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私の通学路はスマホの画面でした。

一回お休みする前のファーストシーズンから数えると丸5年ほど続けてきた『のんびリズム』(ABS秋田放送)というラジオ番組をこの3月で終えることにした。終えること自体は半年以上前から決めていたのだけれど、先日いよいよ最終回の収録があった。

コロナ禍ゆえ、この二年間ずっとzoomを使ったリモート収録をしていたけれど、最後くらいはゲストを含めた全員で同じ場所に集まろうよと秋田市某所に集合。そして迎えた最終回のゲストは、最近すっかり会えなくなっていた秋田のデザイナー、シブこと、澁谷和之だった。

シブとはコロナ禍に入るか入らないかという時期に、仙台でばったり会って以来会えてなかったので、きっと丸2年は顔を見ていなかったように思う。2年会わない人なんてもちろん沢山いるけれど、彼の場合、それまで『のんびりし〜な』という番組で2ヶ月に一回くらい会うどころか一緒に旅をしていたので、なんだか顔を見ただけで懐かしいような、ホッとするような気持ちになった。

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シブもいまでは秋田のクリエイティブを支えるとても大切なデザイナーに成長しているけれど、10年前に出会った頃はまだまだヘナチョコで、のんびりを制作している頃は、アートディレクターの堀口努さんにも、僕にもしっかり絞られて、ヘトヘトになっていたのを思い出す。

当時、編集長である僕とADの堀口さんが彼の何に対して怒っていたかというと、若さゆえの技術のなさや考えの甘さなどではなく、彼が「愛」とか「思いやり」という言葉を簡単に口に出してしまうことだった。

堀口努というデザイナーさんは僕のクリエイティブにとって欠かせないパートナーで、僕がもっとも信頼を置くデザイナーさんの一人だ。堀口さんを知る人はわかると思うが、堀口さんは口数が少なく、あまり多くを語らない。けれど、例えば、写真を2ミリ右にずらすかずらさないかというその決断一つに深い愛を感じるのだ。それは読者に対する愛であり、カメラマンへの愛であり、被写体への愛であり、ときにその誌面の言葉を綴る僕への愛でもあった。

僕のような編集執筆者は、その愛とか思いやりを言葉や文章で表現するのが仕事だけれど、それとて「愛している」と書くことではない。同じく、デザイナーの愛は愛そのものを表現、デザインすることではない。だから、若かったシブが自分の愛や思いやりを声高に主張することに僕らは本気で怒った。実際、当時のシブにはそうやって言葉にして主張するに見合う愛や想像力が足りていなかった。それゆえ、愛を込めてのんびりの制作チームから外れてもらったこともあった。けれどシブはのんびり制作最後の年に「もう一度関わらせてほしい」と、再びのんびりの制作現場に帰ってきた。その時のシブの言葉は僕らにとってとても嬉しいものだったし、それを誰よりも喜んでいたのは、間違いなく堀口さんだった。

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そんなシブにゲストに来てもらって、久しぶりにトークをした。シブの最近の仕事を拝見しつつ、彼の言葉で、彼なりのデザインの現在地を聞きながら、つくづく、よいデザイナーに成長したなあと嬉しくなった。

彼が最近取り組んでいるプロジェクトに「国語・算数・理科・デザイン!」というものがある。秋田で暮らすデザイナーとして、デザインに必要なのは技術よりも思考であると考えたシブが、その思考を身につけるには、国語・算数・理科・社会のように、基礎教育としてデザインという授業があればいいのでは? と、実験的に始めたプロジェクトだという。

実際、秋田県内の高校生、大学生、社会人を集めて、シブなりのデザインというものを伝えていると話す彼に、「実際に何をしているのか?」と聞くと、彼は一言「観察です」と言った。

「半年の期間のなかでひたすら観察をしてもらうんです。具体的には、なにか一つのテーマを決めて、それについてひたすら観察してもらう。それだけのことなんですけど、この観察が意外にできないんです。」

ちなみに編集者である僕の場合、すべてのクリエイションのスタートは常に「取材」だ。それは彼の言う観察なのかもしれない。僕にとっては取材なくしてなにもはじまらない。きっとそれはデザイナーにとってもそうで、ある種のリサーチやフィールドワークがなければ、アウトプットの拠り所や根拠が見えず、結果的に全くマッチしないものづくりをしてしまう可能性すらある。そういう意味でも「観察」は大事だし、もっと言うと、どこにデザインの余地があるのか、デザインを施すべきなのかが観察によって明確になる。言い方を変えれば、何をデザインしたいと思うかの源泉こそが大切で、それは観察の先ににしか生まれないということをシブは伝えたいのだろう。

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そこでシブが、具体的なエピソードをひとつ話してくれたのだけれど、その話に僕はとても大きな気づきをもらったのでここにシェアしたい。

秋田で暮らす、ある高校生のチームに彼が与えたテーマは「通学路」だった。自らの日常である通学路を半年間ひたすら観察するというその課題に対して、それぞれが真摯に取り組みはじめたとき、ある高校生がシブにこんな言葉を返してきた。

「わたしの通学路はスマホの画面でした」

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