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無記名原稿フィルター求む。

年齢を重ねて、段々無理ができなくなってくると、当たり前に無理をしなくなる。そのときに初めて、自分が何に対して無理をしていたかを認識する。

「若いうちの苦労は買ってでもせよ」というけれど、実際は「若いうちの苦労は勝手にでも背負ってる」とでも言おうか。

あえて火中に飛び込まなくとも、元気なうちは元気な分だけ身体も心も勝手に無理してるものだ。

だから「まだ若いんだから少々の無理も利くだろう」と、無理を強いるのは好きじゃない。それぞれ何に無理をしているか、どこまで無理が利くのかなんて、自分にもわからないのに、その限界値が他人に分かるはずがない。

それでも人は、「良かれ」という名のもとに、自分の経験という、多分に個人的で狭い体感を他人に当てはめようとする。

と、考えていたとき、

これは逆からみれば、人はいかに体験に強く左右される生き物か、とも言えるなと思った。


本で知る、人に聞く、ニュースで見る。
それらのなかの言葉よりも、自身の実体験のインパクトはとても大きい。

小売の世界で「体験を売る」なんてことが言われたりするけれど、それはモノを買うという行為を体験として強く印象づけることで、その後の伝播力を高めるということだから、手法として確かに正しいと思う。

だから僕たちが日常的に目にする、例えば、LINEニュースや、ヤフーニュースなどの記事を読んだ時の不毛さの理由は、そこに編集者はもちろん、書き手の実体験が伴っていないからで、極端に言えば、記者が取材をしていないということだろう。

僕にとっては、雑誌・本であれwebメディアであれ、編集工程のなかで最も楽しく幸福な時間が、取材だ。取材というリアルな実体験の場で感じた僕自身の熱量が、アウトプットに見事なまでにまっすぐ影響する。

取材現場の感動値は、ゲームにおけるHP(ヒットポイント)のようなものを想像してもらえばいい。それが世の中にアウトプットされるまでの長い道のりのなかで、減っていくばかりのHPは、よほどのことがない限り、途中で回復できない。最終、校了までの長い工程を戦い抜くためには、それに耐えうるHPを最初にしっかり蓄えておかねばならない。だからこそ取材現場でいかにハートの器を大きくできるか、が重要なのだ。

そのことなしに、読者に新たな実体験を促すような強度のある記事は書けないと思う。


一度何かしらのメディアにアウトプットされた言葉の引用であっても、せめてそれが自分の体験としてどうあったのかを伝えてもらわなければ、少なくとも僕は読むのがつらい。どんな内容であれ、書き手の実体験に基づいた原稿に僕たちは惹かれる。

「どこどこの番組で誰々がこう言っていた」どころか、さらに「〜という模様が放送される予定」みたいな、結局番宣かよ!的記事で溢れるネットニュースは、そろそろ迷惑メールのように、一律、フィルターにかけられないものか? と思う。

ではそのふるいの網目をどうつくるか?

それはただ一つ。無記名原稿か記名原稿か。

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編集者。1974年兵庫県在住。『Re:S』『のんびり』編集長。著書に『風と土の秋田』リトルモア、『魔法をかける編集』インプレス。『アルバムのチカラ』(共著:浅田政志)赤々舎。その他、『ニッポンの嵐』『るろうにほん 熊本へ』(佐藤健)など、手掛けた書籍多数。

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