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【SR01】ブラジル音楽に魅せられた ミュージシャン・鳥井多佳子

ギター弾き語りで演奏活動をしている鳥井多佳子(とりい・たかこ)。彼女を魅了し続ける『ブラジル音楽』の真髄に迫った。

ブラジル音楽との出会い、別れ、再会

青森県出身の鳥井多佳子が音楽をはじめたのは、20代も半ばを過ぎたころだった。「たまたまジョアン・ジルベルトの『三月の水』というアルバムを聴く機会があって、ガツンと頭を殴られたような衝撃を受けたんです」。

街中でよく耳にするJ-POPや洋楽とは違う何かを感じた。「『声』を楽器の一つとして使っているんですよね。音そのものの面白さに惹かれました」と、鳥井は語る。

自分もこんな音楽を奏でてみたい。そう思った鳥井はギターを購入し、教本を読みながら練習をはじめた。しかしブラジル音楽は、初心者が独学で演奏できるほど簡単なものではなく、全くもって歯が立たなかった。「はじめに挑戦した曲が『Chega de saudade(想いあふれて)』という初心者にはとても難しい曲でしたので、余計に大変だったようです」。

仕方なく最寄りのギター教室へ足を運び、基本的な弾き方を習った。しかし、その教室ではクラッシックを中心に扱っていたため「ブラジル音楽を教えるのは難しい」と言われてしまった。

音楽教室だけではない。当時鳥井が住んでいた仙台には、ブラジル音楽をメインフィールドとして演奏している人間は数人しかいなかった。「元々人口が少ないし、関東に集中しちゃってるんですよね」。

泣き言を言っていても始まらない。鳥井はジャズ系のライブハウスでアルバイトをしながら音楽仲間を作り、独学でブラジル音楽を学んだ。

そうして3年ほど経ったある日、人生の転機があり、東京へ引っ越すことになった。ここで本格的なブラジル音楽のコミュニティに参加することができたという。

とあるセッションイベントでは驚きの発見があった。「中学生のころ、兄が購入してきたレコードとCDを聴いて、『好きだな』と思っていた曲があるんです。偶然、その楽曲を演奏している人がいて、ジャヴァンというブラジルの歌手の楽曲だと知りました。運命的ですよね」。

しかしその後、東日本大震災や転職などが重なった鳥井は、音楽活動を辞めてしまう。

「色んなことがあって、思いつめていたんです。音楽に対しても『演奏していないと死んでしまう』ぐらいの精神状態で向き合っていて。あのまま続けていたら、ダメになっていたでしょうね。リセットできてよかったです」。

ギターを手に取るどころか、音楽に耳を傾けることさえない日々が続いた。

心境が変化したのは、仕事を通じて出逢ったとある知人に「あなたは何らかのアーティスト活動をした方がいい」と助言を受けたことだ。「昔はブラジル音楽を演奏していた」と答えると、知人は「それだ!」と手を打った。

「自分も素直に『今なら、前とは違う気持ちで活動できそうだな』と感じたので」と、鳥井は振り返る。

「人生全体を振り返って、私はニッチなものが好きなのかなって。それを人に紹介することが喜びなのかもしれません」。

多くの人にブラジル音楽を聴いてもらいたい

「ボサノヴァって、ブラジルでは既に『一昔前の音楽』なんです。観光客向けくらいにしか演奏されてないんですよ」と、鳥井は言う。

「私が一番好きなのはMPB(※編集部注|エミ・ペー・ベー。ムージカ・ポプラール・ブラジレイラの略)といって、従来のブラジル音楽にロックなど欧米の音楽の要素を取り入れたジャンルです」。

現代のブラジルで広く聴かれているMPB。代表的なアーティストの一人、ジルベルト・ジルは、2003年から08年まで、政治家として文化大臣を務めたことでも知られている。

「ブラジル音楽といえばボサノヴァ、『喫茶店で流れているお洒落な音楽』ってイメージかもしれませんけど、それだけじゃないんです。ブラジル音楽だけでもジャンルがいろいろあるし、数えきれないくらいたくさんのリズムパターンやコード進行があります。プレイヤーや編成ごとに演奏が違って、面白いんですよ」。

実際、筆者は鳥井のライブに足を運んだが、楽曲の多様さには目を見張るものがあった。

ブラジル音楽のライブでは、いわゆるワンマン形式が一般的だ。筆者が訪れた日は45分のステージが2回、途中に休憩を挟んで行われたが、雰囲気の似た楽曲は一つとしてなかった。

楽譜を見せてもらうと、テンション・コードのオンパレード。ギターと歌のメロディ、リズムも複雑で、高度な演奏技術が要求されるのは一目瞭然だ。しかしそれゆえに、リスニング体験の豊かさは素晴らしい。

当日、鳥井と共演したブラジル音楽専門のピアニスト、鈴木厚志(すずき・あつし)氏にも話を聞くことができた。

「ブラジル音楽の種類?総数は分かりませんね。100じゃきかないでしょう」と語る彼は、筆者に『ショーロ』を勧めてくれた。ショーロは、サンバよりも古い歴史を持つとされる即興演奏主体のジャンルだ。

たとえば世界的に有名な楽曲『Tico Tico No Fuba』を聴いても、演奏ごとにまったく違う表現がされている。

「本当に奥が深い世界です。活動を始めて15年以上経ちますが、私は未だに『納得のいく演奏』はできていません。一生かけても辿り着けるかどうか…」。遠い目をする鳥井だったが、その表情は、なんとなく嬉しそうに見えた。

ブラジル音楽に取り組むハードルは、楽器の演奏だけではないだろう。ポルトガル語での歌唱は大変ではないか?と訊くと、鳥井は笑いながら答えた。

「歌うために覚えているだけです。ブラジルの人と会話しろ、と言われたら難しいですね。だけど、一般的な洋楽もそうじゃないですか?英語の歌を歌えることと、外国人と英語で話せるかどうかは別物でしょう」。

たしかに、その通りだ。見識の浅い質問をしてしまった。

現在は月1回ほど、東急線沿線を中心としたライブハウスやバーへ出演している鳥井。今後も、無理のない範囲で活動を続けていきたいと言う。

「ブラジル音楽専門のお店もいいですが、ノージャンルの場所で演奏する方が好きですね。色んな刺激を受けられるから」と鳥井は語る。「似たような音楽の輪に閉じこもってしまうのって、つまらないでしょう」。

『音楽』を心から楽しもうとする姿勢に脱帽である。筆者も、より多くのジャンルの音楽を聴き、感性を磨いていきたいと思った。

text:momiji photos:Yuji Kurosawa

ライブ予定

2019.10.05(Sat) open 19:00 start 20:00/21:30(2ステージ)
 場所:G’ bar (港区赤坂2-15-13 B1F)
 料金:TC+order+投げ銭
 出演:Vo.&G.鳥井たかこ/Fl.田村さおり/G.前原孝紀
 ※トリオライブ、入れ替え無しの2ステージ制となります。

2019.11.17(Sun) open 13:30 start 14:00/15:00(2ステージ)
 場所:Blues ette(横浜市神奈川区白楽100-5 2F)
 料金:¥2500(おつまみ付) + order
 出演:Vo.&G.鳥井たかこ/Harm.マツモニカ/Perc.飯島ゆかり
 ※トリオライブ、入れ替え無しの2ステージ制となります。

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