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ある町の素描

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3 路地裏の闇市

 ・・・・・・複雑に交差する迷路のような道を歩いていれば、蝟集する家々の屋根の向こうから夜空へ細く立ち昇る灰色の煙が幾筋かみえることがある。出元を探して歩きつづければ、やがて使われなくなった旧市街通りの路地裏や、取り壊された屋敷の跡地でひっそりと開かれている闇市に行き当たるだろう。たいていは木組みの屋台に小さな豆電球を吊り下げただけの移動式店舗が並ぶ市場には、必需品の煙草はいうまでもなく、食品や衣

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2 煙草工場

 ・・・・・・町のはずれに大きな煙草工場があって、住人たちが眠りについた夜明けの通りは、帰路へ着く工員たちの群れで飽和する。灰色の作業服に帽子という出で立ちの労働者たちは皆うつむいて黙りこみ、疲れに浮腫んだからだをひきずって、眠りに耽るものたちのあいだを行き過ぎる。彼らの通ったあとには薬品とゴムの焦げたようなにおいが充満して、朝陽が昇るまで靄のように漂っている。もう何年も、何十年も、ともすると幾世

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1 ある町の素描

 

 ・・・・・・夕陽の沈んだ空から色が失せていき、街路に落ちた墨色の影が濃くなるころ、おまえはその町をおとなうができる。
 町は宵闇とともに姿をあらわし、曙光とともに消えていく。
 町は刻々と際限なく広がるひとつの完全な球体であり、路傍の乾いた犬の糞である。
 町は、時刻さえ見誤らなければ、望むものは誰でも足を踏み入れることができる。たいていのものにとってほんとうになにかを望むことが、きわめて

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