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南三陸の奇跡。レジリエンスのチカラ。

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震災直後から何度か足を運んでいる南三陸だけれど、戸倉のカキ部会の方達ほど、その情熱と行動をもって、自らの手で、未来を近づけた人たちを、ほかに知らない。ずっとずっと取材したかったレジェンドなお二人を、南三陸に長年伴走し続ける、尊敬する先輩、吉川由美さんにつないでいただいて取材することができた。

これ、マジで映画化したいくらいの話。

そもそも僕がジモコロで、この「レジリエンス」というシリーズをやりたいと、編集長のだんごに提案したのは、まっすぐ、北陸・能登の人たちへのエールをおくりたかったからだった。いまもなおなかなか復旧が進まない能登だけど、震災後の未来は震災前に戻すことじゃないと僕は強く思う。

そのことについては、レジリエンス記事一発目の、南三陸ワイナリーの佐々木さんもおしゃっている。

「そもそも以前の町に賑わいなんてあったっけ?」そんなシンプルな疑問をも吹き飛ばす「復興」という二文字。

「復興」。僕の視点からすれば、明らかに現場目線ではない、都会から地方を見下ろす言葉のざんこくさを超えて、未来を創造していくことにこそ、意味があるのだと僕は強く伝えたい。

いま現在も、東京ローカルな都知事選の報道を、一国の首相が決まるかのような勢いで報道し続けるマスメディアの状況に、地方に住む僕は、冷めた怒りを抱えて生きている。どんな小さな町だろうと、自分が生きるこの町の首長が大事だ。

僕は昨日、隠岐島の海士町から帰ってきたけれど、帰りのフェリーが偶然、町長の大江さんと一緒だった。はじめてお会いしたときは、伝説の山内町長の頃だから、大江さんは観光課の課長とかだったように思うけれど、山内さん、大江さんとつづく、海士の首町の哲学と行動が、海士町を若者Iターンの絶えない離島たらしめている。

能登のインフラ復旧は、国を挙げて全力で急いでくれと心底思うけれど、一方で、人間も土地も回復には時間がかかるのも事実。けれどその回復のチカラは凄まじく、計り知れないほどに大きなものだと信じている。そんなレジリエンスの力を、多くの人に届けたい。

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藤本智士

以下、取材中の未使用フォトを。

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