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⭐︎思い出の新聞投稿記事🗞️

思い出(NTT東日本むつ支店長時代)の新聞投稿記事(1999/7/28)
☆苦い思い出と徳川家康
私の会社生活は転勤が多く、新たな出会いやいろいろな仕事に挑戦する充実感、その地域の文化に触れる楽しみなど思い出がたくさんあります。仕事でのさまざまな失敗もありました。むしろそれが糧になってきたのかもしれません。今でも忘れられない苦い思い出あります。
私は入社してから支社や本社で事務畑の勤務が続き、第一線の現場勤務は40代半ばからでした。初めて日々お客さまと接する営業畑で課長として仕事に取り組むことになり、新鮮な気持ちで職場の皆さんと楽しく仕事をしたいと思いました。
ある日、係長と女性社員が話をしていました。係長は担当している仕事の経験が浅いためか、時々その女性社員から不満の声が出ていました。その日、その女性社員の声がいつもより高く、係長は黙って聞いていました。
しばらくそのやりとりを聞いているうちにキレたというのでしょうか。思わずその女性社員を怒鳴りつけました。興奮してしまい、何を言ったかも覚えていません。女性社員はびっくりし、泣いて事務室から出ていきました。気が付くと周りで仕事している社員も驚いて、すっかりしらけた雰囲気になっていました。 
しまったと思った時はあとの祭りでした。翌日、部長がとりなしてくれて女性社員に謝りましたが、課長失格の烙印を押されました。自業自得です。営業畑ですから、お客さまからのご意見・ご要望をお聞きする機会がたくさんあります。課長としては、まずお客さまの声、社員の声に落ち着いて耳を傾ける必要があります。自分には弱点はいろいろありますが、この職場で、特に“堪忍”が足りないと感じました。
テレビの大河ドラマを見たからでしょうか。何となく堪忍といえば徳川家康を連想したのでしょうか。山岡荘八の小説「徳川家康」を一気に読みました。家康は、竹千代時代に母と離別し、今川家の人質となり、さらに父広忠が非業の死を遂げるなど乱世のあらしに翻弄(ほんろう)されます。成長した家康が信長の疑惑を被り、嫡子信康は切腹、正妻築山殿を切らざるを得なくなる、秀吉との確執による関東への転封など…。家康の生涯から堪忍の大切さを学びました。その後も迷いが出るとこの本を読んでいます。
苦い思い出のある職場から3回転勤しました。今の職場では仕事が大きく変化し、しかもスピーディーな対応が求められます。社員とゆっくり話をする時間が取れません。ちょっとした時間を見つけて一人ひとりの社員に声を掛けるようにしています。今日も、苦い思い出を再び繰り返さないように思いながら、「おはようございます」と声がけし、一日がスタートします。

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