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みんな「菌の声を聴け」ばいい。

鳥取県智頭町のパン屋「タルマーリー」のイタルさんとマリコさんによる新著「菌の声を聴け」を読んだ。僕自身の近年の思考の流れを、とてもシンプルで強く、リアルで説得力ある言葉で、且つ丁寧に代弁してくれたと錯覚するほどに、心底共感しながらあっという間に読了した。

思い返せば、発酵デザイナーの小倉ヒラクと出会ったあたりから、僕の編集スタイルが限りなく醸造家的であることに気づき始め、その後、ヒラクプロデュースの発酵ツーリズム展のディレクションをさせてもらった頃には、僕のなかでそのことがハッキリと確信に変わっていた。

イタルさんマリコさんに出会ったのも、ちょうどヒラクに出会った頃で、その後何度かトークをご一緒させてもらったりして僕は知らず二人の生き方からも様々に影響を受けていたように思う。

僕が秋田に通い始めた頃、秋田の人たちが持っているのんびりな空気は、目の前にある自然や牧歌的な風景ゆえなのだと思っていたけれど、その根っこにあるのは、その風土をベースとした発酵文化にこそあるのだと気づいたのは、タルマーリーさんやヒラクのおかげだ。

秋田で僕は、さまざまな蔵人の方々に出会い、多くのお話しをきいたけれど、みなさんが共通して言っていたことは、つまるところ「菌の声を聴け」ということだった。

そしてこの本の素晴らしいところは、菌の声を聴くべきなのは、醸造家など発酵にかかわる専門家たち、ましてやパン屋さんに限った話ではないんだということを、懸命に伝えようとしているところにある。

例えば僕は、食べログなどがない時代に、地方の見知らぬ美味しいお店を見つけるのが特技だった。あの嗅覚みたいなものや、第六感的なものの正体はいわば菌の声だったのかもしれないなんて思ったりもする。イタルさんも言っているけれど、それを完全なオカルト話にしてしまうも、心の半分くらいそのことを真剣に信じてみるも、そこは自由だけれど、ここで言わんとしているのは、目に見えているものだけを信じちゃいけないっていうシンプルな話だ。

食べログで星4の店を僕たちは星4だというスパイスを加味して食す。そしてさすが星4だと満足する。しかし僕の実感としては、地方で素晴らしく丁寧な仕事をしている庶民的なお店の食べログ評価は大抵が3.0前後だったりする。つまりそうやって可視化された数値情報よりも、自分の体感や実感や直感のようなものを信じて行動することが必要なんじゃないか? と。それこそ食べログ的な便利ツールに溢れた時代だからこそ、強く訴えている。

かつての、そこそこ過酷な地方旅のなかで、唯一の楽しみと言ってもいい「食事」が美味しくなかったときのショックたるや、「マジで一食返してくれ」って思うほどつらかった。そういう苦い経験も含めて、僕たちが本来もっている感覚は徐々に研ぎ澄まされていく。本書にも書かれているけれど、「美味しさ」という本来多様なものを平均化してしまうことが、飲食店の多様性をもなくしてしまう。そこに加担するのはもうやめたいとつくづく思う。

そういえば、以前ミシマ社の「ちゃぶ台」という雑誌に『あきた発酵中〜均質より菌質を』というテキストを寄稿したこともあったな。


世の中の多くは誰かの意図で出来ている。つまり、世の中の常識は誰かの都合で出来ているに過ぎない。ジェンダーレスが叫ばれているのも、そのことに多くの人が気づいたからだ。どこかの誰かの個人的な欲でコントロールされたものではなく、そこに人間の意図がないものを信じられるチカラのことを、僕は「強さ」と呼ぶのだと思う。

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