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京都へ

梅雨を先取りしたような空模様の、暗いニュースをきいた朝だった。平日の休み、ゴロゴロしてスマホみて溜まった録画みて買い物に行こうと思ってたのに家にあるもので晩ごはんをひねり出すように作るのはやめだと昨日は思っていたのに、出不精の妖精に脳内を乗っ取られそうだ。
だけどわたしは行く、京都へ。
フォトグラファーの大杉隼平さんの写真展が祇園のライカギャラリーで開かれているのをみたい。展示は明日までで、わたしには今日がラストチャンスだった。

JRの駅につくと、行先表示板にはは20分遅れの文字が流れていた。やがて10時過ぎという時間帯のわりに混んだ快速がホームに着いた。
わたしは京都に行くつもりだが、京都はわたしを拒んでいるような気もしたが、切符を買っているので進むしかない。乗り込んでからも電車は時々速度をゆるめ、途中で完全に停止した。運転席の窓から赤を示す信号と、あと少しでたどり着きそうな駅ホームに、前を行く電車が止まったままなのが見えた。
駅ではなく、線路上に止まったままの電車に乗っているのは心もとない。乗客はスマホをみたり、かかってきた着信に応じたりしている。車内アナウンスでなんらかの理由で停止していると説明があったが、よく聞き取れなかった。家でゴロ寝の休日の方が幸せだったんじゃ‥という思いが頭をよぎったが、電車はやがてゆっくりと駅のホームに入った。

途中から座席が空き、車掌が交代したのか聞き取りやすいアナウンスに変わり、暗雲たちこめていた京都行きに光が差し込んできた。
ひとつ前の4人掛けシートに、ツバの小さい白い山高帽をかぶった人が座っているなあと思っていたら、京都が近づいてきた頃、そのハットの主が立ちあがった。
池乃めだかやー、とわたしは心でさけんだ。
帽子だけでなく、全身が小洒落ていた。わからないけど身につけてるものみんな高そう!と思った。
頭の中でわたしはめだかさんを池乃めだかと呼び捨てにしていた。なぜかはわからないが、芸人さんを見かけた場合、声に出すかは別にして、呼び捨てか、ちゃんづけになるような気がする。(ミュージシャンなら“さん”をつけ、男性アイドルなら“くん”をつけるようにも思う)
池乃めだかも京都で降りていった。足取りはゆっくりな感じがしたけど顔の色つやは明るく感じられた。
電車は遅れたし止まったけど、めだかさんを見られてなんとなく嬉しく、どうか元気に過ごしてくださいと勝手に祈った。

時刻は12時前、わたしは京都タワー下の飲食街に向かった。JRに乗る前、祇園あたりの町屋風な店で和洋折衷みたいなランチをいただこうかしらなどと考えていたのだが、電車の状況から気持ちが激変し、気づけば“京都 昼飲み ビール”でスマホ検索していたのである。
京都タワー下は、旅行者や時間のないビジネスマンがさくっと飲食する場となっていた。昼だけど薄暗い照明の中、鷄、寿司、串揚げ、ハンバーガーなどの屋台が立ち並んでおり、椅子とテーブルが設置されている。
どこも美味しそうだったが、今の自分の欲求を手っ取り早く満たしてくれそうな店で“餃子ビールセット”を注文、フードコートで渡されるのと同じブザーを手に、適当な場所に座った。
餃子は美味かったし、セットの漬物も良かった。だがしかし、ビールの入った小ぶりのジョッキがプラスチック製で軽くて肩透かしをくらった気分に。ここ数年、外で飲む機会がほとんどなかったので、ジョッキの重さまでが懐かしかったようだ。

タワー下で、思わず本来の目的を見失いかけたけれど、わたしは駅のバスターミナルに戻った。
祇園に行くのに最も便利そうな路線の乗り場には、修学旅行生の集団が行列をしていた。5月といえば旅行のベストシーズン、ここは京都、かつての大混雑ほどではないが、客足は戻ってきているのかもしれない。
東山を通るコースはあきらめ、河原町通を北上するバスに乗った。河原町正面、昔から謎だった名前の停留所も過ぎ、四条河原町で降りる。
待ち合わせのメッカだった阪急百貨店は、何かのニュースできいたとおり大手家電店に変わっていた。祇園に向かって歩いていくと、やたら唐辛子の店があるような気がした。小雨混じりの曇り空から、五月の明るい日が差す天気に変わっている。
花見小路に入り、スマホを回転させながらGoogleマップをたよりに目的地のギャラリーにたどり着いた。

俳優の大杉漣さんが亡くなったあと、文藝別冊の特集を買い、息子の隼平さんの写真をみた。外国の風景とそれに溶け込みつつも浮き上がる人物が印象的だと思った。
二階建ての町屋の一階はライカのカメラがショーケースに並び、作品は二階に展示されていた。
雨上がりの町や水たまりに映る影、地下鉄の駅に佇む人、夜の町のあかり、都市のどこかが切り取られていると思うのに、なぜか自然を感じる。人も犬も写っていたけれど、表情がとにかくいい。
文藝別冊でみた、雨のロンドンの路上を写した作品があった。漣さんにも隼平さんにも縁がある街なのがわかるタイトルがついていた。
みたかったものがみられた。わたしは満足し、ギャラリーを出た。
帰りの阪急電車に乗る前に、有名なレトロ喫茶店に寄った。もしかしたら店の人がこわいかもしれないと怯えていたが(京都への偏見)、まったくそんなことはなかった。コーヒーを飲んでいると、自由行動中の修学旅行生らしき学生がお会計を済まし出て行った。


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