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SとNの間にあるもの 〜前編〜

佐賀と長崎との距離

今朝は高知にいる。昨夜も友人たちと馴染みの店で楽しい夜を過ごして、あらためて高知の豊かさ(特に食!)に圧倒された。47都道府県全てを旅する僕だけど、ここ高知のように何度も訪れる場所もあれば、その一方で、数回しか訪れていない土地もあって、ご縁というのは不思議なものだ。

そんな風に、これまで大きなご縁がなかったけれど、ここにきて俄然その距離が近づきつつある土地というのもあって、その代表が、佐賀と長崎だ。今回はそんな二つの土地のことについて書こうと思う。

きっかけは佐賀県嬉野温泉にある「大村屋」という旅館で開催されたトークイベントだった。大村屋15代目当主の北川健太くんと、佐賀に移住した写真家の刑部信人くんとの鼎談だったのだけれど、特に健太くんにおいては、初対面、しかも会ってまだ2時間しか経っていないとは思えないくらい盛り上がって、グルーブ感のあるよいトークセッションになった。よいセッションにするためには、当たり前なんだけど、

◉登壇者が互いにリスペクトしあえること と、
◉過剰に事前打合せがないこと が最低条件。

嬉野温泉でのトークはまさにこの通りだった。

そもそも、健太くんのお名前は、ずっと以前からお聞きしていた。というのも、雑誌『Re:S』を一緒につくっていた盟友、伊東俊介が「いとう写真館」という移動写真館イベントを長年、大村屋で開催していて、彼からもう10年くらい「健太くんと絶対会ってほしい」と言われ続けていた。また、写真家のMOTOKOさんからも、一緒に健太さんとのラジオに出てもらえないか? と声をかけてもらったことがあったり、何度かご一緒できるタイミングもあった気がするのだけれど、うまくスケジュールが合わなかったりして、会えていなかった。けれど、僕は会うべき人とは会うべきタイミングで会えると信じているタイプなので、今回がきっとそのタイミングだったんだろう。トーク後にお客さんから健太さんと旧知の仲だったんですかと言われて、数時間前に初めて会ったばかりですと答えて驚かれたりもした。

さて、そんな大村屋でのトークを終えた翌朝のことだ。

福田さんがいる!

以前からお世話になっているイラストレーターの福田利之さんが、とある商品の打ち合わせのために、佐賀県のお隣、長崎県は波佐見町に来ているという投稿を発見した。

福田さんとは、まだ大阪にいらっしゃる頃に知り合い、僕が20代の頃に作っていたフリーペーパーで絵を描いてもらったり、東京に行かれてからも『Baby Book』という本を一緒に作らせてもらうなど、たくさんお世話になっている先輩。いまは四国徳島に住んでいらっしゃるので、東京時代に比べればずいぶん距離も近くなったものの、それでもここ数年お会いできていなかった。佐賀と長崎は隣県だから、それほど遠くないのかもしれないし、会えたらいいなあ、なんて起きたてのぼーっとした頭で考えていた。

と、その時、前夜のイベント打ち上げで聞いた健太くんの一言を思い出した。「ここ(嬉野温泉)にまたいらっしゃるなら、長崎空港からが断然近いですよ」と、たしか健太くんは言っていた。佐賀県だけど嬉野市は佐賀空港より長崎空港の方がアクセスが良いという。確かに、県外からのお客さんを神戸案内する際、大阪はもちろん、奈良、京都などにも小一時間で移動できると伝えると驚かれる。佐賀と長崎もまさに隣県なのだから、嬉野温泉と波佐見町も意外に近いのかもしれない。そう思ってGoogleマップを開き、急ぎ福田さんにもメッセージをしたところ、「西海陶器」という波佐見の大きなメーカーさんで打ち合わせをしているので、もし来れそうなら紹介もしたいからぜひと、お返事をもらった。大慌てで波佐見町にある指定のバス停まで行くバスを調べ、嬉野温泉のバスセンターからバスに乗って向かったら、なんと20分で着いた! 近っ!!!

SとNが近づく

いやあ驚いた。ひょっとして意外と近いんじゃね?……なんていう想像を遥かに超える近さだった。前日、友人に佐賀市内を案内してもらっていた僕は、アテンドされるままに佐賀市経由で嬉野市入りしたので、あらためて自らGoogleマップを確認したことで、ようやく地理を理解した。嬉野ってこれもう長崎じゃん……。 S(aga)とN(agasaki)が僕のなかでぐぐぐと近づいた。

福田さんいた。

西海陶器というよりは再会陶器と書きたい、福田さんとの楽しい時間。そもそも打ち合わせ中だったというのに、ランチをご一緒させてもらい、さらには波佐見の街案内までしてくださって、福田さんと西海陶器のスタッフさんの優しさに泣きそうになる。しかも、夜に福岡県久留米市でイベントを控えていた僕を、ここから近いからと、有田駅(佐賀県)まで送ってくださり、おかげでスムーズに久留米駅へと向かうことが出来た。途中、鳥栖から新幹線を乗り継げば福岡県の久留米まで1時間ちょいで到着。マジで距離感バグるわ。

ブーメラン行程

実は、この時の旅は、当初、湯布院に長期滞在して休息をとる予定にしていた。それが急遽、嬉野温泉と久留米のイベントが決まり、初日の一泊こそ、湯布院に泊まったけれど、その後は福岡→佐賀、そして諸々を終えてまた大分に戻ってくるという謎の行程になっていた。すでに大分空港のチケットを往復で取ってしまっていたので、旅の最後に久留米イベントを終えた朝、友人の車で大分空港まで送ってもらい、なんとか無事に帰阪。しかしこの、大分ー福岡ー佐賀ー長崎ー佐賀ー福岡ー大分という壮大なブーメラン行程が、僕の北九州の地理の解像度を一気に上げたのはいうまでもない。

湯布院(大分)→
嬉野温泉(佐賀)→
波佐見町(長崎)→
有田駅(佐賀)→
久留米ミノウブックス(福岡)→
大分空港内にあるめちゃ美味寿司屋(大分

再び、長崎・佐賀へ

SとNを近づけた5月の北九州旅を経て、自宅に戻った僕は、またしても航空会社の予約サイトとスケジュールとをにらめっこしていた。そして2ヶ月後の7月頭の神戸ー長崎の往復チケットを取った。せっかく高まりつつある、SとNとの距離。鉄は熱いうちに打てとばかりに、今度は長崎空港からの佐賀入りを体験しようと考えたのだ。現代の距離感の物差しは、純粋な距離より体感にある。交通の便、つまり、価格や時間、また、その土地にいる友人の存在など、さまざまが物理的な距離を縮めてくれるのだ。僕のなかで近づきつつあるSとNの距離を、より近くするには、まだ少しフィジカルな体験が足りない。

そもそも僕が旅する編集者として仕事をさせていただいているのは、この体感ゆえだと自覚する。たまに人の講演やトークを見ていて思うのは、自分の体感からの言葉を届けようとしている人の話はやっぱり面白いということ。一方で、どこかの町の成功事例を羅列するだけのようなトークは、そこに当事者的な実感がない分、どうにも退屈だ。だから僕は僕の体験したことしか話したくないし、そもそも話せない。だから僕は旅に出る。

REPORT SASEBO

7月1日、強風のために引き返すかもしれないとアナウンスされてドキドキしたけれど、二度目の着陸チャレンジでなんとか無事着陸成功し胸を撫で下ろす。5月に勢いで航空券を取った長崎入りだったが、佐賀の友人たちのはからいで、長崎入りの翌日、7月2日に佐賀県の武雄温泉駅にある「武雄旅書店」という観光案内所機能を兼ねた書店でのトークイベントが決まった。しかしせっかく長崎空港から入るのだから、一泊は長崎泊にしようと考えた僕は、長崎の友人で編集者の、はしもとゆうき(KUMAM/くむ・あむ)ちゃんを頼って、面白い人がいたら一緒に長崎でご飯でも食べない? と誘っていた。

そこで、ゆうきちゃんが紹介してくれたのが、一般社団法人REPORT SASEBO(以下、リポート)のメンバーだった。代表の中尾大樹くんをはじめ、理事のうちの2名が佐世保市役所の職員で、その他の理事もみな、それぞれ、ホテルプロデューサーやタクシードライバーなど、別の仕事を持っている。すなわち、みんな副業として、このリポートという組織に関わっている。

そんな彼らとの飲み会を、彼らの拠点である長崎県佐世保市のまさに「RE PORT(リポート)」というカフェでやりましょう、しかも公開飲み会と称してトークイベントにしましょうという。新著を抱えて旅をする僕に取って、本の販売につながるイベントは正直ありがたい。つまり、7月1日は長崎県佐世保市で、2日は佐賀県武雄温泉で、二日連続のトークイベントが決まった。リポートメンバーとゆうきちゃんの機転と優しさに甘えて、イベントの何もかもを任せる形で単身長崎空港に乗り込んだ。

タクシードライバー

そんな僕を待ってくれていたのが、リポートの理事で普段はタクシードライバーをしている小仙くん。胸に「空車」と入った白いロンTを着て、「今日は本業のタクシーではなくマイカーです」と、スーツケースを後部座席に、そして僕を助手席に誘導してくれた。

小仙くんはかつて大阪にあるダンボール専門の印刷製版会社で働いていたという。その経験を活かして、退社後は、スタートアップ企業の小ロットのダンボール印刷を取りまとめて、中ロットにして発注することで、大型発注以外は敬遠されがちなダンボール制作の間を取り持つ仕事をするなど、不思議な経歴を持っていた。社内で彼の話を聞いていると、共通の知人も多く、妙な縁を感じた。

そんな彼は岡山出身。いずれは地元岡山で個人タクシーをやりたいと考えているなかで、大阪時代の友人のツテから佐世保にやってきた。そしてリポートメンバーのはからいで、現在は佐世保のタクシー会社に勤務。個人タクシーの開業資格を得るべく働きながら、リポートの理事を務めているという。なんだか不思議な職歴だけれど、本人の立ち居振る舞いや所作も含めて、とても自然で、僕は初対面ながら彼の人生を全肯定したい気持ちになった。それもこれも彼の優しくて柔らかなお人柄ゆえ。

ちなみに彼には奥さんもお子さんもいらっしゃる。気ままで自由な経歴に、奥さんの胆力を感じたので、そのことについて少し聞いてみたら、妻にはこんなふうに言われてますと教えてくれたその言葉が素晴らしくて、奥さんの器のでかさに、これはよっぽど小仙くんより大人物かもしれないなと思う。その一言がこれ。

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