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朝うまれる瞬間は

語るべき価値があるなら語るべきではない価値もあるのかもしれない。最近そんなことを考えている。文章って自分から生まれるものだからいつも書くのが大変。だってずっと自分と向き合っていることだから。それってすごく、あくまで私にとってはしんどいこと。

今私の世界に写っているもの。
水。もらった栗とぶどう。コンビニの安いライター。今は好きなアーティストの音楽が流れていて、それがあまりに綺麗で私にはすごく染みる。そして今はあまりの忙しさに考えないといけないことがぐるぐる。頭の中でリフレインするのは「効率的にやらないと」って先生からの言葉。
ジンクスみたいにみている星座占いでは、今週の私はすごく「強い」らしい。そうなのか。そんなに強いやつはこんな惨めな文章を書いたりしないぞ。血液型占いより占星術のほうが信じられるから、別にいいねんけど。

最近こうやってベコベコになる回数が増えている気がする。何かに殴られているような感覚。普段色々してると全然気付かないけど、こうしてふとした瞬間に、「なんか」が隙間からのぞいている。「みてるぞ」って。どうしたらいいのかもわからんけど、きっと祈ったところで無駄なんだろうな。はは。結局自分でなんとかするしかない。どうせ誰も助けてくれない、それをわかって始めたんだけど。

現状の問題といえばいれたままのコンタクト。外しに動くのも億劫。その行為自体が難しいとか簡単とかでなくて。自分のために何かをするのが面倒。積極的に自己放任したい。今一人暮らしだからできるな。一番はじめにコンタクトを外さない。そして次に寝ないなのかな。すでに目が痛い。
薬飲むのも病院も苦手。自分の感じているもの抱いているものに名前をつけて落とし込んでいくのがすごく怖いし抵抗がある。例えば病名がついたとき、それを言い訳に何かを辞めてしまう気がする。ゆうて頭痛薬飲むけどそれはそれ笑。人間矛盾を抱えた生き物だから。

そういえば、西粟倉にきて気付いたのは朝太陽が昇ると明るくなること。雨が降っていようと雲がかかっていようと、太陽は昇れば白く透明になって、闇がどこかへ行く。つまりはお家の場所と窓の向きなんだけど。ここには東西南北どこにも窓がついてるから、東から昇る太陽の光がきちんと届く。神戸には南と西にしか太陽がないから、明るさをあまり感じない。間違ってるかもしれないけどまぁ別に雑談程度やしいいか。どうでもいいけど西日がさすって描写が小説チックになるのなんでやろ。夕方の世界は赤いのに、朝うまれる瞬間は白くて透き通ってるの。

今本当は書きたいことは一杯あるはずなのに言葉にできなくて、とってもぐるぐるしてしまう。音楽を聴きながら、キーボードの前で目を瞑ってみる。湧き上がるものを書き起こそうとして目が回る。抱いている感情を言葉にできなくて、きっと焦りとか楽しさとか、疲れとかワクワクなんだけど。noteに載せていく言葉が明るいものが少なくて本当にすまない。西粟倉来て楽しいことたくさんあるのに、それを書けてないから「こいつはあんまりいい思い出ができなかったんだな」って思われそう。どう思おうがその人の勝手だから、まぁ別にいいんやけど。可哀想なやつとか暗いやつとか思われるのは心外です。今度は楽しいことを一杯集めた宝箱みたいな文章書くから、今回はとりとめもないでもこのままだと言葉にならずにこぼれ落ちてしまうものを詰め込んでおこう。

孤独感ではないんだけど、心理的安全性の話かなと思う。さとのばで今半年コースで同じ学生で地域で暮らしてる人いてくれたらいいなぁ。なんだろ、別に学生でなくてもいいんやけど。つまり、本部でもなく地域事務局でもなく同じプレイヤー視点で同じようなモヤモヤを抱えてる存在がほしい。かっこいいこと言ってるけど、こんなぐだぐだ文章を書き連ねるより、誰かに直接どうしようもならないことを話して多少スッキリしたいわけです。話を聞くってものすごく体力も気力も使う行為だから、お願いしやすい人がよくて、だったら同世代の学生が一番ピンとくる。

こんなことをつらつらを書き連ねましたが収拾つかなくなりそうなのでこんくらいで。どこか一文でも誰かに届けばいいなと思います。今日も一日お疲れ様でした~