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「朝日新聞政治部」鮫島浩

 本書の著者は、2021年に49才で朝日新聞を退職した元記者である。朝日新聞を長らく購読している――いまだに紙の新聞を購読している少数派である――私としては、このシンプルなタイトルに即座に惹かれた。いったい何を語ってくれるのか、期待を大きくしてページをめくっていった。
 著者は随分と羨ましい就活状況――就活勝者といえよう――を経て、大して関心が高くもない朝日新聞に入社し、にもかかわらず異例の出世で政治部デスクへ就任したり、新聞協会賞を受賞したりと、入社後のキャリアは素晴らしい実績を残している。もちろん本人としてはいいことばかりではなく、組織の論理に苦汁を飲まされることも多くあり、最後は「誤報」記者のレッテルを貼られることにも見舞われる。こうした経緯を、様々なトピックと実名を交えながら紹介していき、朝日新聞政治部の実情、特にその異様さを描こうとしている。
 ただ、本書の構成が著者の入社後から時系列を追って退社まで語られていることが影響しているのか、著者の個人史の記録という印象がどうも強くなってしまった気がした。著者曰く、本書は「失敗談」の集大成であり、大手新聞社の内情を知り尽くした立場からの「内部告発」でもあるとしている。あくまで自分が読む前に抱いた期待とのギャップということであるのだが、(失敗談や内部告発を通して)朝日新聞政治部の意思決定プロセスというかその構造、組織の論理というものについて、もう少し掘り下げたことが知りたかった。著者が最後に「単に内部事情を暴露したかったわけではなく、新聞ジャーナリズムが凋落する転機となった事件を構造的に究明するには」と記してあるように、紹介する事例を絞って、この点をもっと書いてくれていたら満足度が高まったと思う。
 著者は現在、自分のウェブメディアを立ち上げ、時事討論番組への出演なども活発に行っているようである。調査報道に関心が高い、デスクになったら自らは取材しないというのは好きではない、会社在籍時におけるツイッター使用の解釈、等々を見ると、そもそも会社組織で仕事をすることになじまない性格であることが伺える。こういう点を見ると、50才を目安に退職を決意したというのが、ちょっと遅かったのではと思った。ネット環境をもっと早く使いこなせていたら、退社時期ももっと早かったのではないか。とはいえ、なかなか会社を――大企業に所属しているという身分を――手放すことができなかったというところは、サラリーマンとしてリアルな姿を描いた一冊であるともいえる。


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