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断熱に代わる言葉を探して(岩手県紫波町の旅)

夜に盛岡で行われるトークイベントに向けて花巻空港に到着した午後、僕はそのまま盛岡市内に直行せず、紫波町しわちょうに向かった。友人で編集者仲間のいづみさんが空港から車で連れて行ってくれたのだが、花巻空港から盛岡へと北上するちょうど途中にあるのが紫波町で、想像よりもアクセスのよい町だと知り、岩手の地理の解像度がまた上がった。

そもそもどうして紫波町に寄ることにしたのか。その理由は、先月、宿泊した島根県隠岐島、海士町の「Entô(エントウ)」というホテルでの、ある夜の出来事にあった。

隠岐のジオパークを体感できるホテル。最高だよ。

二日に1回、ホテルEntôのアクティビティとして行われる焚き火タイム。せっかくだからと宿泊二泊目の夜に、Entô社長で友人の青山くんと旧交を温めるべく、ビール片手に火を囲んでいたら、途中から別グループの方々が合流された。焚き火のほのお独特の1/fゆらぎが、互いの心の壁をもほどよくゆらしたのか、ふとしたきっかけから会話が始まり、そのグループのみなさんが、海士町に建設予定の町営住宅の設計チームのみなさんだということがわかった。そしてそのなかに、有名な建築家の竹内昌義さん(みかんぐみ)がいらっしゃった。竹内さんと言えば、「断熱」のスペシャリストだ。ちなみに、竹内さんも僕と同じくVoicyをやってらっしゃるので、ぜひ。

海士町最後の夜に思いを馳せつつ、焚き火を眺めるその時間のゆるやかさは、あたらしい出会いにはちょうどよく、Entôの名の由来の一つでもある【ご縁の島】のごとし、共通の知人の話などで盛り上がり、焚き火を前に生まれつつある微かなご縁の余韻を残したままその日は部屋に戻って眠りについた。

翌日、偶然にも帰りのフェリーから空港バスまで竹内さんと一緒だった。実のところ僕は、最近とみに断熱に対する興味が増幅していて、断熱の専門家でもある竹内さんに、道中、やたらと質問をして、断熱のいろはを教えていただいたのだけれど、きっとここまで断熱に食い気味な編集者に初めて出会ったのか、ずいぶん面白がっていただいた。そして別れ際に、「日本の地方で一番断熱住宅が進んでる町ってどこですかね?」と聞いてみたのだが、竹内さんはその問いに「紫波町」と即答された。

ということで、せっかくの岩手入り、絶対、紫波町に寄るぞと決めていた。

紫波町役場

岩手に着いた当日、なんだか連絡しないのも不自然な気がしてきて、お忙しいに決まっているのに、空港から紫波町に向かう途中の車内で竹内さんに「せっかくだからここ行っとけみたいなところあれば教えてください」とメッセージを送ってみた。すると30分後には、15時以降に役場の○○さんを訪ねてくれと返事がきて、その手配の速さに、こういうところが竹内さんの凄さの一つなんだなあと思いながら、ありがたく役場に向かうことにした。

竹内さんが伝えてくださっていたからこそだけれど、役場の方はとても丁寧に、紫波町のこと、有名なオガール(飲食店、販売店、クリニック、体育館、ホテル、図書館、町役場、などで構成される複合商業施設)の成り立ち、そして断熱住宅のことなど、いろいろと教えてくださって、とても勉強になった。

図書館は残念ながら休館日だった。

親しい友人たちには、しきりに話しているのだが、僕はいま産業廃棄物処理業者さんのお仕事にとても力を注いでいて、そんななかでよく聞こえてくるのが、太陽光パネルの寿命に伴う廃棄問題。脱原発は当然だし、自然エネルギー推進は、当たり前の流れだけれど、いま一番大切なのは、エネルギーをどうつくるかより、どれだけエネルギー使用を抑えるかという話のはずだ。僕はそういう意味で国の施策がずれてるように思うことがよくある。

これは都政の話だが、東京都の小池知事による新築住宅への太陽光発電システム設置の義務化なんて、ただの利権確保と、お得意(だとは思えないけど実際多くの都民が票を投じてるんだから、やっぱり得意なんだな)の環境に良いことしてるアピールにすぎず、本質を見てない代表事例だ。

それよりもエネルギー効率をあげ、石油燃料はもちろん、電力使用量そのものをできる限り抑える暮らしを、どうつくるかが、長い目でみて考えたとき、環境面でも経済面でもとても重要。その一番の要が断熱だ。これだけ経済力が落ちて(そのことに対して僕自身はそんなに危惧を感じていないけれど)資本という名の体力が乏しい時代だからこそ、断熱は国をあげて進めるべき大事な案件で、僕はいま、そのためにもマスにきちんと広げるための断熱本を編集したいと本気で考えている。(出版社求む。ガチです)

そもそも僕が断熱に興味を持ち始めたのは、東北の仕事が増えていった2011年頃に遡る。東日本大震災をきっかけに、東北に訪れるも、当時、同業者たちが太平洋側だけに目を向けていたことが気になった僕は、日本海側、秋田の窮状を思い、秋田での仕事をつくって、十数年間秋田に通い詰めた。そんな日々のなかで、不思議に思っていたのが、冬の厳しい東北取材を終えて兵庫県に帰ったとき、なぜか関西の自宅の方が寒いと感じていたことだった。

それもこれも、東北と関西の住宅では、断熱構造のベースが違うことからきている。それに気づいたのは、ずいぶんあとになってからだ。たとえば東北では当たり前にあるような、二重構造のサッシがいかに重要な役割を果たしているか。それが襖のような、両面に紙が2枚貼られているだけの構造であっても、紙と紙とのあいだにできる空気層は、断熱において重要な役割を果たす。

それこそ僕が、夏場の冷房対策のために常備している「もちはだ」のカーディガンも、パイル織のループ構造を壊さないまま、さらにその表面を毳立たせる、ワシオ株式会社の特許技術が可能にした、空気層の確保がその暖かさの重要なキーとなっている。

さらに言えば、僕がまだ30歳くらいの頃、大人でも職場に水筒を持参する文化をつくろうと「マイボトル」という言葉を提案して世の中に広めていったのだけど、あのマイボトルのベースになっているステンレスボトルは、まさに真空の層がもたらす断熱構造のプロダクトであって、そう考えれば僕は20年前からやっぱり断熱に興味があったのかもしれないとも思う。

実は今回、僕を紫波町まで連れてきてくれたいづみさんが、紫波と矢巾の町を軸に不動産会社を営む「くらしすた不動産」の星さんというご夫婦を紹介してくれた。竹内さんがつないでくれた役場のみなさんとの時間の前に、星さんのご自宅に立ち寄らせていただいたのだけど、聞けば、まさに竹内さんにもアドバイスをもらいながら進めた断熱住宅とのことで、この日の岩手ははとても暑かったのだが、家に入らせてもらった途端に、体感温度が一気に下がって驚いた。

冷房なしでニャンコも涼む

これは、海士町からの帰りに竹内さんに教えていただいて驚いたのだけど、現在の断熱施工依頼で多いのは、冬の寒さ対策よりも、かえって夏の暑さ対策だそうだ。具体的には都会の小学校の冷房が効かない問題がかなり深刻で、そこに断熱の知見が求められているとのこと。断熱効果は冬の寒さ対策にあると思われがちだが、まさに魔法瓶がそうであるように、冷たいものは冷たく、温かいものは温かく、温度を保ってくれるのが断熱だ。だから僕は編集者として、この理解を深めるために、断熱に代わる、あたらしい言葉を提案したいと考えている。

そこで色々と考えているのだけれど、ヒントになりそうだなと思ったのが、「断熱」という言葉が=寒さ対策というイメージが強いのに対し、「遮熱」という言葉は=暑さ対策というイメージが強いこと。実際、断熱は家の中の空気をキープし、遮熱は外気熱から家を守るという、目的の違いがある。断熱のもっている保温と、遮熱が持っている保冷のイメージ。ならば断熱だけでなく、断遮熱とするだけで、寒さ対策だけでなく、暑さ対策のイメージも立ち上がってこないだろうか。

くらしすた不動産、星さんのご自宅を拝見していても、断熱構造の壁が如何に室内の温度をキープするべく大事な役割を果たしているか、そしてさらに外の庇(ひさし)やブラインドが、いかに熱を遮る重要な役割を果たすかがわかる。断熱を考えたとき、いわゆる断熱だけでなく、当然、遮熱も重要なのだ。つまり、断熱構造ではなく、断遮熱構造。そういった言葉遣いに変化させるだけで見えてくる、あたらしい世界がないだろうか。

星さんたちと記念写真撮った

個人的には、そこで重要な役割を果たしている空気の層のことを伝えたいという思いもあり、そういう意味では「断遮熱層をつくる」といった言い方で、構造の重なりや分断、フィジカルな厚みなどをも感じさせる「層」という言葉を用いることが大事な気もしている。また「断遮熱」ではなく「遮断熱」の方がしっくりくるのではと思うかもしれないが、「遮断」という強い言葉にひっぱられてしまうので、かえって「断遮」の方が新しさを含むのではないかと考える。

それこそ、竹内さんはじめ、専門家の人にいろいろと意見を聞いてみたい。

星さんのお家で断熱の効果を体感し、さらに、くらしすた不動産自体の面白い活動のお話を聞いたあと、役場にいく前にさらに少し時間があったので、前回の岩手入りの際から行きたいと願っていた「ひづめゆ」という温浴施設に立ち寄った。サウナ好きのあいだで、ここのサウナがとてもいいと評判なのだ。同じ敷地にハードサイダーの醸造所も併設されているとのことで、大きな施設を想像していたが、実際はとてもコンパクトでほどよく、平日の昼間だというのに若い人たちがひっきりなしにサ活していた。

噂のサウナのクオリティはとても高く、セルフロウリュ可能で湿度バッチリ。湿度のおかげでしっかり温度を感じられるサ室に、水深たっぷりな水風呂が待っており、その後のととのいスペースへの導線も含めて完璧。時間の都合で1セットしかキメられなかったけれど、それでもじゅうぶんととのわせてもらった。

なんとこの「ひづめゆ」、経営しているのは、星さんたちだというから驚き。

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