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いまを大切にする。

 アフリカに住む狩猟民族、サン族の研究をされている津田塾大学の丸山淳子さんという学者の方のお話をラジオで聞いていて、彼らが日々の暮らしにおいて3年後や5年後の話をしないのは定住ベースではないからで、日本人がそう考えるのは明日も同じ会社や組織(サン族は家族の定義もとてもユルいのだそう)にいるとか、同じ場所にいるといったことが知らずベースになっているからだとおっしゃっていて、なるほどと唸った。

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 3.11に福島で講演を頼まれたこともあって、いとうせいこうさんの『福島モノローグ』という本を読んでいたら、とある年配の女性の言葉に「三歳くらいの子って今しかないんですよね、見ていると。過去とか未来とかない。明日の心配はしないし、昨日のことで泣かないんですよ、三歳の子って。」というのがあってハッとした。

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 まったく異なるソースから同じ気づきをもらった僕は、いよいよ我々は先にゴールを設定し過ぎているんじゃないか? と思った。ゴールや成果を先に決めてしまうのではなく、もっといま現在に注力することが、僕たちの生き方を変えるのではないかと思う。

 僕が編集する書籍の取材において、台割と呼ばれる設計図を作らなかったりするのは、無責任なゴール設定に対する抵抗だった。そのスタンスを、ときに『のんびり』のような、秋田県庁のオフィシャルな発行物においても貫いたのは、それが僕なりの誠実な態度だと思ったからだ。

 いま僕は「にかほのほかに」という閉校した小学校の利活用についてさまざまな編集を試みているけれど、いま僕が最も大変に思っている壁は、公共事業は先にゴールを設定しないと何も進まないというジレンマだ。

 当初計画はあくまでも当初計画であって、世の中の変化とともにその計画は変化していくべきだと考える。それを「最初にこう決めたから」という言葉に頼って進んでしまうと、どこかで思考をストップさせてしまうことになる。

 前回のnoteに書いたように、自分が夢中になれるものなんて、今の自分にはわからない。そういった自分の背中を心地よく押してくれるものは偶然でしか出会えないのだ。そのためには未来のことをあーだこーだ考えず、いまこの瞬間を意識して生きていくしかない。

 取材していて最も興奮する瞬間、つまり幸福を感じる瞬間というのは、偶然の出来事が次々に紐づいていく時だ。それまで意味を持たなかったものが、ある瞬間を境にとても意味のあるものに変化する。その変容の見事さを知るからこそ、僕は自分の想像力を過信しない。

 プロの編集者なら、変化する世の中を見越して計画を立てろと言われるかもしれないけれど、そんなもの予言者じゃあるまいし無理。ハッキリ言う。無理。もしそんな風に常に的確な予測をする人がいたとしたなら、単に後付けの上手な人だろう。それくらいなら僕だって得意だ。しかしそれはやり過ぎるほどに不誠実になる。

 終身雇用という仕組みが次々と綻びを見せ、伴って大きな組織がその責任逃れをするべく仕切りに「自助」を訴えている。先行き不透明な世の中で、本当にそのゴールに意味はあるのか。それはあなたのためのゴールなのか?誰かにとって利用価値のある自分を生きるより、自分にとっての心地よさを考えた方が良いのではないか。


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藤本智士(Re:S)

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編集者。1974年兵庫県在住。『Re:S』『のんびり』『なんも大学』編集長。著書に『風と土の秋田』リトルモア、『魔法をかける編集』インプレス。『アルバムのチカラ』(共著:浅田政志)赤々舎。その他、『ニッポンの嵐』『るろうにほん 熊本へ』(佐藤健)など、手掛けた書籍多数。