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手磨きと電動歯ブラシの間にあるもの。

 ずっと愛用している電動歯ブラシがある。というか、あった。

 これまで幾度かの紛失を経てもなおブーメランのように帰ってくる愛しさも含めて(ただホテルに忘れては着払いで送ってもらってるだけ)愛着を持っていたのだけど、ついに本当にいなくなってしまった。いつものようにホテルに忘れたなと電話してみるもないという。お手上げだった。しかしまあこんな時代だし、手磨きに戻す良い機会かと、しばらく手磨き生活をしていたんだけど、昨今の旅割クーポン的な金券配り政策にまんまとのせられて、クーポンを使うのも使わないのも癪だと思いながら、気になっていた電動歯ブラシを買ってしまった。

 しかしほんとあのクーポンは不要だと思う。国民のためという善意のふりをして、やたらと消費者スイッチを押してくるけれど、紙券だろうが電子クーポンだろうが、その金額というより、それらの仕組みをつくる会社につぎ込まれるお金が莫大だ。しかも、そうやって出来たシステムを共有すればいいのに、県を跨ぐ度に、使い方も、使用期限設定も、使えるお店のラインナップも変わるから、日本全国旅しまくる僕としては、いちいちその作法を理解するための時間を取られる。何よりホテルの従業員さんにかかる負荷は計り知れない。ワクチン打たない選択をしてクーポンをもらえない人などが、フロントのクーポンオペレーションで延々待たされるのを見るのはほんと辛い。こんなことならマジで消費税さげてくれって思う。

 すこし脱線したけれど、とにかくそんなあれもこれもを丸っと飲み込んで、ニコニコと電動歯ブラシを買った。

 店頭で偶然その歯ブラシを見つけた僕は、その場であらためてスマホ検索。さまざまな商品レビューを見てみたのだけど、やれ振動が弱い、パワーが微妙、といった否定的な意見が散見されて、一瞬躊躇した。しかしその美しいデザインの向こう側に、何を優先するかという哲学的選択と、さまざまに考え抜かれた末の余分な機能の排除の潔さを感じた僕は、とにかく買うことにした。

 結果、その使い心地は抜群に良かった。とはいえ、ここでアフィリエイトリンクでも貼ってその機種の購入を促すようなつもりはない。それよりも僕が言いたいのは、いよいよ、消費者レビューよりも、メーカーのオフィシャル情報の方が信頼度が高くなってきたんじゃないか、という話。

 かつて『暮しの手帖』で花森安治が行った数々の商品テスト。「実際に使うようにテストする」ということにこだわった花森のレビューは、消費者にとってとても信頼のおけるものだったに違いない。

 メーカーは、その先進性や機能性の向上などばかりを謳い、そのデメリットを謳うことはしない。それが作り手としてのシンプルな思いの吐露であるうちはよいのだけれど、下手するとそれが、現実を超えた過剰な演出になってしまったり、また、故意に不具合を隠したりするようなことにつながっていくと、当然よろしくない。

 そういったことから消費者を守るためにも、『暮しの手帖』の商品テストはあり、テクノロジーの進化とともに、その役割のバトンを受けたのが、アマゾンレビュー的なネットレビューなのだと思う。

 しかし食べログや楽天トラベルレビューなどがもたらす弊害がどんどん露呈しはじめているように、いよいよレビューが信頼できなくなっているなあと感じる。少し前までのレビューへの不信感は、いわゆるサクラレビュー的なやらせレビューによるものだったけれど、いま見えてきているレビューの問題は、もっとやっかいなもの。それはいわば、国語力のなさに紐づいた想像力の欠如によるもので、それが非常に深刻だなと思う。

 例えば上述の電動歯ブラシに対する「思ったよりでかい。」といった「いや、そもそものあなたの想像は知らない」と言いたくなるネガティブレビューなど、個人の所感やモノサシを堂々と掲げる系のレビューの多さには辟易する。その点、メーカーサイトにいけば、人が歯ブラシを握っている写真もあるし、そのあたりの大きさ感なんてものを推し測る術はきっちり準備されていて、そういった配慮を含めて、いまの時代は、かえって公式サイトの方が信頼度が高くなっているんじゃないかとあらためて思ったのだ。

 2040年と言われていたシンギュラリティが2025年に訪れるとまで言われる今、こういったレビュー的なものも、AI化され、個々のライフスタイルや嗜好にあった判断をしてくれるようになり、知の集積的レビューの価値みたいなものも、これから随分変化していくのだろうから、いまはその転換期にあるのかもしれない。移り変わる季節を匂いや空気で感じるのと同じように、デジタルな世界の変化を感じ取る能力が必要だ。きっとその根本は、デジタルであろうと、フィジカルな目の前の自然であろうと一緒だと僕は思う。

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