懺悔

「もうほんの気持ち右。もう少し。オッケー。」
直後に同期が抜いた。

 大会や試合というものは往々にして、たった一つのミスや妥協が負けに直結したりするものだ。ましてや弓道の個人戦は一射抜いたら敗退のサドンデス。弓を執る選手はもちろん、一射ごとにアドバイスをしたり立ち位置の調節を手伝ったりする介添えもまた同じような緊張感と集中力が必要とされる。シングルスよりかはダブルスのほうが感覚は似ている。


大会三日目。同期の個人戦の介添えをお願いされた。彼とはこの半年以上、部活の経験や知識、感想までも共有する中になっていた。彼の射を一番わかっているのは自分なのだから当たり前だろう。試合前にはなるべく話しかけない。10分に一回ふっと笑える人声をかけてあとは放っておく。これがいつもの彼のリズム。完璧に理解していた。直前練習、彼の特徴から今日のコンディション、悪い癖、この時間で治せるかどうか、完璧に考えて実行した

良い結果が見られそうだ。

彼が的の前に正対する。立ち位置の修正は完璧だった。直すところはない。そう送り出した。

ふと昨年の同大会の時の彼の悔しそうな顔が浮かぶ。一射目にして普段から問題になっていた癖が出たせいで敗退。最初は悔しいどころか呆気にとられた顔になり、徐々に悔しさがにじみ出てきていた。自分まで悔しかった。

今年こそはそうならないよう今日まで、ついさっきまで準備をしてきたのだ。もう同じミスはしてはならない。

彼が弓を起こす。起こした弓をだんだんとしかし勢いよく押し開いていく。大きく開かれた彼の四肢を見て胸を背筋を見て思わずうなずいた。完成されている。一射目を詰めた。

まだまだ一射目ではあるが思わず顔がほころぶ。勝って兜の尾を締めなければいけないのだが今だけはいいだろう。
「ナイス!」
互いのこぶしをぶつける。もうそこには昨年の呆気にとられた顔もそのあとの悔しそうな顔も影すら見せてこなかった。

二射目に臨む。
「いけるよ。かましてこい!」
そう背中を送り出した。

「もうほんの気持ち右。もう少し。オッケー。」

かなり左に立っていた。だいぶ直したのだ。さっきはこぶし三つ分くらい左によって立っていたのだ。今は4cmほど左だがだいぶ修正はできただろう。

焦る必要はなかったのに。

弓を押し開く彼は先ほどと違わずきれいなものだった。口の出しようのないほど完璧で、この一年の成果を示すには、今日の練習の修正を示すには、十分な射だった。

矢は的の左側にまっすぐ吸い込まれていった。彼の口が開いた。そのあと徐々に顔が暗くなっていく。昨年見たあの顔だ。



20分ほど二人で歩いた。立ち位置のことは言わなかった。いや、言えなかった。適当に左側に飛んで行った原因をでっちあげる。彼の癖を知っているからこそそれっぽく指摘する。

快晴だったはずだが心の中は不思議と陽の差さないどんよりした天気だった。


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