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Twitter「〜なう」時代の終わり。

 昨夜、長い付き合いの友人、Kちゃんと久しぶりに飲んだ。

 こういう時期だし大人数で飲むのは控えようと、思い返せば初めてのサシ飲み。それがなんだかとても豊かな時間だった。最近はzoomにも慣れてきて、各々違う場所からの参加で画面が4つにも5つにもなるような多人数のオンライン打合せが多くなってきたけれど、その対極にあるようなサシ飲みは、あらためていいもんだなあと思う。

 そもそも今回数年ぶりにKちゃんと会ったのも、つまりはそんな話がしたいと思っていたからだった。

 彼女は関西の放送局を拠点に、長くラジオDJの仕事をしているちょっとした有名人だ。数多くのアーティスト、さらにそのファンとコミュニケーションをとる彼女に、僕はあらためて音声メディアの可能性について話したいと思っていた。

 というのも、最近特にtwitterの罵詈雑言に嫌気が差していた僕は、SNSで人はなぜあんなにも汚い言葉を使うのか? ということについてずっと考えている。過去記事に書いたように、それは人々が140字という制限のなかで「言い切る」ことの快楽を知ったからかもしれないし、良くも悪くもマイノリティが台頭できるSNSに過剰な正義感を持ってしまったからかもしれない。

 いずれにしろ僕は、twitter上で粗暴な言葉遣いをする人たちが、一方で家族との穏やかな日々を過ごしてもいたりするという分人性に注目したいと思っている。SNS上で酷い言葉を投げつけるからといって、その人自体が粗暴だというわけでもないような気がする。人間は、個人の向こうに、さまざまな分人を持っている。


 この状況を前にして、僕は携帯電話にカメラ機能がついた2000年初頭の世の中を思い出す。フィルムカメラだらけだった売り場が瞬く間にデジタルカメラ一色になったあの頃、携帯電話(ガラケー)に搭載されたカメラ機能にあらたな楽しみを覚えた人々は、無闇矢鱈とシャッターを押しまくっていた。プリントされることも、きちんと保存されることもない写真がガラケーのmicroSDに入ったままいまもなお埋もれているに違いない。

 そんな頃、僕は吉本の芸人さんたちとお仕事させてもらったり、またプライベートでご飯に行ったりするようなことも多かった。確実に売れ始めていた友近さんや、ジャルジャルの後藤くんや、南海キャンディーズの山ちゃんや、とろサーモンの久保田くんなどとご飯をご一緒させてもらうと、ほぼ100%の確率で、彼らに気づいた人から「写真撮ってもいいですか?」と聞かれた。僕はマネージャーでもなんでもないのだけれど、彼らも落ち着かないだろうと、「いまプライベートなのでごめんなさい」などと言ってガードしたものの、それでも必ず離れたところから「カシャッ」というシャッター音が聞こえてきて、いやな気持ちになった。当の本人たちは慣れているのか、僕に気を遣わせないようにしてくれていたのか、気づいていながらも動じずにいたけれど、彼らも人間なのに、なんでそんな盗撮みたいなことが出来るんだろう? と僕はちょっとした怒りを覚えたりした。

 しかしそこで実際に写真を撮った人を問い詰めたところで、きっとその人も意外にわるい人ではなかったりするのだろう。その人は、テクノロジーの進化とともにやってきた新しいコミュニケーションツールを前に、ただただそのリテラシーを持ち合わせていなかっただけなのだ。

✳︎

 確か『逃走論』の浅田彰さんだったか、侍のように刀で人を殺めていた頃の人間は、人を殺めるという行為に肉を断つ感触や血の匂いなど強烈な体感が伴っていたけれど、拳銃で人を殺めるようになってから人間は変わってしまったということを言っていて、その差は腕の距離にあるのだという。刀で人を殺めるときは脇を締め、腕をたたみ、相手との距離を縮めなければいけないけれど、銃の場合は相手に向かってまっすぐ腕を伸ばして引き金を引く。道具と身体の間にある、伸ばした腕の距離の分、人を殺めるという実感が遠のいていくのだと。

 つまり、脇を締めて腕をたたみファインダーをのぞきながらカメラと自分を一体化させてシャターを押していた頃の僕たちには、当たり前にあったはずの良心が、腕を伸ばしてモニターに映る像をみながらシャッターを押すだけで、リセットされてしまった。カメラと自分との間の腕一つ分の距離が、本来そんなことをするような人ではないはずの人に、盗撮まがいの行為をさせてしまっていたのだ。

 ツイッターという新たなコミュニケーションツールを得た僕たちはいまだにその状態にあるんじゃないか。

 フィルムカメラがなくなり、ガラケーがスマホに変わって、プライバシーという観点から、僕たちは少しずつ撮影行為に関するリテラシーを得始めている。それと同じように、twitterや各種SNSの使い方に関して僕たちはもう少し進化したい。twitter社に要望したいこともたくさんあるけれど、それ以上に僕たち自身がその使い方を変化させていかなければいけないと思う。

✳︎

 随分、話が遠回りしてしまったけれど、僕はそんな世の中だからこそ、あらためて評価すべき音声メディアの価値について、その一線で活躍するKちゃんの意見を聞きたいと思っていた。僕が思う音声メディアの価値とは、言ってみれば「人となりの漏洩」だ。

 ツイッターの粗暴な言動は、ある意味その匿名性に担保されていると言っていい。一方で音声メディアは実名ベースであることはもちろん、そのこと以上にその人の、人となりまでもが見えてくる。ラジオ番組のDJさんのことをパーソナリティーと呼ぶのは、ラジオほど、その人となり=パーソナリティが滲み出るメディアはないからだ。テレビよりも、またyoutubeのような動画よりもだ。そう言われて不思議に思う人も多いかもしれないけれど、情報はあればあるほど良いというものではないと僕は考える。それは、表に見える情報であるほど、意図を持って露出されているからだ。

 それは、自民党の総裁が急にパンケーキを食べる姿を露出していくような、わかりやすいメディアコントロールの話だけでなく、僕たちが普段の生活のなかで、写真撮影がある、動画撮影します、と言われた途端に髪型を気にしたり、お洒落したくなったりするような、とても自然で当たり前な話。

 音声メディアは、発信する側がそういったビジュアルに気を使わなくて良い分、聴く側にとっては、その人の声の調子、言い方、言葉遣い、スピード、間、息遣い、などに自然と意識が向き、そこから、隠しきれない人となりを、感じるのだろう。

 そこで僕は、SNSのリテラシーをあらためて構築していくべく、未来への一歩としてのラジオ発信プロジェクトをいろいろと進めている。


 そんな話をKちゃんとしているなかで、彼女も強く同意してくれて、そして彼女はこんな風に言った。

「つぶやく前に、みんな一回音読するといいんですよ。そうすればふだん自分が口に出さないような汚い言葉を発していることに気づくはずだから」

 本当にその通りだと思った。

 そして気づいたことがある。それはtwitterの即時性に実はとても大きな問題があるのでは? ということ。それを端的に表しているのが「〜なう」という投稿だ。つまり今起こっていることや、いまの気持ちを気軽に呟けるということが、推敲しなくてOKな空気を作っているけれど、ツイッターだって推敲するべきだという空気を作っていく方がよいのではないか。そんなことすればtwitterの良さが薄れるといわれるかもしれないけれど、どこに「良さ」を感じるかは時代とともに変化していくものだ。

 勢いのまま「えいや!」とツイートするときが誰しもにあると思う。その瞬間は当たり前に健全な不安を抱えているはずだけれど、そこに誰かが「いいね」をくれた途端に、躊躇していた自分の気持ちは吹き飛んで、これで良かったのだと、それが例え惰性のいいねだったとしても、味方を得たように思ってしまう。そのことが余計に、粗暴で配慮のないつぶやきを増やしているのではないか。

 例えば、これは自分のツイートだけれど

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藤本智士(Re:S)

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編集者。1974年兵庫県在住。『Re:S』『のんびり』編集長。著書に『風と土の秋田』リトルモア、『魔法をかける編集』インプレス。『アルバムのチカラ』(共著:浅田政志)赤々舎。その他、『ニッポンの嵐』『るろうにほん 熊本へ』(佐藤健)など、手掛けた書籍多数。

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2006年に創刊した雑誌「Re:S(りす)」編集長の藤本智士が、いまあらためてお届けする、あたらしい“ふつう”のnote「Re:S」。 日々のこと。旅のこと。地方のこと。編集のこと。 記事アップは月4回以上かなぁ。

コメント (2)
藤本さん、こんにちは。
2007年に編集ライター講座でお世話になった者です。
とても共感できる内容でうんうんと読み進め、気がついたら最後まで読んでいました。今後も藤本さんのnote読んでいこうと思います。ありがとうございました。

PS
現在のツイッターは「下書き」機能と、投稿時刻を指定できる「投稿予約」機能があります。私は「下書き」機能をよく使います。ご活用ください。
ありがとうございますー。僕もTwitterの下書きは活用しています。それがデフォルトになればいいのになあと思います。
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