやったか?」
  壮介、不機嫌な顔のまま無視して酒を飲む。
部下B「娘とやったら親子丼じゃないですか」
  上司と部下A、B、卑屈に笑う。
  壮介、無視して酒を飲む。
部下A「矢代。もう食ったのか? 娘とやってるのか?」
  上司と部下A、B、卑屈に笑う。
  壮介、無視して酒を飲む。
上司「なんだ、お前。何、無視してるんだよ! せっかくみんなで盛り上がってるのに、そういう態度、取るんじゃなぇよ! こっち向け!」
  上司、壮介の顔に手を伸ばす。
  次の瞬間、壮介、上司の方を向いて、鬼の形相で殴り飛ばす。

〇元に戻る・焼鳥屋店内
壮介「それで奴らにうまく丸められて、会社
をクビにされて。今はこうしてバイトしながら就職先を探してるんです。けど、年も年だし、なかなか就職先が見つからなくて……」
大貫「……」
壮介「結婚して彼女の力になれる。一緒に借金、返すことが出来る。血の繋がらない家族でも借金を返すことで家族の繋がりを深めることが出来る。借金さえも前向きに捉えていたのに。会社をクビになって、彼女に迷惑かけて、俺、いったいなにやってんだろ……」
大貫「……」
壮介「ほんと、役に立つどころか、彼女の重荷になってる感じで。もうこうなると何をやってもいい方向に行かなくて。なんか裏目裏目に出るっていうか、歯車が噛み合わないっていうか、ほんと、人生、中々うまくいきませんね(苦笑)」
大貫「……」
壮介「もう俺に出来ることは、自己破産するぐらいしかないのかな(嘆き)」
  壮介、嘆き、苦笑する。
大貫「……」
  居酒屋店内の喧噪。

〇同・店の外
  店を出てくる壮介と大貫。
壮介「なんか、すみません。大貫さんの歓迎会なのに僕の愚痴ばかり言って」
大貫「(微笑みながら)かまいませんよ」
壮介「でも、大貫さんに話したら、なんか少し、楽になりました」
大貫「良かったじゃないですか」
壮介「ありがとうございます」
  大貫、微笑む。

〇アパートの外観(夜)
  二階建てのアパート。
  壮介、静かに階段をのぼる。

〇同・室内
壮介「ただいま」
  由美が玄関に行き、
由美「おかえりなさい」
  壮介と由美、居間に入り、
由美「ご飯は?」
壮介「いいや。新しいバイトの人の歓迎会をやってきたから」
由美「そう」
  壮介と由美、座る。
壮介「新しい人、元キャリア官僚だって」
由美「へぇ、凄いね」
  壮介、時計を見ると22時半過ぎ。
壮介「つばさは?」
由美「まだ帰ってないけど。今日バイトだし」
壮介「ちょっと、遅いね」
由美「きっと友達と遊んでるのよ」
壮介「そう」
  壮介、由美の顔をマジマジと見る。
由美「何?」
壮介「いや、俺って、幸せだなぁ、と思って」
由美「(笑いながら)何よ!?」
壮介「由美は幸せ?」
由美「何、さっきから!?」
壮介「いや、なんか迷惑かけてさ。ほんとごめん」
由美「やめてよ。別に迷惑なんてかけてもらってないから」
壮介「いや、早く就職するから」
由美「慌てないで。じっくり自分に合うとこ探して」
壮介「ありがと」

〇喫茶店「樹里」の外観
  純喫茶で落ち着いた感じの店。

〇同・店内
  奥の席にカラフルでハイカラな服装の水穂と落ち着いた服を着ている大貫が対面
で座っている。
大貫「こないだの話にうってつけの人が見つかったんですよ」
水穂「こないだの話って?」
大貫「ほら、ニュースでお金があるのに孤独死した老人のこと。それで二人でアイデアを出し合って盛り上がったじゃないですか」
水穂「ああ、あれ。あれはアイデアというか、単なる戯言だよ」
大貫「いえいえ、私は本気です」
水穂、笑う。
大貫「どうです? 水穂さん、一人じゃないですか。やってみませんか?」
水穂「私が!?」
大貫「あれだけ盛り上がったじゃないですか」
水穂「あれはアイデアを出している過程が楽しくて、実際やるとなると、それはまた別の話になるから」
大貫「やってみましょうよ。アイデアを出したら、試したくなるのが発明家の性じゃな
いんじゃないですか」
水穂「まぁ、確かに。興味はなくもない」
大貫「でしょ。やってみましょう」
  水穂、腕組をし、考え込む。
水穂「う~ん」
大貫「助けを必要としている家族がいる。その家族を救うと思えば。その家族を立ち直らせるのに一役買うと思えば、一歩踏み出してもいいんじゃないですか?」
水穂「う~ん」
大貫「勿論、僕も全力でフォローしますから」
水穂「なら、そうだね。大貫さんがそこまでいうのなら、ちょっとやってみるかい?」
大貫「やりましょうよ」
水穂「じゃ、お試しでね」
大貫「私が頃合いを見て、先方とも段取りしておきますから」
  大貫、微笑む。

〇アパートの室内
大貫「で、どうだろう」
  大貫の前にちゃぶ台を挟んで、壮介、由美がいる。
壮介「どうだろうって言われても、あまりに唐突で、しかも、突拍子過ぎて」
  壮介、由美と顔を見合わせる。
大貫「確かに突拍子過ぎる話かもしれない。その老人があなた方の借金の肩代わりをして、更に毎月の生活費も出す。その代わりにその老人と一緒に暮らさなくてはいけないなんて」
壮介「要は家族ごと老人から金銭的援助を受けるってことですよね」
大貫「いや、援助ではない。援助というとどこか聞こえが悪い。援助交際の家族版みたいで。だから私たちは会社と同じように思っています」
壮介「会社?」
大貫「会社はお金を集めるために上場する。それを会社ではなく家族単位でやるんです。家族が立ち行かなくなったから上場して、その家族株をお金のあるお年寄りに買ってもらい、家族をお金の面からもサポートしてもらう。その見返りとして、株を買ったお年寄りと一緒に生活をする。どうです。画期的じゃありませんか?」
壮介「いや、そんな虫の良い話」
大貫「自己破産してしまうより、そんな家族にお金を出して、家族生活を立ち直らせてくれる人がいるなら、その人に頼ってもいいでしょ」
壮介「いや、まぁ」
  壮介、唸りながら考え込む。
大貫「でも、これは別に家計で困っている家族のためだけの問題ではないのです。このアイデアにはお金があるのに孤独死していくお年寄りの救いにも繋がるんです」
壮介「救い、ですか」
大貫「そうです。お金があるのに家族がない。そんな老人は決して少なくない。お金があるのに一人寂しい生活を余儀なくされるお年寄りと、お金がなくて生活苦で困っている若い家族をこのアイデアなら解消できる。このアイデアならそういう人たちを少しでも減らすことが出来る。それに、このアイデアを思い付いたのはお年寄りの方なんです」
壮介「そうなんですか」
大貫「老人もただ行政が何かやってくれることを待つばかりでなく、自ら仕掛けていかないといけない時代なんだと思う。このアイデアは、お互いの利害関係が一致する画期的なアイデアなんです」
壮介「……」
大貫「今は多様性の時代と言われています。社会が変われば家族のあり様も変わる。これこそ新しい家族の形です。どうでしょう? 上場する気になりませんか?」
壮介「上場、ですか?」
大貫「そう上場です。あなたたちの家族株を
上場するんです。上場家族です」
壮介「上場家族!?」
大貫「そう。そして、その株を買ってくれる株主はもう決まっています」
壮介「え、決まってるんですか?」
大貫「このアイデアを一緒に考えた人。その人はピンチハンガーの洗濯物目隠しカバーを発明してお金持ちになった人です」
壮介「目隠しカバー?」
由美「あ、私、知ってる。あれよ」
  由美、ベランダの方を向く。
  ベランダには、ピンチハンガーにカバーがかかって洗濯物が見えない。
大貫「彼女もまた一人。お金があっても幸せになれない人です」
壮介「……」
大貫「決して悪い人ではないから安心してほしい。それは僕が保証します。それに何かあれば全力でサポートします」
壮介、考えて唸る。
大貫「自己破産を考えるぐらいなら、やってみる価値はあるでしょう」
壮介、深く考えて唸る。
大貫「慈善事業の一つと思って」
  壮介、更に深く考えて唸る。
大貫「これは決して身売りではない。上場しましょう」
  壮介、体を捻り、由美を見る。
壮介「どうする?」
  由美、小首を傾げる。

〇アパートの外観(夜)
つばさの叫び声「何!」

〇同・室内
  ちゃぶ台に壮介とつばさが対峙している。
つばさ「なんでそんな大事なこと、私抜きで勝手に決めんのよ! もう、信じられない!」
壮介「でも、一緒に住むだけで借金の肩代わ
りをしてくれるし、月々の生活費も出してくれるんだ」
つばさ「そんなの家族で、その婆さんの紐になってるだけじゃない!」
壮介「いや、紐ではない」
つばさ「紐じゃなきゃ何よ! その婆さんに家族ごと身売りしたっていうの!」
壮介「身売りではない! そういうことも含めて、いったんリセット。そうリセットだ! もう一度家族生活を仕切り直すために」
つばさ「だから、身売りしたっていうの!?」
壮介「だから、決して身売りではない! 家族株を買ってもらっただけだ。うちの不良債権である借金を肩代わりしてもらっただけだ!」
つばさ「いや、パパはお金欲しさに身売りしたのよ! 家族をその婆さんに売ったのよ! だいたいそんなにお金が必要なら、もっとバイト入れるし、卒業したら働くし」
壮介「いや、そう言われると余計困る」
つばさ「困るって言ってもパパも私と同じバイトじゃない」
  壮介、いたく傷つく。
壮介「……それを言われると立つ瀬がない」
  つばさ、傷つく壮介を見て、少し穏やかになり、そっぽを向いて、
つばさ「じゃぁ、パパ一人、その婆さんのところに行ってよ」
壮介「いや、それじゃ、意味がないんだ」
  由美、つばさの隣に座り、つばさの肩を抱いて、
由美「いいじゃない。家族みんなで行きましょう」
つばさ「ママはいいの?」
由美「私? 私は、(クスと笑い)なんか楽しそう」
つばさ「ママには付いていけんわ」
  つばさ、顔を逸らして言う。
壮介「つばさ、頼む」
  壮介、目を閉じ手を合わせる。
  つばさ、壮介を見て、少し拗ねながら納得し、呟く。
つばさ「大体、その婆さんもお金があるなら、老人ホームに入ればいいのよ」
由美「家族というものと繋がっていたいんだって」
つばさ「他人でも?」
由美「パパだってつばさとは血は繋がってないのよ。でも、実の娘のように思ってるでしょ」
つばさ「……」
由美「家族で居たい。そういう思いって案外あるのかもね。それに今は多様性の時代だから」
つばさ「……」
壮介「そうそう。多様性の時代、多様性の」
つばさ「多様性、多様性って。パパ最低!」
由美「あら、語呂がいいわね(微笑む)」

〇磯部家の外観
  儀一、外から中を伺っている。
儀一「んん!? なんだ?」

〇同・居間
  居間に水穂がいて、そこへ壮介、つばさ、由美と大貫が荷物をもって入ってくる。
  そして、荷物を居間の隅におろす。
  壮介、由美、つばさはどこか落ち着かない。
大貫「それじゃ、あとは話した通りですから。これからはこの四人で一つの家族ですから、仲良くやってください」
壮介、若干不安げ。
大貫、それを察して、壮介の肩を抱き、
大貫「大丈夫。何かあったらちゃんとフォローしますから。それじゃ、水穂さん。あとはよろしくお願いします」
水穂「あいよ」
大貫「それじゃ」
  大貫、出ていく。
水穂「じゃ、使ってもらう部屋、案内するから荷物はそっちにもっていってくれ」
壮介「あ、その前に、僕たちはあなたのことをなんとお呼びしたらいいんでしょう?」
水穂「そうだね」
由美「おばあちゃん?」
水穂「いや、いきなり、そう言われてもねぇ。第一、肉親ではないんだし」
つばさ「(ボソッと呟く)そんなのわかってるよ」
水穂「そうだね。株主でいいや」
壮介「株主?」
水穂「ん、株主でいい。あんたたちの借金、生活費を含めた家族株を買ったんだから、株主でいい。そして、私のすることはあなたたち家族を立て直す、幸せにするということが株主としての私の使命だと思っている」
壮介「はぁ」
水穂「あんまり口うるさいことは言わないつもりだけど、私にも慣れしたしんでる生活習慣ってものがある。それには従ってもらうよ」
壮介「あ、はい」
水穂「じゃ、部屋に行くよ」
  つばさ、由美に呟く。
つばさ「生活習慣って何?」
由美「お年寄りだから、いろいろあるのよ。たとえば朝が早いとか。あんまし夜更かしできないかもよ」
つばさ、眉間にしわを寄せる。
由美「でも、株主だなんて、なんか、面白いわね」

〇磯部家の外観

〇同・キッチン
  キッチンに水穂と由美がいる。
  水穂が由美に指図している。
  由美、芋の茎の乾物を手に持っている。
由美「これはなんです?」
水穂「芋の茎だよ。それは水に入れて戻して小さく切って味噌汁に入れるんだよ」
由美「はぁ」
  そこへ、つばさがやってくる。
つばさ「じゃぁ、行ってくる」
水穂「どこへ行くんだい。もう昼ごはんにするよ」
つばさ「これからバイトだから」
水穂「バイト? バイトやってんのかい?」
由美「つばさがやりたいっていうから」
つばさ「自分の小遣いは自分で稼いでるだけよ。それでママもパパも助かってるんだから」
水穂「なら、もうバイトは辞めな」
つばさ「なんで!」
水穂「生活費は全部、私が出すんだ。あんたの小遣いも私が出す。だから、バイトは辞めなさい」
つばさ「な!(絶句)」
水穂「いいかい。学生の本分は勉強すること。これからは、バイトしないで、しっかり勉強しな」
つばさ「なんであなたにそんなこと言われなくちゃいけないのよ!」
水穂「この家族を立て直すためよ。それが私の責務だから。だから、私の言うことは守ってもらうわ。だてにお金出してるんじゃないんだからね」
つばさ「そんな急に言われたって、はい辞めますっていうわけにはいかないのよ! バイト先にも都合ってものがあるんだから」
水穂「なら、都合付けて来月には辞めなさい」
つばさ「そんな、横暴だ!」
水穂「家庭の事情で辞めるといえばいい」
つばさ「な!」

〇同・磯部家の外観
  つばさ、玄関から怒りながら足早に出て
くる。
  儀一、歩道から、つばさの姿を見る。
儀一「あの娘はなんだ?」
  儀一、磯部家を見て、
儀一「婆さん、何かやってるな」

〇喫茶店「樹里」の店内
  水穂、一人、珈琲を飲んでいる。
  店に儀一が入ってきて、水穂を見て、ニヤつく。
儀一「なんだ、あの見知らぬ家族は?」
  水穂、儀一を見る。
  儀一、水穂の前の席に腰かけ、
儀一「金に物を言わせて家族でも買ったのか?」
水穂「……」
儀一「図星だな」
水穂、相手にしてない。
儀一「もしかして、身代わりか? (鼻で笑い)まるでヤドカリみたいだな」
水穂「……」
儀一「でも、あんまりうまくいってないんじゃないか? 端から見ても、もめてるのがよくわかる」
  儀一、水穂に顔を寄せて囁く。
儀一「そこで俺にも金を稼ぐいいアイデアが浮かんでんだ」
水穂、儀一を見る。
儀一「俺がもしあんたの秘密をあの家族に言ったら。特にあの小娘に」
水穂「……何が言いたい?」
  儀一、背もたれにもたれ、余裕を見せて、
儀一「いや、何、あんまり知られたくないんじゃないかって思ってね」
水穂「はっきり言いな」
儀一「つまるところ、口止め料だよ」
水穂「……」
儀一「どうだ? 払う気になっただろ」
  儀一、ニヤリと微笑む。
  水穂、儀一を見て、目をつむり、そして、
カバンから財布を取り出す。

〇磯部家の外観(夜)

〇同・水穂の部屋
  水穂、就寝している。

〇アパートの外観(夜)
  アパートの階段をのぼる三人の影。

〇同・室内
  室内の明かりがつき、壮介、つばさ、由美が部屋に入る。
つばさ「やっぱりここが我が家よ! 狭くてもここが一番! ああ、落ち着く!」
由美「(微笑み)あら、随分、開けてたみたいに言うのね。朝までここにいたのよ」
つばさ「いや、無理! 半日で限界! もううんざり! あんな家であの婆さんと暮らすなんて出来ないわ!」
壮介「でも、ここも今月一杯までだ」
つばさ「辞めようよ! 辞めて帰ってこよう!」
壮介「んん、そう言われても。借金も肩代わりしてくれるし、生活費だってなぁ」
つばさ「そんなの、今までなんとかやってきたじゃない! あんな婆さん、当てにしなくてもやっていけるよ!」
壮介「でもなぁ」
つばさ「私は嫌よ! あんな婆さんの言うこと、聞けないわ!」
由美「でもママは、株主さんの言ってることはもっともなことだと思うわ。学生の本分は勉強することよ。正論だわ」
つばさ「あの婆さんの肩を持つの?」
由美「別にそういうつもりじゃないけど。でも、まだ始まったばかりじゃない。そう悪いとこばかり見ないで、良いことも見れば? 借金がなくなって、生活が落ち着くんだから。それはとてもありがたいことよ」
つばさ「良いとこなんて見れない! なんか私に突っかかってくる感じがする。(つばさ、壮介を見て)パパはどうなの?」
壮介「俺か? そうだなぁ。確かに良いところもあれば悪いところもあると思う。でも、そうそう虫の良い話はない。でも、慣れればたいしたことないんじゃないかな」
つばさ「たいした事あるから、ここに来たんじゃない! 大体、パパはあの家では、一体どういう立場になるの? パパと株主はどっちが偉いの? どっちが家長なの?」
  壮介、意表を突かれ、たじろぎながら、
壮介「そりゃ、なんだぁ。そんなの、パパに決まってるだろ。パパが家長だよ」
  壮介、見栄を張る。
つばさ「なら言ってよ! バイトはパパが許したから続けていいんだって! 私だって友達もいるし、バイト楽しいし、辞める気ないからね! だから言って!」
壮介「ああ、分かった。ちゃんと言うよ。パ
パがガツンと言ってやるよ!」
つばさ「ほんとに!」
壮介「ああ、任せとけ!」

〇磯部家の外観

〇同・水穂の部屋
  水穂、壮介に説教している。
  壮介、正座し、項垂れている。
水穂「会社に選ばれるのではなく、あの子が働きたい会社を選ぶような人間になって欲しいの。それがあの子のためじゃないの? 違うかい?」
壮介「いえ、おっしゃる通りです」
水穂「そうだろ。あんただって会社に選ばれてるから就職出来ないんだろ。違うかい?」
壮介「(小声で)おっしゃる通りです」
水穂「なら、あの子にそんな思いさせちゃいけないよ。あんたの失敗をあの子にしっかり伝えなくちゃ。それが親じゃないのかい?」
壮介「失敗、ですか?」
水穂「反面教師として自分と同じ轍を踏まないように自分の今までの失敗を伝えればいい」
壮介「今までの失敗、ですか」

〇同・水穂の部屋の外
  外から水穂の部屋を伺っている。
  水穂、部屋を出る。
  つばさ、水穂に代わって部屋を見ると、壮介、畳の上に倒れている。
つばさ「パパ!」
  壮介、アホ面で、戯言を言っている。
壮介「ハハハ。僕は人生を失敗したんだ。僕は君のパパじゃない。ただの能無しのおじさんだよ。ハハハァ~」
つばさ「パパ!」

〇同・居間
  つばさ、胡坐をかいて、肘をテーブルについてテレビを見ている。
  水穂、背後からつばさの胡坐を軽く蹴る。
つばさ、水穂を見る。
水穂「なんてカッコしてるの?」
つばさ、仏頂面。
水穂「姿勢を正して。女なんだから、日頃から所作には気を使いなさい」
つばさ「なんでこんな些細なことまで突っかかってくるのよ!」
水穂「あなたのためを思って言ってるのよ」
つばさ「これが私のため!?」
水穂「そうよ」
つばさ「冗談じゃない! 大きなお世話よ! 大体なんでそこまで干渉するのよ!」
水穂「干渉するわ。第一、借金を肩代わりしたのは私だからね」
つばさ「なら私が払えばいいんでしょ! 払ってやるわよ! あんたに耳揃えて全額返してやるわよ!」
水穂「どうやって?」
つばさ「そんなの、なんとかするわよ! これ以上、あんたに家族を滅茶苦茶にされてたまるもんですか!」
  つばさ、水穂、睨み去っていく。
階段を登っていく足音が聞こえる。
  水穂、頭を左右に振り、ため息をつく。
心なしか寂しげな顔をしている。

〇同・つばさの部屋
  つばさ、強く戸を閉めて部屋に入り、
つばさ「冗談じゃない! 要はお金があればいいのね! お金があればあの婆さんのいうことを聞かなくてもいいし、ここを出て、また家族三人で暮らせるんでしょ! だったらお金、稼いでやるわよ!」

〇喫茶店「樹里」の店内
  水穂と大貫が座っている。
水穂「なかなか思うようにはいかない。私も
初めが肝心と、気負いすぎていたのかもしれない。言い過ぎた。そのせいで父親の方が腑抜けになってしまった。それが余計、あの子が過度に反抗するようになってしまった。ほんと、また私の悪いところが出た……」
  水穂、珈琲を一口飲む。
大貫「そう弱気にならないでください。まだ始めたばかりですよ」
水穂「いや、もう終わったのかもしれない。ちょっと無理だったのかね。それとも拙速すぎたのか」
大貫「そんなことないですよ。良いアイデアです」
水穂「企画倒れだよ」
大貫「いえ、これからの高齢化社会。孤独や疎外感を感じる社会には必ず必要になります。発想は決して間違ってない」
水穂「でも、結局、私の問題。私がいけないんだよ」
大貫「……」
水穂「ただ一つ気がかりなのは、あの子、つばさのことが心配でね。なんか危なっかしくて。拝金主義になってやしないかと思って」
大貫「……」
水穂「おかしなことしなければいいんだけど」

〇渋谷・ストリート
  つばさ、制服姿で歩いている。
  つばさ、若い男性Cに声を掛けられる。男性C「ちょっと君? 今、大丈夫?」
つばさ「え、なんです!?」
男性C「すぐそこの事務所でアンケートに答えてほしいんだ。勿論、お金払うよ。ちょっといいかな?」
つばさ「アンケート?」
男性C「そんなに時間かからないから。ほら、先にお金払うよ」
  男性C、つばさの手にお金を握らせる。
  つばさ、手を広げると四つ折りになっている一万円札。

〇磯部家の外観

〇同・居間
  壮介、仰向けになり、ボーと雲を眺めながら、独り言を呟く。
壮介「父親ってなんだろう? やっぱお金かなぁ~。なんだかんだ言っても、お金は必要だよなぁ~。お金がないと信頼も得られないだろうなぁ~」
  水穂、壮介にまたがる。
  壮介、水穂を見上げる。
  水穂、手に持っているヤカンの水を壮介の顔にかける。
壮介「何すんですか!」
水穂「お金がないと良い父親になれないのかい? あんたはいつまで腑抜けてるんだい!」
壮介、体を起こす。
水穂「あんたの娘が、お金欲しさに、卑猥な事務所に連れてかれたよ! いいのかい?」
壮介、真顔になる。
水穂「父親なら、お金よりもまず家族を守ることが父親としての務めじゃないのかい?」
壮介「……」
水穂「父親として、真っ先にやらなければいけないことがあるだろう。ほら」
  水穂、壮介にメモ紙を渡す。
水穂「あの子が行った事務所だ。大貫さんがあの子のことを見張っていてくれたんだよ」
  壮介、急いで家を出ていく。

〇渋谷のとある事務所内
  事務所はスタジオになっていて、つばさ、カメラマンに体操服姿で写真を撮られている。
  つばさ、ポーズを言われ、写真を撮られている。
    ×    ×    ×
  つばさ、休憩でジュースを飲んでいる。
男性C「じゃ、次。これ着て撮影しようか」
  つばさ、男性Cから渡された水着を広げる。
  水着は、あまりにも生地が少なく、ほとんど紐で卑猥な水着である。
つばさ「これ着るんですか?」
男性C「君、可愛いんだからさ。これぐらいインパクトのある水着の方がより映えるよ! そしたら、多くの人が君のこと見てくれる。スターになれるよ!」
つばさ「……」
男性C「お金、沢山欲しいんでしょ? なら、これぐらいのことやらないと、お金、稼げないよ。それに、これぐらいの水着、まだまだ序の口だよ。全部、脱ぎ捨てるぐらいの気概がないと、沢山稼げないよ」
  男性C、悪い顔をする。
つばさ、眉間にしわを寄せて、不安そう
な顔をする。

〇渋谷の外観
  タクシーを降りて、走り出す壮介。

〇渋谷のとある事務所内
  事務所の玄関ドアが勢いよく開き、息を切らせた壮介が入ってくる。
壮介「つばさ!」
  つばさ、壮介を一瞥し、男性Cに詰め寄る。
つばさ「それ着れば、沢山、お金もらえるんですよね。早く貸してください」
男性C「いや、それは!? なんだ!?」
  男性C、たじろぎ、壮介に救いを求めるかのように、手に持っている卑猥な水着を壮介に見せる。
  壮介、卑猥な水着を見て、
壮介「ダメだ! そんなこと辞めろ!」
  男性Cはホッとするも、
つばさ「嫌よ!」
男性C「え!?」
つばさ「辞める訳ないじゃない! 私が体を張るだけでお金が入るなら、こんな美味しい話はないわ!」
  つばさ、男性Cから水着を奪い取る。
  壮介、つばさに詰め寄り、つばさから水着を奪い取る。
つばさ「何するの!」
壮介「こんなの辞めてくれよ!」
つばさ「嫌よ! お金が入るのよ!」
壮介「こんなこと、体を売るようなこと、しないでくれ!」
つばさ「パパだってあの婆さんに家族を売ったじゃない! それで借金、返したじゃない!」
壮介「だからといって、つばさが体を売っていいことにはならない!」
つばさ「それは私が未成年だから?」
壮介「未成年じゃなくてもだ! そんなこと
辞めてくれ! そんなんでお金なんて稼がないでくれ!」
つばさ「私が脱いで借金が返せるのよ! お金さえあれば、あの婆さんと縁が切れるのよ! 何も困らなくなるのよ!」
壮介「お金で困ることなんて些細なことなんだ!」
つばさ「お金がなくて困ってるじゃない!」
壮介「お金よりも、つばさのことの方が困る。こんなことで人生を台無しにすることになったら俺は苦しい! だから、辞めてくれ!」
つばさ「でも!」
壮介「お婆さんのことは俺がなんとかする!」
つばさ「なんとかって、何よ!」
壮介「俺が頭を下げて済むことなら、なんぼでも頭を下げる。それで家族が幸せになれるのならなんだってやる! つばさと由美が幸せに暮せるのなら俺は頭を下げる。俺が盾になるから!」
つばさ「だから、それが嫌なのよ!」
壮介「俺は構わない! つばさと由美の幸せが俺の幸せなんだ! だから、辞めてくれ! これ以上、俺を惨めにさせないでくれ!」
  壮介、つばさに縋りつくように懇願する。
つばさ「……わかったよ。パパの言う通りにするよ」
  男性C、ホッとする。

〇喫茶店「樹里」の店内
水穂の前に大貫と男性Cがいる。
男性C「いやぁ、焦りましたよ。怯えさせるどころか、予想に反して、あの子が乗り気で(苦笑い)」
大貫「(笑って)ご苦労様」
男性C「じゃ、私はこれで。また何かあったら言ってください」
大貫「ありがとな」
  男性C、出ていく。
  大貫、水穂を見て、
大貫「ちょっとベタだったけど、終わりよければ全てよし。これで彼女も変なことはしないでしょう」
水穂「でも、私との関係は変わらない。きっと憎いだろうね」
大貫「でも、娘さん以外は、水穂さんのこと、ありがたいと思っているんですよね」
水穂「これは多数決じゃない。一人でも反対ならダメだ」
大貫「辞めるんですか?」
水穂「あの子と話して、認めてもらえなければ辞めるしかないよ」
大貫「肩代わりした借金はどうするんです?」
水穂「借金は私のアイデアに付き合わせてしまった迷惑料だ。問題はもっと他にある。これは私の問題が露呈したんだと思う。だからいいんだ」
大貫「そうですか……」

〇磯部家の外観

〇同・つばさの部屋
  つばさ、ベッドに寝転んでいる。
由美「つばさ、入るよ」
  由美、部屋に入る。
つばさ「何?」
由美「株主さんが樹里で待ってるから、樹里に行って」
つばさ「ええ、いいよ!」
由美「いいから行ってよ」
つばさ「嫌だよ! どうせ喧嘩になるし」
由美「だから、樹里で待ってるのよ。公衆の面前があるからお互い冷静に話せるでしょ」
つばさ「話せないよ! それに話すことなんてない!」
  由美、つばさの腕を取り、引っ張り起こして、
由美「なくても行って」
つばさ「喧嘩してくるだけになるよ?」
由美「なら喧嘩してくればいいじゃない」
つばさ「……じゃあ、行って、かたをつけてくる」

〇磯部家の外観

〇同・居間
  大貫と壮介と由美がいる。
壮介「そうでしたか。大貫さんが」
大貫「すみません。水穂さんがちょっと心配していたもので、先手を打たせて頂きました」
壮介「いえ、ありがとうございます。なんか、つばさに胸の内を伝えることが出来ました」
  壮介、由美と目を合わせる。
大貫「あの人は、借金を肩に、あなた方の家族を滅茶苦茶にするつもりなんてないんです。あの人はただ家族というものに寄り添っていたい。それだけなんです。一人じゃ、寂しいじゃないですか。一人だと何かあった時に不安だし、助けてほしいときもある。一人ぼっちでいるより、やっぱ人といたいじゃないですか」
壮介「……」
大貫「幸せな家庭の傍にいるだけで幸せな気分になれる。ほんと、ただそれだけなんです。けど、困っている家族を何とかしたい、その想いが少し強く出てしまっただけなんです。ほんと、悪い人ではないんです」
由美「わかってます!」
  壮介、由美を見る。
由美「帰ってきたら、私からつばさに言います。ああ見えてあの子、芯が通った子ですから。きっとわかってくれると思います」
  由美、晴れ晴れとした顔で言う。

〇喫茶店「樹里」の店内
  水穂の向かいにつばさが座っている。
  つばさ、顔を背けているも仏頂面。
水穂「あなたの家族を滅茶苦茶にするとか、
そんな気は毛頭ないの。私はあなたたち家族を立て直すということに気負っていたかもしれない。私の言っていたことは正論だったかもしれないが、優しさに欠けていた。思いやりがなかった。ただ口やかましく、講釈を垂れていただけだったのかも。助言するぐらいでよかったんだと思う。そうすればあなたのパパを傷つけることもなかったし、あなたを変な道に進ませることもなかった」
つばさ「……(仏頂面のまま)」
  喫茶店の玄関ドアが開き、儀一が入ってくる。
儀一「お、いたいた」
  儀一、水穂の向かいに座っているつばさを見て、
儀一「お、これはこれは、新しい家族の人か? (にやけて)どうやら、今日はいつもの倍は頂けそうだな」
儀一、卑屈に笑う。
つばさ「……」
水穂「今、大事な話をしてるんだ。あっちへ行っとくれ」
儀一「貰うもの貰ったら行くさ」
  儀一、手の平を出して金を要求する。
儀一「ほら」
水穂「……しょうがないね」
  水穂、財布から三万出して、儀一に渡す。
儀一「おいおい。今日は割増だろ」
  といって、つばさを見る。
  つばさ、儀一と目が合う。
  水穂、財布から二万円を取り、儀一に渡そうとする。
  すると、つばさが水穂の手を掴む。
つばさ「何これ?」
水穂「……」
  つばさ、すかさず、儀一の手に握られている万札を掠め取る。
儀一「おい、何すんだよ! その金返せ!」
つばさ「なんで返すの? あんたのお金じゃ
ないでしょ。(水穂を見て)なんなのよ、このお金は?」
水穂「それは!?」
つばさ「何?」
儀一「そんなの婆さんに言えるわけねぇだろ」
つばさ「なんで言えないの? ねぇ、どうして?」
儀一「どうしてって、お前に関係することだからだよ」
つばさ「私に? 別に、心あたりないんだけど。私がどう関係するの?」
儀一「そんなの言えるか!」
つばさ「なら、このお金は渡さない!」
儀一「ふざけんなよ! それは俺の金だ!」
つばさ「なら私がどう関係するのか教えて? そしたら、このお金、返してあげる」
儀一「(渋々)その金は婆さんの秘密を言わないという口止め料だよ。だから言えないんだよ」
水穂「……」
つばさ「秘密? 一体どんな秘密なの? 教えてくれなきゃ、このお金渡さないよ」
儀一「(なげやりに)この婆さんは実の家族に捨てられたんだよ! それをあんたらに言わない代わりに金を貰ってるんだよ」
  つばさ、水穂を見る。
  水穂、肩をすぼめて小さくなっている。
儀一「わかったら、その金よこせ!」
つばさ「渡す訳ないでしょ! あんたのしてることはただの恐喝じゃない! 冗談じゃないわ!」
水穂、つばさが頼もしく見える。
儀一「それじゃ、約束が違うだろ!」
つばさ「約束もクソもないでしょ! 何考えてるの! 気持ち悪い! あっち行って!」
儀一「なんだ、このアマ!」
つばさ「もう金輪際、払わないからまとわりつくな! シッシッ」
と言って追い払う。
儀一「このアマ、覚えてろよ!」
と捨て台詞を吐いて去っていく。
    ×    ×    ×
  テーブルの上に五万円が置いてある。
  つばさ、椅子の背もたれにもたれ、ポケットに手を突っ込み、
つばさ「私たちに秘密にするから、金を払う。金を払う原因が私たち家族だなんて、なんか、凄い気分悪いんですけど」
  と吐き捨て、そっぽを向く。
水穂「……ありがとう」
つばさ、思いがけない言葉に驚き、水穂を見る。
つばさ「……」
水穂「でも、あの人がいったことは本当なんだ。私は実の息子夫婦に捨てられたんだ」
つばさ「……」
水穂「私は身内の気安さから、嫁に強く当たっていることに気が付かなかった」

〇回想・居間
  水穂の顔は見えるも家族の顔は見えない。
嫁「なんでもお母さんの言うとおりに出来ませんよ! お金があるんだから、お金で解決してください! もうお母さんとは一緒に入れません!」
  嫁、足早に水穂の前を去っていく。
孫娘「お祖母ちゃん。それじゃ人に愛されないよ! 誰も相手にしてくれなくなるよ」
  孫娘も去っていく。

〇元に戻る・喫茶店内
水穂「私は身内の親しさにどこか甘えていた。その甘えがキツい言葉になって、人を傷つけていることに気づかなかった」
つばさ「……」
水穂「家族と言えど、血の繋がりよりも、心と心が繋がらないと一緒に生きていくことは出来ない。私はそれを怠った。その結果、私は捨てられた」
つばさ「……」
水穂「人を幸せにするのは思いやりと優しさ。驕ったり、偉ぶったり、そんなものは人生に必要ない。それを教えられた筈なのに、私はまたあなたたち家族に強く当たっていたのかもしれない」
つばさ「……」
水穂「だから、結局、私にはああいう人が寄ってくる。ほんと、全ては私の問題なんだ」
つばさ「……」
水穂「人間、年を取ればとるほど、謙虚にならなくちゃいけないんだね。素直にならなくちゃいけない。老害って言われないように、愛される老人にならなくてはいけないね。ほんと生涯、勉強だね」
  水穂、つばさに微笑んで見せる。
  つばさ、バツ悪そうに水穂から目を逸らし、テーブルの万札に目が行く。
つばさ「そのお金、早くしまって。なんか、感じ悪いわ……」
  水穂、万札をしまう。

〇磯部家の前(夕暮れ)
  水穂と一歩下がって、つばさが無言で磯部家に向かって歩いている。
  磯部家の前に一人の少女、磯部亜衣(14)が塀の外から家の中を伺っている。
  亜衣、水穂に気が付く。
  亜衣、水穂に近づき、つばさを一瞥して、
亜衣「噂は本当だったのね」
水穂「……」
亜衣「お金で家族も買ったの? 私たちに嫌がらせをするいいアイデアでも閃いたの」
水穂「……」
つばさ「ちょっと、あなた、不躾に何よ!」
亜衣「あなたこそ、何よ!」
つばさ「私? 私は……。私はいいのよ! あなたこそなんなの?」
亜衣「私はこの人の孫よ!」
つばさ「え!?」

〇回想・居間
亜衣「お祖母ちゃん。それじゃ人に愛されないよ! 誰も相手にしてくれなくなるよ」

〇元に戻る・磯部家の前(夕暮れ)
水穂「亜衣。一年も合わないうちに大きくなったね」
亜衣「これ」
  といって、八つ橋の入ったお土産袋を渡す。
水穂「ありがと」
亜衣「帰りの電車賃、貸して。お金ないから」
  水穂、財布を出し、五万円、亜衣に渡す。
  亜衣、万札を受け取り、
亜衣「こんなにいらない。電車賃だけでいい」
  と言って、四万円、返す。
水穂「そうかい」
  亜衣、つばさを一瞥する。
亜衣「じゃぁ」
水穂「上がっていきな」
亜衣「いい。ママに内緒で来たから」
  亜衣、足早に帰り始める。
水穂「気を付けるんだよ!」
  水穂とつばさ、亜衣の後姿を見る。
  亜衣、足を止め、振り返る。
  水穂とつばさが亜衣を見ている。
亜衣、伏し目がちになる。
亜衣、また足早に帰り始める。
つばさ「お孫さん。心配だったんだね」
水穂、優しそうな眼差しで亜衣の後姿を見ている。

〇丸の内の風景
  外国人の観光客がいっぱいいる。
  外国語が飛び交う。
  つばさと水穂も、人ごみの中にいる。
水穂「いいかい。勉強することを怠ってはいけないよ。勉強を否定することは自分の可能性を閉ざすことになるんだ。勉強してないからやりたいことが出来ないなんて勿体ないだろ。バイトもいいけど、ほどほどにしな。決して目先の金を追ってはダメ。お金は後からついてくるもんなんだよ。そういう人生にすることが大切なんだ」
  つばさ、水穂を見て、自信気に、
つばさ「大丈夫。私を信じて」
  水穂、ニヤッと笑い、つばさの後ろ髪をクシャクシャとする。
つばさ「何! ちょっとやめてよ!?」
  そして、二人はじゃれ合い、人ごみの中に消えていく。

             〈終わり〉

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