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しなるちから

 ごおごおという風音とともに見たこともないくらい木々が反り震えている。ふだんはまっすぐと固い幹にこれほどまでの弾性があることに驚きつつ、それも限界を超えてしまうのではと不安になる。北風と太陽の物語のように、あまりに強引な強風を家の中から眺められる幸福を噛み締めながら、視線をネットフリックスの大画面に戻す。大きな台風が直撃していた。やり過ごすには、しなりが必要だ。

 生きていると、ふとした拍子に不安におそわれることがあるけれど、いくら大型台風のような不安におそわれようが、しなり耐えることができれば、その不安は必ず過ぎ去っていく。強固なハートでそれに立ち向かうのだと根性論で対抗してしまえばきっと、いくつもの木がささくれた滑り台のように天に向かって折れた腹の棘を伸ばすに違いない。生きていくために必要なことはしなり、、、だとつくづく思う。耐え忍ぶのではなく、しなるのだ。

 しなりで思い出すのは、東北三大祭りのひとつ、秋田県の竿燈まつり。長い竹竿にいくつもの提灯がぶらさがった竿燈を、手のひらや肩、腰、おでこなどに乗せて、バランスを取りながら大通りを練り歩く独特な祭りだが、大きいものは長さ12m、提灯の数46個、重さにして50㎏もの竿燈をバランスよく支える差し手の技術には毎度惚れ惚れする。車両規制された竿燈大通りをいくつもの竿燈が並ぶその姿はまるで稲穂。まさに、実るほどこうべを垂れる稲穂かな、と詠みたくなるような姿に、米どころ秋田の五穀豊穣への祈りを感じる。沢山の実りをもってなお折れることのない稲穂のように、提灯の重みや風に抗うことなくしなる竹竿は、虹のごとくカーブを描き、差し手もまた、お尻を突き出し腰を反り、体をしならせながらバランスを取る。力4割技6割といわれるその妙義を支える差し手の美しさは、提灯の重みに耐え抜く竹のしなりと同調することにある。

 僕が秋田や東北の町に憧れと尊敬を持つのは、冬の厳しい土地で、人々がそこに抗うのではなく、しなる、、、ことでいなす、、、からこそだ。秋田の人たちがよく言う「どうしようもない」という言葉は、諦めではなく、しなりの言葉だと僕は理解している。降っては寄せて降っては寄せての連続に、不毛な気持ちが芽生えそうになる雪寄せ(雪かき)だけれど、それでも寄せなければ、それはイコール死につながる。しなぬ、、、という強い意志と希望がしなる、、、ということだ。

 デスクワークが多く、肩こりのひどい僕は、歳を重ねていよいよ身体にしなりがなくなっているように思う。どうしようもなく辛いときは、整体やマッサージに頼ることも多い僕だが、最近は強い指圧を好まなくなってきた。より強い力で押してもらわないことには到底この硬い身体はほぐれないと感じていたけれど、強い力で押されるほどに身体が硬直することに気づき始めた。さすられたり、トントンと軽く触れてもらったり、そんなやさしい接触で、強張った身体がゆるゆるとほぐされていくことを実感する。力をもって力に抵抗するのではなく、力をいなす、しなりを持つこと。これが何事においても、僕の最近のテーマだ。

 映画バービーを観た。とても良かった。けれど世間の評価は星二つ。なんてことだ。「バービー」公式PRアカウントが、ネットミームと呼ばれる、ネット上で模倣拡散されていくネタ画像に好意的な反応を示し、その画像が原爆のキノコ雲とバービーのコラ画像だったことから、日本で大炎上してしまったことも低評価の大きな要因となっているように思うが、バービー人形という一見こども向けなモチーフをもって、ジェンダー問題に鋭く愉快に切り込んでいるこの作品を、そういった先入観なくもっと多くの人に観てほしいと、すなおに思う。

 この映画で語られていることの一番は、バービーの否定であることが、とても刺激的で面白い。女性性の偶像的なバービーの自己否定とともに、それが男性視点からの理想像であることの指摘は、とてもわかりやすい話だ。この映画で、僕が強く共感したのは、男性社会がいかに、しなりを持たないかという部分だった。これまで僕は、市民や一部議員の攻撃的な力に、対抗するか折れるかしかできない行政組織や、社風という名の組織内慣習で身動き取れない企業などとお付き合いさせていただくことも多かったので、しなりをもって、いなすことのできない強張った組織ほど、男性中心な組織だと実感してきた。世間を見回してもそのように感じることも多い。政治の世界など見事にそうだろう。男性優位な社会構造ゆえの成功感覚を自己の力と勘違いして、偉そうな顔で、持てる力を行使せんとする社会に辟易する。勝ち誇ったような顔でパワーゲームな思想を押し付けんとする男性たちに、残念な気持ちになる。それもこれも抗う発想だからだ。

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