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東京


煙に満たされた喫茶店で
私は珈琲、あなたはチーズケーキ
雨の渋谷駅は水の音がうるさい
濡れたアスファルトで交差する足跡

孤独は一人のときではなくて
誰かといるときに感じるものよ
あなたが言う

思い出せない知り合い、忙しそうな友人
無理をして弾いたピアノ、流し込んだビール


18歳、あの頃、時間だけが流れて
愛をためらって、恋にわずらって
青く描いた夢を今では思い出せないの
あの頃は何にでもなれる気がしていた
あの頃なら何にでもなれたような気がする
結局は勝ちもせず、負けもしなかった
この長いドキュメンタリーに主人公はいない
でも、だって、あなたはそこで見ているだけでしょう

想像していた未来は掴めなかったけれど
すこしだけ、やわらかな芽、あたたかな手
あなたの晴れた笑顔に、すこし後ろめたくて、
傘を重ねたくなる

私は人を殺したの
あの頃の小さな私を
東から昇る朝日を、西に沈む夕陽を
ぼんやりと目で追う私を
いつの間にか殺したの

誰もが私の顔を見て口にする
好きでここにいるんでしょう
選んでここに来たんでしょう
冷たい温もり、憧れと諦め
赤く描いた夢を今でも忘れられないの
この短いドラマに主人公は私だけ


変わっていく街並み、変わっていく人並み
何かもかもが移ろっていく故郷で
その事実だけ変わらない

ふわり、ふわり
この街が見ている、この街が見ている
いつか笑えるかしら、いつか笑えるかしら



2023年3月29日


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