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異種同名譚_02_積分と微分、円と直線

RCSとの議論は、私の心を深く傷つけた。彼らの主張は、IUTの論理構造に対する根本的な無理解に基づいており、まるで地動説を否定する天動説主義者のようだった。一体なぜ、彼らは、こんなにも頑なに、自明な誤りを認めようとしないのか?

そんな疑問を抱えながら、私は、RIMSの図書館に足を運んだ。膨大な蔵書の中から、私は、19世紀の数学者、ワイエルシュトラスとリーマンの論争に関する文献を見つけた。ワイエルシュトラスは、リーマンによる解析接続を用いた複素関数論を「幾何学的幻想」と批判したという。リーマン面は、複素平面の開集合を「同じ名前」で貼り合わせて構成される。これは、ある意味、IUTにおける「冗長コピー」の概念と驚くほど似ている。

「歴史は繰り返すのか…」

私は、呟いた。RCSの主張は、19世紀の「代数的真理」対「幾何学的幻想」の論争の再来のように思えた。

さらに、私は、ライプニッツとヨハン・ベルヌーイの間で起こった、負の数や複素数の対数の定義に関する論争に関する記述を見つけた。この論争は、オイラーの公式と複素対数の多価性の受容によって、最終的に解決された。複素対数の多価性は、解析接続だけでなく、被覆空間の理論にも深く関わっている。被覆空間における値の不定性は、基点の選択の不定性として理解することができ、これは、IUTにおける「宇宙際的な不定性」の遠い祖先と言える。

私は、これらの歴史的な論争から、重要な教訓を得た。それは、

数学者にとって真に客観的/公平な立場とは、数学的な正確な理解に基づくものであり、数学的な無知によって達成されるものではない

ということだ。RCSの主張は、まさに数学的な無知に基づくものであり、客観的/公平な立場から出たものではない。

気分転換に、私は、大学で非常勤講師をしている講義に出かけた。この日は、積分の定義について解説する日だった。私は、リーマン積分の定義を説明した後、ある学生に質問された。

「先生、∫10 xn dx = 1 n+1 という公式は、どんなxに対しても成り立つんですか?」

私は、微笑んで答えた。

「もちろん、この公式は、xが実数であり、かつnが正の整数である場合にのみ成り立つんだよ。積分記号や微分記号は、単なる記号ではなく、特定の数学的操作を表している。だから、勝手に別の意味に置き換えて計算してしまうと、矛盾が生じるんだ」

この学生の質問は、ある意味、RCSの主張と似ていた。彼らは、IUTに登場する様々な記号や操作を、その本来の意味を無視して、勝手に別の意味に置き換えようとしている。

講義の後、私は、ふと、積分と微分の関係について考え始めた。微分積分学の基本定理は、積分と微分の操作が互いに逆であることを主張している。つまり、関数に含まれる本質的な情報は、その関数の導関数にも含まれている。しかし、関数の導関数は、元の関数とは異なる性質を持っている。例えば、関数が持つ対称性が、導関数では失われている場合がある。

これは、IUTにおいても重要な視点だ。「フロベニウス的」なオブジェクトと「エタール的」なオブジェクトは、ある意味で、関数とその導関数の関係に似ている。

帰宅後、私は、再び、IUTの論文を読み返した。そして、あることに気がついた。それは、

Θリンクは、環スキームを乗法群スキームに沿って貼り合わせる操作のアナロジーとして理解できる

ということだ。具体的には、体k上の射影直線P1は、二つのアフィン直線A1を、乗法群Gmに沿って貼り合わせることで構成できる。この貼り合わせ操作は、Gmの環構造とは両立しないが、乗法群構造とは両立する。これは、Θリンクが、環構造とは両立しないが、乗法モノイド構造とは両立するという状況と非常によく似ている。

私は、さらに、この射影直線のアナロジーを、複素数体C上のリーマン球面S2に拡張してみた。S2は、北半球H+と南半球H-を赤道Eに沿って貼り合わせることで得られる。ここで、§3.1で議論した「標準座標」†T, ‡Tは、次の興味深い現象に対応する。

赤道に沿った風は、H+から見ると時計回りに、H-から見ると反時計回りに流れているように見える。

これは、直線と円の貼り合わせ、つまり局所的な「直線的」な構造と大域的な「円環的」な構造の統合における、ある種の「ねじれ」現象と言える。そして、この「ねじれ」現象を理解する鍵は、S2の大域的な計量/測地線幾何学、すなわち、(PGL2(C) ⊇) PU2対称性にある。

私は、このリーマン球面S2の計量/測地線幾何学のアナロジーが、IUTにおけるΘパイロットのマルチレイディアリティ表現と驚くほど似ていることに気づいた。S2の(PGL2(C) ⊇) PU2対称性は、H+からH-への「変形」を可能にする。これは、IUTにおけるlog-theta格子からエタール絵への移行、そして最終的には§3.7で議論されたマルチレイディアリティ表現に対応する。


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